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果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
50/56

勝利と違和感

 絶望的にも感じられた前哨戦は蓋を開けてみれば圧倒的な勝利で終わった。

 その理由がどこにあるかと言われれば、今までフィアが行ってきた改革にあるということになるのだろう。

 或いは拭い去れない貴族体質の負債と称してもいいかもしれない。

 

 貴族しか騎士になれないという従来の思想では兵数を揃えるのが難しい反面、反乱は起きにくい。

 騎士は王に仕えるのであり、王の采配が絶対であるとの認識が蔓延しているからだ。

 よほど腹に据えかねる"何か"があれば大貴族が扇動する事も考えられるが、帝国には起爆剤となるような"何か"がある訳ではなかった。

 ただし、ここに貴族以外の一般兵が数多く紛れ込むと話は大きく変わってくる。

 彼らには貴族程の帰属意識がある訳ではない。王を崇めてはいるが、それはあくまで自分の生活の為だ。

 極端な話、王が誰であろうと食べていければそれでいい。

 

 フィアが身分にとらわれない兵役の提供を行った理由は幾つかある。

 まずは最も重要な軍備の強化。

 数は力だ。絶対数の少ない貴族しか兵力になれないのでは周辺諸国の統一を行うだけの兵数を集められない。

 

 次に安定した雇用機会の提供。

 農閑期の手隙を余らせるのは無駄だし、天候不順、連作障害といった緊急時に行き場がなく死なれては結果的に国力を損なう。

 国内の人口は国の強さを表す指数でもある。

 人口が多いという事はそれだけの国民を養える基盤が備わっているとも言えるからだ。

 他にも雇用が安定する事で国の治安が上向く。

 

 さらには経済の活性化。

 この時代の経済活動はそれ程大がかりな物ではない。流通経路がどうしても限られてしまうからだ。

 都市部はともかく、農村では貨幣を使わずに物々交換を行う所は未だ多い。

 使う機会があるとすれば、精々が時折村に寄るキャラバンか行商人相手くらいだ。

 そういった人たちに貨幣を使ってもらう機会を提供する事で経済活動は活性化する。

 兵になれば必然的に都市部へと足を運ぶことになり、得た給金で買い物をする必要も出てくるだろう。

 お金をひたすら貯め込む事に意味があると考えているのは一部の強欲な貴族だけ。

 大事なのは流動性であって、一か所に停滞させた所で何の経済効果も生み出さない。

 国庫から支払われた給金は使われれば税金となって国庫に戻ってくるのだから、適度に放出するべきなのだ。

 

 最後に労働力の確保。

 何も剣を振るだけが兵士の仕事ではないとフィアは考えている。

 統一を果たした後の海洋国家はフィアの絶妙な采配も手伝って驚くほど安定を見せていた。

 そんな状態で剣を振る為だけの騎士が沢山いたところで不良在庫もいいところだ。

 街道の整備、警備、船の建造、材木の伐採、植樹、物流網強化のための集配所の設置、挙げれば枚挙ないほど仕事は沢山ある。

 街道が整備され物流網が整えばそれだけ商品を広い範囲に、かつ手軽に流通させられる。

 その利用料を商人から取れば国としても潤う事になる。

 戦争がなくとも兵はこれらの労働力として幾らでも使いようがあるのだ。

 要は有事の際に剣を振ってくれる人材を手元に置いておければそれでいい。

 もっといえば、書類上で兵力十数万と評価されるだけで十分な抑止力になり得る。

 騎士制度に縛られている他国からみれば帝国の兵力は異常の2文字がこれでもかと踊り狂っていることだろう。


 一般人を兵力として組み入れるだけで幾つものメリットがあるのだが納得しない者も居る。

 その最たるは今まで騎士として勤めあげてきた貴族達だろう。

 神聖な騎士団に一般人が跋扈するだけでも受け入れ難いと言うのに、命ぜられるのは土木作業の数々だ。

 彼らからすれば格式と由緒に満ちた場が穢された事に等しく、未だ納得しているわけではない。

 既に公式の名称から"騎士"という区分が消えて久しいが、貴族は未だ自分たちの事を騎士と呼び、一般人を兵士と呼び分けていた。

 騎士たちにとって兵士は別種の下等生物であり、侮蔑の対象とされている。

 そんな彼らが互いに手を取り合う展開など望める筈もなく、事ある毎に悶着を起こすのは帝国内で有名な話だ。

 この土壌がなければフィアにつこうと思った兵士の数は今よりずっと少なかっただろう。


「その内、市民革命でも起こりそうだよね」

 余りにも時代の流れにそぐわない帝国の内情を見て取ったセシリアが半ば呆れながら漏らす。

 既に経済の自由化は進み始めている。

 あとは貴族と民衆の軋轢が高まるにつれ啓蒙思想が発達していく事だろう。

 そうなれば兵力の大部分が民衆で構成されている帝国がどうなるかは火を見るより明らかだった。

「やりすぎたとか思わない?」

 時代にそぐわぬ知識を与える事が良い事なのか。フィアの回答は極あっさりした物だった。

「知るか。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

 

 セシリアとフィアは満天の星空の元、焚かれた大きな篝火の前に用意されたベンチへと腰掛け、運ばれてきた食事に手を付けていた。

 そこかしこに人がうじゃうじゃとひしめき、歌ったり踊ったりしている人も少なくない。

 一方で小さな子どもたちの限界は近いのか、セシリアの隣でもエリーが肩にしなだれかかり船を漕ぎ始めていた。

 かくいうセシリアも、久々に全力で魔法を使ったせいか既に目蓋は重い。

 明日も早いのだ。もうそろそろ床に入った方が良いだろうと判断してフィアにエリーを運ぶよう目で合図を送る。

 

 今日の戦いは所詮、前哨戦に過ぎない。

 帝国はまだまだ兵力を有しているし、想定外の増援によって得た物はメリットだけではなかった。。

 一つは物資の不足。

 想定していた人数を上回ったことで貯蔵している品々だけではいずれ不足する事が見込まれた。

 もう一つは居住区の不足。

 野営できる箇所を作るにしても身体を休められる寝具の類からして不足しているのではどうしようもない。

 そこでフィアが目を付けたのは彼らがやってきた要塞の数々だった。

 防衛に向いているだけでなく居住区も物資も確保できる。

 流石に無人という事はないだろうが、大部分を派兵した事で数は著しく減っているはずだ。

 圧勝と思しき戦いで大敗を喫した彼らの士気が高いとは思えない。付け入る隙は幾らでもあった。

 となれば決行は早い方が良いに決まっている。

 敵は全滅させたが、万が一の際に結果を帝国へ報告する為の部隊の一つくらいは待機させていたはずだ。

 船や要塞等の大型建造物の中であれば通信用の魔法具が設置されているが、今回の様な行軍の場合、要塞に戻らなければ連絡は行えないとみていい。

 ぐずぐずしていると、最悪の場合帝国の指示によって要塞そのものが焼き払われる事も考えられる。

 本来なら勝利の勢いをそのままに要塞まで攻め込むのが理想ではあったが、あの時点では正体不明だった一団を残すのも連れて行くのも不安材料になってしまうだろう。

 両者の見解を合わせるのに今日1日を費やしたのは致し方ない事であった。

 

「これからどうするの?」

「首尾よく要塞を占拠できりゃ暫くは睨めっこだろうな」

 帝国の首都はその外周を高い塀によって囲まれた城塞都市だ。必然的に制空権を握れることになる。

 弓や魔法の威力や範囲、命中率は底上げされるし、場の流れを一目で確認できるだけで、指揮官が得られる情報量の差は圧倒的だ。

 効果的な作戦を立てやすくなる上に、降ってくる矢や魔法によっていつ死んでもおかしくない攻め手と違って心の余裕だって保てる。

 おまけに防御魔法によって強固に守られた城門が破壊されない限り内部への侵入ができない事から、城主はそれまでの時間中、一方的な攻撃が約束されているのだ。

 同数が正面から城塞都市を攻めても城門に辿りつき、強固なそれを破壊するまでに3割が生き残れば大したものだろう。

 故に、圧倒的な数の差があったとしても城塞都市を真正面から攻める事はない。

 それよりも周辺を封鎖し、物資の供給を滞らせることによる内部崩壊、いわゆる兵糧攻めを行った方がずっと犠牲も少なく効率的に落とせるからだ。

 

 もしフィアが他国の軍隊を率いる指揮官であれば要塞を確保した後、定石である兵糧攻めを行い弱らせたところで交渉に入るのが最善手になるのだろう。

 しかしフィアは帝国の人間で、この国の王となることを望んでいる。

 統治する事を考えれば国民感情を逆撫でする事は避けたいと思っていた。

 物資が滞れば貴族は保身の為に民衆から奪うだろう。

 怒りの矛先が貴族へ向くのは一向に構わないが大量の餓死者を出したのではその後の復興が面倒になる。

 同様の理由で水源に異物を混入する手も使えない。


「後は周辺諸国の協力さえ取り付けられりゃ帝国も少しは考えるだろうよ。そこから先は交渉次第だな」

 エリーを抱きかかえたフィアは起こさないようゆっくりとした足取りで居住区の一つに向かう。

 先んじてセシリアがドアを開けると寝室まで移動してベッドの上に寝かせる。

 楽しい夢でも見ているのか、目を瞑りながら微笑んでいた。とても戦いに参加した後の表情とは思えない。

 それはつまり、この子が今日の戦闘なんてどうとも思わない価値観を持ってしまった、という事なのだろう。

「そういえば、妹さんもこの辺りで保護してるの?」

 動けるようになってからあちこちを探索したがそれらしき話を全く聞かない。

 それどころか、フィアに妹がいることを知っている人すらいなかった。

 余程厳重に隠しているのか、シスコンの極まったフィアならありえるかもしれないとセシリアは思う。

「別の場所だ。両親が見てくれてる。領主をぶち殺した後は会ってもいねぇ」

 だからセシリアはフィアがどこか苦々しそうに答えた時、驚くものがあった。

「家族を手綱に利用されるわけにはいかねぇからな」

 続けられたフィアの言葉に、あぁそうかと納得してみせる。

 フィアが領主を討つのには人手が必要だった。

 私兵によって守られている屋敷に攻め入り領主を討つのに1人では無理がある。

 その為には私的な理由で軍の一部、もしくは実力者を動かせるだけの権力と地位が必要だ。

 だからこそ彼は1年以上の歳月をかけて帝国に実力を示したのだろう。

 その後の改革も重なり、フィアの地位は絶対的なものとなり民衆からも英雄視されるようになったが、貴族からは良い目で見られていない。

 家族の存在が首輪にされる事を恐れた彼は、もっと別の安全な場所へ人知れず移住させた後、一切の接触を断った。

 自分が監視されている可能性は高い。そんな状態でのこのこ家族の元に行けば折角隠した居場所がばれてしまう。

 ボロを出さないために最も有効的な手管は全ての接触を断絶する事だ。

「全部終わったらまた会えるといいね」

 フィアが一度だけ小さく頷いた。

 

 

『あまり感情移入しすぎるべきでないと思います』

 セシリアが宛がわれた部屋のベッドに潜り込むなり、どこか不貞腐れたような声が届いた。

 紛れもなく、本来のセシリアのものだ。

「そうかもしれないんだけどさ……」

 セシリアと記憶を共有した事で、優とてフィアに殺されかけた場面は幾らでも思い出せる。

 セシリアが魔法で意識を過去に飛ばしているから決定的な場面こそないものの、あぁこれは死ぬな、という確信はあった。

 それでも優が大して気にせずにいられたのは、セシリアが優と感覚を分断していた事で、痛みの記憶が欠如しているからだろう。

「フィアも今まで悩んで来たって事を知っちゃうと、ね」

 純粋な妹への想いも、彼が感じたどうしようもない絶望や無力感も、現実に抗おうとした強い意志も、でも、結局守れなかったという更に激しい絶望も、多少のフィルターがかかっているとはいえ知ってしまった。

 間違ったことをしているのかと聞かれたら優は何とも答えられない。

 その全てが彼にとって必要だった事で、彼にとっての正義だったのは間違いないのだ。


 小さな溜息が漏れ聞こえ、次の話題に移る。

『それから、記憶の分離についてもどうにかできるかもしれません』

 セシリアはここ最近ずっと結合してしまった記憶を分離する方法についてあれこれ考えを巡らせていた。

 セシリアの記憶容量は既に限界を突破しているが、優の容量には十分すぎるほどの空きがある。

 だからこそ2人の容量を合わせる事でセシリアの死を回避せしめたのだが、このままでは優の身体に記憶を戻せず、元の世界にも戻れない。

 そこで考え付いたのが記憶の分離という訳だ。結合が出来るのであれば分離が出来ない筈がない、というのがセシリアの弁。

『分離自体はどうにか目処がつきました。ですが……』

「やっぱり、容量の再分割が難しい?」

『……はい』

 2人の記憶領域をあわせたものが100だとすると、これを50ずつに分ける事はできる。

 だがセシリアの記憶は50を越えてしまっている為に収まりきらず、待っているのは確定的な死だ。優が容認できるはずもない。

 そこで考え出されたのがこの比率を30と70といった具合に、優のこれからの人生でも使い切れないであろう余剰分をセシリアに移す、という方法だ。

 元々人の脳の容量は一生分で使いきれるほど少なくない。

 この方法が実現すればセシリアと優にとって最善手ではあったのだが術式の構築は酷く困難だった。

『ごめんなさい、でもきっと完成させますから』

「時間はあるんだし、ゆっくり進めればいいんじゃないかな。それより気になるのは今回の戦いの方なんだよね」


 前哨戦は見事な勝利だった。それは間違いないが、勝ち方に1つ問題があったのだ。

『複合魔法を使わずともフィアは勝っていた確率が高い、ですよね』

 セシリアの言葉に優は大きく頷く。

 前後から挟撃される程恐ろしい事はない。

 まして、寝返った兵の数は3000近く、単純な数でさえ逆転を許しているのだ。

 もしセシリアが今回の作戦を提案しなければあの様な穴あきの陣形にすることもなかった。

 弓形の布陣を超える事はできず、挟撃された敵兵は混乱と士気の低下で瞬く間に殲滅された事だろう。

 たしかにセシリアが発案した作戦によって犠牲者は大きく損じたがフィアが勝つ未来はほぼ確定していた。


 セシリアと優にとってこの事実はあまりにも大きい。

 かつて帝国に拉致され拷問の先で情報を吐いた時、フィアは用済みとされ殺された。一度ではなく、何度もだ。

 無論彼も抵抗はした。恐らく、この抵抗が今回の蜂起を指している。

 セシリアが捕まっているかそうでないかという違いはあるが、知識を彼等に漏らしたとはいえ短期間で火薬の生成、大砲の製造に至るとは考え辛い。

 この時のフィアはまだセシリアの魔法による影響を受けていないから、行動が大きく変わったとは考えにくい。

 つまり、情報のあるなし、セシリアの状態にかかわらずフィアがいずれ負ける未来は確定していた事になる。

 

「初めはこの戦いで負けるんだって思ってたんだけどね……。だからそれを覆せば活路は見えるんじゃないかって」

『でも現実には勝てる戦いでした。フィアが殺されるのはまだ先、ということになりますよね』

 この先、この革命軍を打ち倒すか、もしくはフィアが殺されるような"何か"が起こる。それも、そう遠くない未来で。

「明日の要塞占拠、用心するに越した事はないかも」

 こうなってしまった以上、セシリアが目指すべきはフィアの王都制圧だ。この未来が皇国を最も安全な状態に導ける。

『彼を守らざるを得ない選択に後悔してきました……』

 どうにも出来ない感情をもてあますセシリアに、優は苦笑を漏らした。

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