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白亜の巣穴

 さて、そんな日々がしばらく続きましたが、ある日ふと、灰色耳は気が付きます。


 オオカミは普通、群れで狩りをする生き物です。

 なのに、この黒オオカミは、いつもたった一匹で行動します。


 そして、他のオオカミにはない特別な再生能力(チカラ)


 ――もしかして。


 灰色耳は、なんとなく彼と自分の境遇が似ているような気がしました。


 ――なんだ? おまえもひとりぼっちなのか?


 灰色耳は目の前でうなり声をあげる黒オオカミに、クゥクゥと(たず)ねます。

 ちなみに、このとき返って来た返事は鋭い爪の一撃でした。


 結局この日も、灰色耳は満足するまで黒オオカミと遊んで巣穴へと帰りました。

 しかし、頭の中から、さっき思いついた(ひらめ)き考えが消えません。


 本当のところはどうか分かりませんが、いちど気付いてしまうと、そうとしか思えませんでした。


 ――もしかして、あいつも、あたいとおんなじなのかなあ?


 巣穴で体を休ませながら、灰色耳は考えます。

『あいつ』とは、もちろん例の黒オオカミのことです。


 他のオオカミは群れているのに、あいつだけは独りぼっち。


 そして、灰色耳は自分だけ強くなりすぎたせいで、他の仲間たちと離れ離れになってしまいました。


 つまり、あの黒オオカミもそうなんじゃないかと思ったのです。


 だからあいつはオオカミなのに、群れの仲間が居ないんじゃないのかと。


 オオカミとウサギ。

 普通に考えれば、この二種は絶対に友達にはなれない間柄です。


 なのに、灰色耳は不思議と、あの黒オオカミが相手なら、仲良くなれるような気がしました。



 * * *



 明くる日、さっそく灰色耳はあの黒オオカミが住んでいる白亜の巣穴――人間たちが『冬の城』と呼ぶ場所を目指して、雪原をピョコピョコと跳ねておりました。

 あの黒オオカミが、本当に自分と同じなのかどうか、確かめたくなったのです。


 木よりも硬く冷たい何かが、規則正しく並んだ林――つまり鉄の(さく)をすり抜けると、例の黒オオカミの縄張りです。


 ――あたいがいったら、あいつ、ビックリするかな?


 灰色耳は、そんなことを考えながら、少しワクワクしていました。


 怖いもの知らずなウサギはずんずんと、冬の城の敷地内を進みます。

 白い石ばかりの真っ直ぐな線でカクカクとした巣穴(灰色耳にとっては、あくまで巣穴なのです)には、どう見ても生き物に見えない不気味な奴らが働いています。


 ウサギの彼女には理解できませんでしたが、ある程度の知識があれば、彼らが仮面をつけた人形(ゴーレム)であると理解できたでしょう。


 なぜか死んだ者と同じ気配を感じる不気味な連中をやり過ごし、灰色耳は開けた場所に出ます。

 そこは、冬の城の中庭でした(中庭と言っても、立ち並んでいるのは枯れた木やイバラの(ツル)ばかりでしたが)。


 そこには、例の黒オオカミが居ました。

 灰色耳はさっそくちょっかいを掛けようとします――しかし、すんでのところで踏みとどまりました。


 ――あいつ、だれだ?


 灰色耳は驚きました。

 黒いオオカミの傍には、明らかにオオカミとは違う生き物の女の子が居たのです。


 その生き物は二本の後ろ脚て立って、指の長い前脚でオオカミの(たてがみ)を撫でています。

 そして不思議なことに、あの黒オオカミはその女の子に敵意を向けず、されるがままになっていました。


 ――もしかして、あれがあいつの()()()なのか?


 しかし、どう見ても明らかに種族が違います。

 種族が違う生き物同士が、あそこまで仲良くしている姿を、灰色耳は見たことがありませんでした。


 ――じゃあ、あたいも、あいつとなかよくなれるのかな?


 黒オオカミと仲良くなる計画に、希望が見えます。


 ただ、自分より先に別の女の子と仲良くなっている黒オオカミを見て、灰色耳はなんとなく不満に思いました。

 おまけに自分同様、種族が違うのですから、先を越されたという気持ちが強くなりました。


 そして、あの二本足の生き物を見ると、なぜ自分の胸がこうもモヤモヤするのか、灰色耳は不思議に思いました。


 ――……かえろう。


 灰色耳はなんとなく居心地が悪い気分になって、その日はこっそり枯れ木の森へと帰ることにしました。



 * * *



 さらに次の日、灰色耳は故郷の森へ一度帰ることにしました。


 長老に話を聞くためです。

 物知りな長老なら、きっとあの二本足の生き物について知っているでしょう。


 そのために彼女は、丸一日かかる道のりを、ピョンピョン駆けていきました。


 ――ちょうろう、ちょうろう! ちょーうろーう!!

 ――おおおうっ!?


 昼寝をしていた老ウサギは文字通り飛び起きます。


 ――なんじゃ、おぬしか……久しぶりじゃのう。


 巣穴に転がり込んできた突然の来客。

 長老は久々に見た灰色耳の姿にほっと息を()きました。


 ――うむ、元気そうで何よりじゃ。他のものはみんな帰って来たのに、お主だけ戻らんから心配しとったんじゃ……。

 ――それよりちょうろう! きのう、みたことのないやつをみたんだ!


 灰色耳はまくしたてます。

 しかし、いきなりそんなことを言われも、長老だって困るだけです。まあ、灰色耳と話すときは、よくあることなのですが。


 ――そうじゃな。まずは最初から、ゆっくり話してみなさい。

 ――わかった!


 灰色耳は昨日の出来事を長老に話しました。




 ――それで、あたいはかえったんだ。ちょうろうはあいつらのこと、なにかしってるか?

 ――ふーむ……。


 その二本足の生き物と黒オオカミに、長老は心当たりがありました。


 ――おそらく、その二本足の生き物は、“ヒト”じゃな。

 ――ひと……?

 ――ワシも直接見たのは、ずいぶんと昔になるのう。まあ、ずっと二本足で、平地を歩いておったのなら、まず間違いないじゃろうて。

 ――ふ~ん。


 なるほど、そんな生き物もいるんだなあと、灰色耳は納得します。


 ――それで、例の黒オオカミのほうじゃがな……。


 長老がそう言った瞬間、灰色耳は前のめりになりました。


 ――おそらくそいつは、オオカミではなく、“イヌ”じゃ。

 ――イヌ?


 それは人と同様に、灰色耳にとっては初めて聞く生き物の名前でした。


 ――そのイヌってやつは、オオカミとなにがちがうんだ?

 ――実のところ、イヌとオオカミに大きな差はない。あるとすれば、それは心の違いじゃ。


 長老は言いました。


 ――こころ? つまり、どういうこと?

 ――イヌとは、オオカミがヒトに(つか)えるときの呼び方じゃ。特に狩りを生業(なりわい)とする場合、“リョウケン”なんて呼ばれ方もするのう。


 しかし、灰色耳には難しくてよく解りません。


 ――つかえるって、どういういみ?

 ――(つか)えると言うのは、そうじゃな……誰かに忠誠を誓い、その誰かのために生きるという意味じゃ。

 ――ちゅーせい?


 まだ幼い灰色耳は、難しい言葉を知りませんでした。


 ――忠誠とは……まあ、『一緒に居る』と誓うことじゃな。たぶん。

 ――う~ん……それは、()()()となにがちがうんだ?


 灰色耳からの質問に、長老は首を(ひね)ります。


 ――おそらくじゃが、子供を作るために一緒になるのではなく、守るためだったり、共に戦うためだったり……そういうのが“忠誠”なのじゃと思うぞ?


 ウサギたちに“身分”なんて考え方はありません。辛うじてボスやリーダーといった概念は理解できますが、『強い者が群れを率いる』とか、『一番賢い奴にみんなが協力する』といった程度の認識しかないのです。

 だから、それが長老にとって精一杯の理解でした。


 ――じゃあ、あのくろオオカミは、いっしょにいたヒトのおんなのこをまもっているのか?

 ――ああ、そうじゃろうな

 ――なんで?


 野生の世界では、子供でも(つがい)でもなく、ましてや同じ種類の仲間でもない相手を守るなんて、何がしたいのか理解できません。

 そういった意味では、灰色耳の疑問は至極当然でした。


 ――なんでと()かれても、流石にワシが知っているわけ……ああっ! そう言えば、昔、聞いたことがあるのう。


 長老ウサギは何かを思い出したようです。

 彼はずいぶん昔の記憶を、頭の中を探るようにして、少しずつ思い出していきました。


 ――はっきりとは言えんが……きっと、その女の子は“お姫様”なのじゃろう。

 ――オヒメサマ?

 ――ヒトの群れの、ボスの娘じゃ。

 ――ボスのこどもってことは、つよいのか?

 ――ヒトの場合は、強ければボスになるとも限らんらしいのう。だからこそ、騎士(ナイト)と呼ばれる特別強いイヌたちが、お姫様を守るのだと聞いたことがある。


 微妙に間違っているような、むしろ合っているような……。


 ――じゃあ、くろオオカミは、イヌでナイトなのか?

 ――そうじゃ。

 ――でも、なんでイヌでナイトだと、オヒメサマをまもるんだ?


 確かに、よくよく考えてみれば、『なぜ黒オオカミが女の子を守るのか』という疑問に対し、『騎士はお姫様を守るものだから』では、ちゃんとした解答になっていません。

 だって、灰色耳が知りたいのは、『騎士がお姫様を守ろうとする理由』なのですから。


 ――それは……ワシにも分からん。


 長老は申し訳なさそうに言いました。


 ――うっそだー! ちょうろうがわからないなんて、ありえないよ!

 ――そう思ってくれるのは嬉しいがのう……残念ながらワシにだって、分からんことはたくさんある。


 灰色耳は驚きました。


 ――そもそもワシの言っていることが、正しい保証もないからのう。

 ――ふ~ん……そっかー……。


 灰色耳は、何やら考え始めました。


 ――質問は、もういいかのう?

 ――うん、ありがとう! だいたいわかったよ、ちょうろう! わからないことがあったら、またくるよ!


 灰色耳はお礼を言うと、長老の巣穴から出て行きます。

 長老は無事に質問の雨をやり過ごすことができて、ほっと一安心。すると、一つ大きなあくびをして、昼寝の続きを始めました。



 * * *



 また丸一日かけて巣穴に帰ってから、灰色耳は考えます。


 ――オヒメサマをまもるのは、とくべつつよいナイト……あいつも、ナイト……。


 それは、今日長老から聞いた話の中で、一番気になった場所でした。


 ――それで、ナイトはイヌ。ちゅーせーをちかったイヌ……。


 灰色耳はさらに考えます。そして、一つの結論にたどり着きました。


 ――あたいも、ちゅーせーをちかえば、あいつとおなじナイトになれるかな? ナイトになれば、もっとつよくなれるかな?


 別にナイトになったからと言って、急にパワーアップするわけではありません。強くなれるかどうかは本人次第です。

 しかし、灰色耳はどんどん強くなる黒オオカミのせいで、少し勘違いをしていました。


 黒オオカミがどんどん強くなるのがナイトの恩恵ならば――今のままだと、ナイトの黒オオカミだけがどんどん強くなって、置いていかれるような気がしたのです。


 また、それはそれとして、種族が違っても、一緒に居られるというのは、灰色耳にとって魅力的でした。


 ――いっしょにつよくなれば、ずっといっしょにいられるのかなあ?


 彼女は強くなり過ぎたがあまり、仲間たちと決別することになりました。

 それは忘れられない苦い思い出です。


 だって……独りぼっちは、とても(さび)しいですから。

 灰色耳は強がっていましたが、みんなが居なくなって、こっそり巣穴で泣いていたのです。


 でも、いつも自分と遊んでくれるあの黒オオカミとなら、いつまでもずっと一緒に居られる――そんな気がしました。


 ――よし、きめたぞ!


 灰色耳は決意します。

 小さなウサギは巣穴の木の(うろ)の中で耳をピンと立て、胸を張りました。


 ――あたいも、ナイトになる! それで、もっともっとつよくなるんだ!


 そうと決まれば善は急げです。


 灰色耳は例のお姫様に忠誠を誓うため、冬の城を目指して巣穴を飛び出していきました。




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