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レヴィオール王都戦線 ~英雄たちの居る戦場~(上)

 冬のとある日、早朝。

 場所はレヴィオールの王都。


 さらに詳しく解説するなら、山岳国家レヴィオール王国の中央に存在する広大な(みずうみ)――今日も静かに揺れている、鏡のような水面(みなも)の南沿岸部。

 悠久の(とき)を氷河に削られて、角笛(ホルン)のように鋭く(とが)った霊峰。その中腹部からふもとにかけて広がる町だ。


 険しい地形のなかでも比較的緩やかな土地に、所狭(ところせま)しと並ぶ建物。

 それらの家々は白いモルタルと、明るい橙褐色(とうかっしょく)素焼陶器(テラコッタ)で構成されている。

 近くで見れば、とある魔獣が引き起こした吹雪によってボロボロなところも目立つが……一面の雪景色のなかで大地由来の暖色は良いアクセントとなっており、それは美しく町並みを飾っていた。


 さらに王都とだけあって、ひときわ目立つのは、断崖から町を見下ろすように建てられたレヴィオール城だ。

 その城を抱いて守るように(そび)える峰々は、まさに天然の要塞と表現すべきだろう。


 とはいえ、今この町を訪れても観光気分で浮かれるのは難しい。

 空は見えるが曇りがちな、いまいちすぐれない天気もそうだが、何より――。


「――っ撃てェッ!!」


 (ひび)く爆音。

 ドワーフの火薬に、バフォメットの魔術。

 氷河の浸食作用で蹄鉄みたいに丸く削られた渓谷に、それらの音が木霊(こだま)する。


 そう、戦闘はすでに始まっていた。


 王都の手前、家もまばらな丘陵(きゅうりょう)部に集結する敵兵たち。積もったばかりの雪を踏み荒らしながら、レヴィオールの城下町を包囲する。

 その数、ざっと数えて二千人以上。

 しかも黒騎士への追従を許可されている時点で、彼らが有象無象の雑兵ではなく優秀な神兵である事実に疑いようはない。

 主戦場が南部の平原であることを考慮すれば、こんな僻地の小さな山岳国家に割く戦力としては過剰である。


 一方で、レヴィオール王国を防衛する戦力も、ゆうに三千を超えていた。

 サポートを(おこ)なう非戦闘民も含めれば、その数はさらに膨れ上がる。


 その内訳のほとんどは傭兵や義勇軍、そして最近合流を果たした連合国側からの――主にヘーリオス王国からの援軍だ。


 ただし、普通ならネックとなる傭兵や義勇軍。そこに所属する多くは旧レヴィオール王国に所縁(ゆかり)のある者たちである。

 兵士としての訓練はほとんど受けていないものの、故郷を想う彼らは実質的な意味で、レヴィオール王国の正規軍と同等か、それ以上であると言えた。


 ついでに付け加えると、ヘーリオス王国にとってもレヴィオール王国は古くから友好を結んでいた相手。おまけにソフィア姫はアレックス王子の婚約者。

 ゆえに、ぱっと見れば頼りない混成軍だが、彼らの士気は極めて高い。


 数値の上では防衛(レヴィオール)側のほうが優勢であった。

 物資さえ尽きなければ、彼らの勝利は揺るがない……条件がこれだけならばの話だが。


 しかし、今回は例外だ。

 数の有利なんて、この戦場においては全くもって意味がない。


 なぜならここは、“英雄”が居る戦場。

 勝敗は兵士の数ではなく(しつ)で決まる。


 南方から攻めるメアリス教国。

 その英雄は裏切りの黒き騎士の末裔(まつえい)、クロード・フォン・ニブルバーグ。

 彼は自分以外の兵士をシンプルな鶴翼(かくよく)の陣形で待機させ、本人は愚直なまでの直進を強行した。


 鎧の隙間から漏れる黒い炎の揺らめき。

 黒い鎧の騎士はまるで威圧感を与えるかのように、一歩一歩を踏み締めながら前進する。


 その姿はまるで――心無き、機械仕掛けの兵器であるように。


 たった一人で戦場を直進すれば、集中砲火を受けるのは当然のこと。

 実際レヴィオール側の射程に入ってからは、弓矢や砲弾、そして魔術による攻撃が容赦なく降り注いでいる。

 しかし黒騎士は、城壁内から飛んでくる魔術付与のなされた弓矢を盾で弾き、砲弾や魔術は黒い炎で焼き払いながら、なおも歩み続けた。


 確実に近づいてくる、人型の鎧に詰め込まれた殺戮(さつりく)の恐怖。

 見る者によっては、死に場所を求めて戦場を彷徨(さまよ)鎧の亡霊(リビングアーマー)のような印象を受けたかもしれない。


 ――『もしそれが遭遇戦なら、相手を皆殺しにする。あるいは防衛戦なら、逆に敵が逃げ出すまで虐殺する。挙げ句の果てには、今回のような攻城戦でも、正面から堂々と制圧する』


 そんな非現実めいた、馬鹿みたいな運用。これと比べれば、新入りの兵士のほうが、まだまともな作戦を思い付くだろう。

 だが、それを一つの戦術として成立させてしまうほどの圧倒的な武力(チカラ)を有するのが黒騎士という存在なのだ。


 そして彼はついに、禁断の“聖域”へと足を踏み入れた。


 ――さあ、これより先は“聖女”の領域。

 黒騎士と相対する、もう一人の英雄が作り出す聖域(サンクチュアリ)


 其処(そこ)はレヴィオール王国の姫君にして、癒しと守りの英雄(およ)び鎖の魔女の末裔(まつえい)、ソフィア・エリファス・レヴィオールが張り巡らす結界の内側である。


 もちろん、これほど大規模な術式、彼女一人の実力ではない。

 王都周辺を(おお)うような魔術の壁を張るために、ソフィア姫たちは国防用の魔術障壁装置を利用している――ただし、彼女なりのアレンジが加えられた結界魔術は、もはや既存のそれとは一線を(かく)代物(しろもの)だ。


(これが聖女と称されるソフィア姫の、本当の実力……そして、英雄の末裔(まつえい)同士の戦いですか)


 魔術師のジーノは戦争中であるにもかかわらず、感嘆することを止められなかった。


 現在彼らが居るのは、レヴィオール城の監視塔。

 その部屋の中央に固定された水晶――スイカほどの大きさがあるそれに魔力を注げば、城下町を囲うように魔術障壁が展開される仕組みとなっている。

 ここではソフィア姫に魔術師ジーノ、そしてディオン司祭といった結界魔術の心得がある者たちが中心となって王都の守護を担当していた。


「うわ!? あの黒い鎧が結界を突破したみたいだよ!?」


 ネコミミ斥候のリップは双眼鏡を使って敵兵の動向を(うかが)っている。

 ちなみに、この場における彼女の役割は雑用だ。

 進軍時ならともかく、このように敵がはっきり見えている籠城戦だと、リップが活躍できる場面はあまりなかった。


 さてネコミミ少女のことはともかく、魔術障壁それ自体は決して珍しい設備ではない。


 地脈の流れや土地の魔力(マナ)を利用するため、場所を選ばず使用できる(たぐい)の魔道具ではないが、それでも歴史ある城や名のある要塞なら、ほぼ例外なく設置されていた。


 魔術障壁の主な用途は騎竜兵(ドラグーン)や砲撃を防ぐ対空防御。あるいは破城槌などを含む物理的な攻城兵器への対策である。

 しかし、障壁を地面の下まで届かせれば、内と外は完全に隔絶された世界となり、敵兵の侵入など許さない無敵の絶対不可侵領域が完成する。


 もちろんそうした場合、味方も出入りできなくなってしまうが、そこは扱い方次第だ。


 他に欠点らしい欠点と言えば、周囲の魔力を利用してなお燃費が悪いことが挙げられる。だが……バフォメット族は魔導の民、単純な魔力供給なら非戦闘員の女性や子供たちでも可能。

 現に、今ソフィア姫たちを手伝っている者の中にも、特別な訓練を受けた魔術師ではない一般女性が多少なりとも混じっていた。


 むしろ籠城を決め込むつもりなら、結界の維持より食料の備蓄を心配すべきレベルだ。

 この事実だけでも、本来ならレヴィオール王国の守りが盤石であることが理解できるだろう。


 ……まあ、黒騎士はそんな結界をあっさり焼き払い、予定調和のように侵入してきたわけなのだが。


 現実とは、かくも無慈悲なのであった。


 はっきり言って、魔術を焼く黒騎士の炎に対して、ソフィア姫が得意とする結界魔術はあまりにも相性が悪すぎる。


「……どういった原理なのでしょうか、あの黒い炎は。絶対反則ですよねえ?」


 魔術師ジーノは焼かれた障壁の穴を修復しながら、皮肉気味に愚痴をこぼした。

 可能なら是非ともあの黒い炎を研究してみたいが、ここで()られてしまってはそれも(かな)わないだろう。


「いえ、こうなることは想定済みです。初めから分かっていることでした。我々はグランツさんたちの支援を始めましょう……ソフィア、いけますか?」


 障壁の維持をしながらディオン司祭がソフィア姫に声をかける。


「――大丈夫です」


 集中している少女は眉一つ動かさず、既存の術式に変更を加え始めた。


 彼女が身に(まと)うは、白銀を基調とした、法衣かドレスにも似た軽鎧。

 褐色の肌に白い髪。

 大きく巻いたヤギの(ツノ)と、心優しく美しい少女の面貌(めんぼう)

 彼女こそがソフィア・エリファス・レヴィオール。その神聖にして魔性なる姿は、まさに黒騎士と対を成す英雄であると言えるだろう。


「結界魔術で支援って、そんなことまでできるの?」


 リップがソフィア姫に(たず)ねる。


「はい……とは言っても、黒騎士の周囲だけ魔力が薄くなるよう操作しているだけですが……」

「それでも充分でしょう。黒騎士に唯一接近するグランツさんは魔術を使いませんし、相対的にかなりの支援となっているはずです」


 戦士グランツの実力に信頼を寄せるジーノが太鼓判を押した。


(しかし……『操作しているだけ』、ですか。常人ならそれだけでも、すでに難しいのですが……なのに、道具の補助があるとはいえ、即席でここまでやってのけますか)


 ジーノはひたすら感心した。


 なお、魔術障壁をマニュアル操作で術式に介入できるよう改造したのは彼である。ジーノは自身のことを非才と称しているが、はたから見れば彼も大概だった。

 しかし、そんな彼から見ても、ソフィア姫は規格外。彼女が扱う結界魔術は信じられないほど巧みだったのだ。


 そもそもこの戦争、実は最初から異常だった。

 初めにレヴィオール側が黒騎士に攻撃した時、弓矢や魔術は障壁の()()から放たれたのだが――常識的に考えれば、これがまずありえない。


 なぜなら、障壁とは本来、何も通さないはずの強固な壁だからである。内側からは攻撃可能だなんて、決してそんな都合が良い魔術ではない。

 しかしながら、ソフィア姫はあっさりとそれを実現してしまった。


 敵からの攻撃は一切受け付けず、結界の内側から一方的に攻撃ができる……それこそ相手側に黒騎士さえいなければ、この戦争はレヴィオール王国側の勝利でとっくに終結していただろう。

 これがかつての英雄から引き継いだ才能だとするならば、メアリス教の教皇がレヴィオール王家の抹殺を命じたのも(うなず)ける。


(初めてアレックス君と会った時は、ここまでの天才に会うのは最初で最後だろうと思いましたが……流石は彼の“お姉さん”だと言うべきでしょうか)


 一応ジーノにだって同じような障壁魔術は再現できるが……彼がやろうとしたら、どうしても事前準備が必要になるし、手軽に実用化するのは厳しいレベルでコストもかかる。

 それに、こういった障壁を通過できる()()を認めてしまえば、普通ならどうしても脆弱性が高くなってしまうものだ。


 それなのに、今ソフィア姫が展開している障壁の強度は、(まった)くと言ってよいほど落ちていない。


「やれやれ、どこもかしこも天才ばかりで、本当イヤになっちゃいますよ」

 ジーノはこっそりと、小声でつぶやいた。


 ましてやソフィア姫のように、自己犠牲の精神を持つ天才ほど性質(タチ)の悪いものは他にない。


 なぜなら、なまじ(チカラ)があるだけに、余計なものまで背負って、とことん自分を追い詰めてしまうからである。


(むしろ彼女の死の予言は、()()()のほうを言っているのかもしれません……アレックス君のためにも、私ができるだけフォローを頑張りますか)


 魔術師ジーノはメガネの位置を直す。

 そしてソフィア姫の技術を模倣し、彼女の負担を少しでも減らそうと試みた。


(もっとも、このままグランツさんが黒騎士に勝ってくだされば話は楽なのですが……予言の存在がある以上、そう上手くは行かないでしょうねえ)


 星詠みの魔女を信じるならば、運命を変えるためには例の魔獣の存在が必須らしい。

 つまりグランツに可能なのは、どう足掻(あが)いても時間稼ぎまでだということになる。


(アレックス君は昨日か今日にでも冬の城に到着したはずですが……はたして、本当に間に合うのでしょうか?)


 だがここまで来たら、あとは信じて待つしかない。


「やっちゃえ、グランツ!!」


 黒騎士を監視していたリップがグランツの応援を始める。

 どうやら外では、戦闘が始まったらしい。


 ジーノはリップの声援を聞きながら、魔術障壁を維持する作業に戻った。




 黒騎士「さあ、戦争を始めようメリー・クリスマス

 ソフィア「!?」


 昨夜のサンタ狩りは盛り上がりましたね。自分はなんとか最終形態を引きずり出したところで戦闘不能リタイアになってしまいましたが……。

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