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果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
49/56

それぞれの戦う理由

 準備は迅速に進められていった。といっても大きな作業があるわけではない。装備の点検、作戦の再確認、配置の確認、何より最後の休息。

 あの日、セシリアが出した作戦はフィアによって決行が言い渡された。

 反対する者も何人か居たが、既存の作戦が見込みの薄いものであることはその場に居る全員にとっての共通見解でもある。

 対してセシリアの出した案は成功さえすれば、敵の大部分を空いた穴に誘い込むことさえ出来れば、戦力が倍だろうと捻じ伏せるだけの可能性があった。

 たった3人で4-5000の兵を打ち倒す。傍から見れば夢物語と言っていい行為を、セシリアはどうにか盤面に落とし込んでいる。

 賭けがないとは言えないが、成功率は根性論だった先の作戦よりずっと高い。

 

『本当に良いんですか。この作戦は、きっと沢山の人を死に追いやります』

 海戦は足場、船を壊すことによって犠牲者を減らすことが出来るのに対して、地上戦は足場など必要ない以上、敵の士気が高ければそれこそ最後の一人に至るまで殺さなければならない事もある。

 誰かを殺してしまうことはずっと忌避してきた行為だ。それでも。

「それがセシリアを助けることに必要なら」

 今まで培ってきた凄惨な過去が認識を塗り替える。

 セシリアの選び続けた未来は沢山の人に影響を与えていて、最も影響を受けたのは同一の身体に宿る優だろう。

 変わってしまったことに一瞬だけ後悔を抱いて、すぐに振り払った。

 

 残り僅かとなった戦闘までの時間をセシリアはフィアと一緒に過ごした。

 他に誰も居ない室内で手を取って一つの魔法を発動させる。

 他人とのレプリケーション。意識と感覚、思考のリンクといってもいい。

 優の概念魔法は他の意識を同居させ、感覚を共有し、追体験させる、一見何の意味もない魔法だ。

 この魔法のおかげでセシリアと優は同時に意識を表面化させることができ、それぞれが別々の思考を同時に行うことも出来ている。

 慣れれば互いの"しようと思っていること"を感じ取れるようにもなった。

 これによって身体を洗う時のくすぐったさも大分軽減されている。

 そして何より、今回の作戦で要となるのがこの魔法だ。

 

 優にとってセシリアとリンクすることは難しいことではなかったが、他人であるフィアとのリンクは想像以上に難易度が高い。

 セシリアとフィアのリンクは互いの相性が最悪なこともあって優以上に難しいことだった。

 今回の作戦はフィアとの感覚のリンクがどの程度できるかで成否が分かれる。

 セシリアとフィアは互いにリンクすることに嫌そうな顔を隠す事なく見せたが、必要なことは誰よりもよく理解しているから、何だかんだといいながらも調整を続けていた。

「ハートの13」/『ハートの13』

 フィアとセシリアの声がほぼ同時に漏れた。

「スペードの8」/『スペードの8』

 先ほどの2人よりもずっと早く滑らかに、優とセシリアの声が響いた。

「クラブのエース」/「クラブのエース」

 三度、今度はフィアと優の声が発せられるものの、先ほどよりも幾分遅くタイミングもほんの少しずれている。

 調整の結果、今は誰かが頭に浮かべたマークと数字をリンクすることで言わずとも同時に理解することが可能になっている。

 もう敵勢は目と鼻の先に迫っていたがどうにか間に合わせることが出来たという事に他ならない。


『これに思考が読まれてるなんて、正直気持ち悪いわね』

「それはこっちの台詞だ! 初めてこいつに成功したと思ったらとんでもねぇ罵詈雑言の数々を流し込みやがって」

『7歳の少女をどう手篭めにしようかと変態的な妄想を垂れ流すより良いと思うけど』

「考えたこともねぇよ!」

 かつて優とそうしたように、言葉を必要としない思念による会話が怒涛の勢いで2人の間に流れたのを見て、優は魔法を解除する。

 フィアとのリンクが断ち切れても暫くの間セシリアの罵りが消えることはなかった。

「フィアとは切れるんだけど……やっぱりセシリアとは無理みたい」

 これはフィアとリンクを試みた後に気づいたことだったが、他人とリンクする時は自由に接続の解除が出来るのに対して、同居するセシリアとのリンクはどうあっても切ることができない。

 恐らくこれが優の概念魔法に伴う"代償"なのだろうが、一体何を犠牲にしているのか2人にも判断できなかった。

 

「とにかく、本番はいよいよ明日だ。後悔はねぇな?」

 フィアの言葉にセシリアはゆっくりと頷く。敵が野営の準備をしている所は偵察隊によって判明している。

 川のすぐ近く。恐らく日の出と共に行進し、昼前には作戦地点に到着する。

 こちらも日の出と共にここを出て作戦地点で待ち構える。

「それじゃもう寝るぞ」

 フィアが魔法を使ってランプに灯っていた火をかき消すと月光によって紫がかった淡い光が窓から降り注いで室内を仄かに照らす。

 フィアとセシリアの手は繋がれたまま同じベッドに潜り込む。

『何かしたらトラウマの無限ループに叩き込むから』

「するわけねぇだろうが!」

 勿論好き好んで一緒に寝ているわけではない。

 優の魔法はリンクしている時間が長ければ長いほど安定し、より情報が鮮明になる。一番大事なのは互いが繋がっていることに慣れることなのだ。

 セシリアと優が完全にリンクできているのも今までずっと繋がっていたからに他ならない。

 となれば夜寝る時間を無駄にするのは自らの勝率を下げる行為でもある。

 実際、セシリアもフィアもそれを理解してから反対することはなかった。そうまでして勝ちたい理由が2人にはあるから。

『変な夢も見ないで』

「夢を選べるか!」

 ただ、見た夢まで共有してしまうというのは若干問題だったが。

 なるべく何も考えないようにしながら目を閉じて、外から聞こえる自然の音色に身を委ねる。

『勝ちましょう』

 沈んでいく意識の中で聞こえたセシリアの言葉に、優はただ一度、大きく頷いた。

 

□□□□□□□□□□

 

「これより俺達はは戦地に赴く!」

 まだ陽が顔を出すより僅かに早い時間帯だというのに、セシリア達はとっくに整列を済ませていた。

 並んでいる兵は簡素な装備しか身に纏っていない。

 重厚な鎧や大型の武器を振るえるほど訓練された兵は極一部だけだ。

 だが困難に立ち向かおうとする気概は並みの軍にも負けていないだろう。誰の目にも等しく力強い光が宿っていた。

「運命は自分で作り上げろ!」

 フィアの短い言葉に兵が沸く。止まった先が絶望と決まっている以上、彼等は進むしかない。

 1時間ほどの進軍を続けると広い扇形に兵を展開して偵察隊からの連絡が来るのを待つ。

 戦場では会話の一つもないかと思っていたセシリアだったが親しいもの同士で会話を楽しんでいる者は何人も居た。

 それがただ頼もしいと思う。

 この作戦はセシリアの行動が成功したら確実に勝てるというものではない。

 あくまで、倍の差をどうにかイーブンまで近づけることが出来るだけ、だ。後の結果はここにいる彼等次第という事になる。

 陽はもう高く上がっていた。焦れるようにして空を見上げてどれ程の時間が経ったか、遂に白煙が空に上がる。

「配置に付け! このまま前進する!」

 フィアの一声によって紙面上で形作られていた弓形の隊列が一糸乱れぬ動きで前進を始める。

 最先端に居るセシリアは歩きながら波紋を発動させて敵の位置を慎重に測りながら前進を続けた。

 前面に見える黒い影はまだ遠いが数は膨大だ。わらわらと、無限に這い出る蟻の如く地平線を黒く埋める彼等を前に、自陣に緊張が走るのが空気で感じられる。

 セシリアやフィアでさえこうして相対すると鼓動が早まるほどだ。

 

 そして、到達点へと至った。

 視力がよければ互いの姿を視認出来る距離から散発的に魔法すら飛んでくる。

 距離的に当てる事は難しく、まして防御魔法を削ることさえ出来ないだろうから威嚇目的だろう。

 偶然命中するルートを通った魔法は悉く自陣の魔術師が防御魔法によって大した苦労もなく防ぎさる。

 敵兵が前進する速度を速めた。鬨の声が方々から上がり穏やかな午後の平原の図が一瞬にして合戦の戦場へと姿を変える。

「前方に展開している兵は手はず通りに逃げろ!」

 フィアが鋭い声と共に手を点に伸ばし、魔法を発動させる。

 瞬間、目の前に迫ってきた兵に恐慌をきたしたかのように、大部分の兵が腰を抜かして地に伏せると這う這うの体で逃げ出した。


 残ったのは数え切れそうなくらいまばらな兵とセシリア、それからフィアに、付き従うエリー。

 セシリアがここにエリーを連れてきたのは一種の欺瞞ではある。何せ戦場で一番安全な場所は、たった今よりここになるのだから。

「フィア、準備は良い?」

「任せろ」

 セシリアの右手が、フィアの左手が伸びてしっかりと握られる。

「セシリアも、準備は良いよね」

『いつでもいけるわ』

 リンク、接続。優が魔法を発動させた瞬間、3人の意識は一つに纏められるような感覚に飲み込まれる。

 

 前方に展開された敵は中心が逃げ出したのを見て取って好機と思ったのか、回り込もうとしていた兵の一部までもが流れ込んで来ている。

 型にはまった行動にフィアが口角を吊り上げる。

 だが、

「何かおかしい」

 向かってくる敵の数が思った以上に少なかった。

 敵の一部が明らかに進軍速度を落とし、前方と後方の2つに分けられるくらいの溝を作り出したのだ。

 優の用意したこの作戦は恐らく1回しか使えない。その機会で敵の半数を止めなければ兵力の差は覆せない。

 こちらに向かってくる敵兵の数は大よそ2、3000程度で、当初見込んでいた4、5000には到底及ばない。

 生まれてしまった差分はこちらの戦力を鑑みて余りにも大きすぎる。

「でもやるしかねぇだろっ!」

 迷っている暇はなかった。

 フィアの言うとおり、このまま出来た穴に向かってくる2、3000を通してしまえば確実に負ける。

「やるよっ!」


 優が遥か前方、想像の補正によってぎりぎり届く射程圏内に防御魔法を展開する。

 5メートルほどの高さに出来たそれに気づける者はフィアとセシリアを除いて誰も居なかった。

 意味のない防御魔法にセシリアが干渉して大気中から水分を集めて内側に水を作り出す。

 本来ならば他人の作った防御魔法に干渉するなど、想像による補正を使っても難しい。

 魔法の発動内容は人によってそれぞれ微妙に異なる。それに干渉するには他人の魔法の性質を入念に調べ上げる膨大な手間が必要になるからだ。

 けれど、感覚の共有を行えるセシリアと優ならば手間をかけずとも使った魔法の性質を全て共有してしまえば自由に干渉ができるようになる。

 空中の防御魔法の中に水が満たされ地に落ちることなく留められた。

 続いて、フィアが浮かんだ防御魔法の中にある水へと魔法をかける。

 彼もまた感覚を共有している今なら他人である優が作り出した防御魔法の中に干渉できる。

 刹那、結界が悲鳴をあげた。

 

 フィアが使った魔法は水の完全分解を行う、優が与えた魔法だ。

 水1リットルからできる水素ガスの量は1200倍を越える量になる。

 膨大な圧力によって防御魔法が崩れるより早く、セシリアが優と一緒に防御魔法をあらん限りの魔力を総動員して抑え込んだ。

 

 大人数を相手にただの魔法を使ったのでは勝ち目などない。

 けれど、過去に一人だけ、優が知る人物は不可能を成してみせた。

 バレル・ノーティス。セシリアの父親にして、水素を使った広範囲攻撃魔法を編み出した人物。

 しかし彼の魔法をひとりで使うには無理がある。複雑な魔法を同時に3つも発動させるなど常人の域ではない。

 その意味で彼はまさしく天才であって、ある種の天災だ。

 想像による補正を使えたとしても、概念魔法を使えたとしても、セシリアにも優にも、他の誰にもそんな事は出来ない。

 なら、一人で使わなければ良い。

 

 袋小路の運命の只中で迷い、諦め、傷ついたセシリアを見て優は助けたいと願った。

 一人で悩まないで手を取って欲しいと願った。

 一人じゃなければ出来ることは沢山あるのだから。


 感覚の共有による、3人で手を伸ばして作った一つの複合魔法。

 

 セシリアと優の二人を持ってしても、防御魔法が限界に近づき震える。

「エリー、火炎系の魔法を撃って! 場所は分かる!?」

「おー! 任せとけー」

 間延びした声に思わず笑みが零れる。エリーが呪文を唱えて小さな体躯には似合わない強大な炎の槍を出現させ、

「いくよー」

 放った。

 大気を切り裂いて上空を突き抜ける炎の矢に、敵は誰も反応したりしない。

 明らかに標的を違えた魔法など、一体誰が気にかけるというのか。

 エリーの魔法は一直線に空を駆け、セシリアの限界に近い防御魔法をあっさりと貫通した。


 水素には幾つか性質がある。

 まずはその軽さ。フィアが利用した気球を浮かべる為の材料。

 次に燃焼性。水素と酸素を適度に混合したものに火をつけると爆鳴気、或いは水素爆鳴気と呼ばれる激しい燃焼を起こす。

 何よりガス密度の低さ。水素は拡散する性質が強く、燃焼の伝播も早い為燃え広がると広範囲に被害をもたらす。

 防御魔法の中は分解された水素によってただでさえ内圧が高まっていた。

 そんな物に穴が空き、かつ炎の塊などぶつければどうなるかなど、想像に難くない。

 鼓膜を、肺を、身体を、それどころか大地さえ揺るがすほどの爆音と振動が伝わってこれだけ離れているにも拘らずセシリア達は膝をついた。

 生まれた膨大な熱波が身体を吹き飛ばさんと吹き荒れ、エリーが防御魔法を展開していなかったら転がっていたかもしれない。

 凄まじい光と衝撃はそう長くないはずだったのに、永遠にも感じられる。

 全てが収まったと理解できた時、世界から音が消えていた。エリーが何事か話すが声が聞こえてこない。爆音によって鼓膜の機能が一時的に麻痺しているのだ。

 鬨の声を上げ穴に向かっていた敵の兵はただの一人も残っていなかった。

 地面は黒く煤け、緑一面の草原は土を掘り返され、焼かれ、円形のなんの捻りもないミステリーサークルを形作っていた。

 身に纏っていたはずの重厚な鎧が溶け、千切れ、砕かれ、歪み、あたり一面に散乱しているどころか、大気に巻き上げられた不運な一部が散発的に地に降り注いでいた。


 かつてバレルが編み出した魔法は一人で行ったが故に、規模は小さかった。

 それが今、3人によって作られた魔法は城さえも一撃で吹き飛ばす威力を見せている。

 フィアは目の前の光景を呆然と見つめていた。セシリアはどこか辛そうに、しかし優だけはまだ先を考えている。

 即ち、あの時進軍速度を落とした敵兵はどうなっているのか。

 倒した人数が3000だったとしても敵の兵はまだ7000も居る計算になる。この差を覆すのは、こちらの5000の勢力では難しい。

 かといってあれほど大規模な魔法をもう一度使うには魔力が足りない。

 特にセシリアは身体が一つしかない。

 今だって1つの源泉から無理矢理2人分の魔力を同時に使用したせいで身体に負担が返って来ている。

 これ以上魔法を使うのは難しい。

「俺達は下がるぞ」

 フィアが反動でへばっているセシリアを抱えて踵を返すと後方に向けて歩き出す。

 戦場に出ると言ったセシリアに、フィアは作戦が終わり次第迅速に引き返し、身の安全を確保することを条件とした。

 フィアにとって納得できなくとも、今のセシリアはなんとしても守らなければならない対象だ。

 魔法が使えない今のセシリアに逆らう術はない。

「後は、あいつ等に任せる」

 しかし後方に戻ったセシリア達に告げられたのは、凡そ信じられない情報だった。

 

「敵勢力が前方と後方に二分し、後方に分かれた勢力が前方の勢力に対し、攻撃を仕掛けています」

 端的に言えば仲間割れだ。何を馬鹿なとフィアが驚きからセシリアを取り落としそうになる。

「敵勢力の後方に居る部隊から連絡がありました。我々はフィア様につく、と。現在、我が方に殆ど被害はなく、敵兵は混乱の最中にあります。間もなく敵勢力を沈静化できるかと」

 フィアはこの国にとっての英雄で恨む人間は多いが、救われた人間はもっと多い。

 帝国もフィアも互いに己の欲によって戦っている。でも帝国とフィアが目指しているものは違う。

 フィアが作りたかったのはただ純粋に、記憶の中にあるような平和な国なのだから。

 そんな彼の夢に共感する者は帝国の中において少なくない。

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