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果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
36/56

転生者たちの戦い-2-

 敵勢力を波紋の魔法によって検知できたのは出港した日の真夜中だった。

 草木も眠る丑三つ時の夜の海には暗鬱たる黒雲が空に広がっていて明かりがなければ手のひらを見ることすら難しい。

 そんな夜の帳の中にポツリと小さい光が遥か彼方の前方に浮かんでいた。

「敵艦で間違いありませんが……」

 策敵を行っていた兵が困惑した表情でセシリアに状況を伝える。勿論、敵の存在はセシリアも波紋の魔法を使って感知してはいる。

 といっても前回の海戦の時ほど精度を上げるのは恐怖を消し去る魔法を使わなければならない為、今の波紋の精度は一般的な物より多少いいくらいのものでしかなかったが。

 問題は敵がどうしてこの真っ暗な空間で明かりをつけているのか、だ。

 恐らく敵の波紋にこちらの船の反応も出ているはずだ。にも拘らず明かりを消す様子は全くない。

 同数における海戦において位置が知られてしまうのが良い手とは思えない。

 それに遠視によっておぼろげに拡大された敵の旗艦には帆さえ展開されていないのだ。

 夜の海を進むのには危険が伴うとはいえ、敵国の近くで帆を仕舞い明かりをつけるなど自殺未遂に等しい。

 そもそも明かりをつけるのは航行する為であって、休憩するためではない。

「こりゃ、何かあるな」

 セシリアの隣で先遣隊の隊長が少し伸びている顎鬚を撫で付けながら唸り声を上げる。

 恐らくこの状況のどこかに艦隊が一瞬で殲滅された理由があるとセシリアは考えている。だが現状はどう見ても、敵が不利になる条件しか揃っていない。

 いや、と一度大きく頭を振って考えを振りほどく。

「逆に考えましょう。この状況を相手が意図的に作り出しているとして、何のメリットがあるのか、或いはどんな目的があるのか」

 帆を使わないのは風を受けないようにしてそこから進まないため。

 明かりを付けるのは自分たちの位置をわざと相手に知らせるため。

 そういえば、とセシリアは不意に空を見上げた。報告では最初の哨戒戦も、次の大艦対戦も空が曇っていたと聞く。

 ……そう何度もこんな暗雲が広がることがあるのだろうか?

 少しばかり思案すると、物は試しとばかりにセシリアは波紋を横方向ではなく上空に向かうよう、縦方向に放った。

 通常波紋の魔法は水平方向に向けて放たれ、空高くまでは感知しない。この世界に地形を利用したものを除いて制空権という概念がないからだ。

 地形のない海において空の策敵など無駄、それならばより遠く、より前方へ波紋を広げるべき。

 そして帰ってきた波紋の反応にセシリアは驚愕する。

「あの雲、全て魔力で作られています」

 この海域を閉ざす暗雲は何らかの魔法によって、少なくない魔力を使って作られたもの。

「じゃああいつ等は安くない代償を使って闇に閉ざした上で明かりをつけてるって言うのか!?」





 現実は隊長の驚いたとおりだった。

 フィア率いる帝国艦隊では百近い魔術師が空に暗雲を作り出す魔法を維持し続けていた。

「展開は慎重に、絶対に雲を晴らすな。こっちの船体の明かりをもう少し強めろ、攻撃の準備の方はもういいな?」

 円卓で気狂いの様に笑っていたフィアは、この場において別人のように鋭い目線を各所に送っていた。

 彼が今頭の中で描いているのはいかにして敵の船を沈めるか、その一言に尽きる。

 敵艦が3隻という少なさでもって迎え撃ってきたということは、もう後がないということを意味している。

 この戦いにさえ勝つことができればもう皇国は目の前だが、少しも油断する気配はなかった。

 先の戦闘で圧倒的多数を倒しはしたが、その際に少し違和感を感じたのも事実だ。

 定石である密集隊形を崩してまでフィアを包囲しようと動くなど、通常はありえない。

 その動向には彼数による圧倒的な防御を打ち砕く術があることを看破したという意思がはっきりと見て取れた。

 その際には敵が包囲しようと艦隊を展開するのに時間がかかったことが幸いしてどうにか"間に合わせる"事が出来たが、その時に感じた一抹の不安はどうあっても拭えない。

「敵もどうやらある程度の入れ知恵をできる立場にはあるって事かね……。セシリア・ノーティスか。まさか小さなガキがあの大艦隊を滅ぼしたなんてお笑い種にもならねぇな」

 見えはしないが確かにそこにいる敵艦を遠くに見ながら、フィアはより警戒を強める。

 

 

 

 

「どうして闇に閉ざした空間で自分の姿を見せる必要があるんだ……? 奇襲してくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」

 波紋の魔法は魔力にしか反応しない。

 暗闇の中では別働隊として、魔力を持たない白兵戦用の兵士を小船に移し敵に近づいて乗り込むという手段も取れるのだ。

 しかしその為には敵の正確な場所をどうにかして探る必要があり、これが中々難しい。だが敵が明かりをつけてくれるならその限りではない。

「そこらの海戦経験のない商船ならまだしも、あれは海戦の帝国なんだろ?」

 隊長の疑問は最もだ。どうして彼等がわざわざ奇襲を許すような状況を作り出しているのか。

 違う、とセシリアは考えをさらに振り払う。余計なことは考えなくても良い。ただもう一度だけ、情報をちゃんと整理しようと。

 暗闇は何のためにあるのか。決まっている、何かを覆い隠すためにある。

 明かりは何のためにあるのか。決まっている、何かを照らすためだ。

 相反する2つを同時に使ったのはどうしてだろうか。

「見せたくないものと、見せたいものがある……っ!」

 弾かれたようにセシリアが空を見上げた。

 魔力がなければ検知できない波紋。

 闇に覆われた大空。

 明かりを付けることによって位置を示し、帆すら張っていない敵船。

 バラけたピースが繋がるように、ある一つの仮説がセシリアに浮かぶ。

「全魔術師に伝えて! 空に雷光弾を放って! 早く!」

 セシリアの叫び声に真っ先に反応したのは隣に居た隊長だ。すばやく呪文を紡ぐと空に向かって手を伸ばす。

 刹那、弾ける様に空が真っ白の光によって照らされ、続くように断続的に照明があがる。

「いいのか? こっちの位置もばれちまうんだぞ」

 撃ってから言うべき台詞ではないだろうとセシリアは苦笑しつつも、大丈夫だと力強く頷く。

 そしてそれは"あった"。

 空に浮かんでいる、大きく膨らんだ丸い頭を持ち、何かをぶら下げている物体がゆっくりではあるものの、こちらに近づいてきているのを。

 

「あの空に浮かんでいるものを火系以外の魔法で破壊して! 絶対に火系魔法は使っちゃダメ!」

 セシリアの号令によって魔術師から数多くの魔法が放たれるが側面に触れるより先に弾かれたように霧散した。

 -防御魔法-

 それも、信じられないくらい圧倒的な密度で守られている。

 まるで艦隊に使われるはずの全ての防御魔法を終結したようなありさまだった。

 これはやばいとセシリアの本能が告げている。こちらの攻撃力ではあの防御を貫くことができない。

 防御魔法が途切れるのはあれが発動する瞬間だ。その時に破壊したのではもう遅い。

「動けるものは全員で帆を外して! 間に合わないようなら切ってしまってもいいです! 時間は……60秒以内!」

 前代未聞の指示に誰もが驚き行動が止まってしまう。帆は船にとって最も大切な動力源だ。それを外せば俎板の上の鯉に等しい。

 勿論予備も換えもあるが、それでも全ての帆を切り落としなどしたら復旧にかかる時間は致命的だ。

 だからこそ誰よりも帆の大切さを知っている熟練の水夫は反射的に動きを止めてしまう。

「お前等! 今すぐ全ての帆をたたっきれ!」

 しかし先遣隊はイレギュラーな船を良く知らない存在だった。それが功を奏していち早く作業に取り掛かる。

 風の魔法によって次々と結ばれた糸が切られていく中、それは唐突に起こった。

 

 

 

 

 フィアは艦の縁に身を預けて、遥か遠くに浮かぶ3つの船をしげしげと眺めていた。

 大気を震わす轟音が響くと夜空は大きな炎によって赤く彩られる。

 離れているフィアにさえ熱風が届くほどの大爆発であれば3隻の船など簡単に吹き飛んでしまうだろう。

 あの爆発で真に恐ろしいのは火力ではなく、それによって生まれる烈風の方だ。

 船は風を受けて進むが故に帆は必須、そこにあれほどの爆風を受ければどうなるか……帆は風を受けてマストどころか船体そのものをひっくり返す。

 ガリオン船は速度の変わりに安定力に捨てたような船だ。一度転覆してしまえば起き上がることなどできず、墓標と成り代わる。

 あとはその墓標を一つ一つ巡って花を手向けるように魔法を手向け、沈めてしまえばいい。

 だが白煙が晴れた先にあったのは、大いに揺れながらも倒れることもなく立ち続けている、敵の艦隊だった。

「な、んだと……」

 流石にこればかりはフィアも驚かずにはいられなかった。

 先ほど雷光弾によって空を晴らされた時にはドキリとした物だが、攻撃魔法によって気球が壊れなかったのを見て勝利を確信したのだ。

 よく見れば張られていたはずの帆はまるでなく、支柱が肌寒そうに3つほど立っているだけだ。

「再攻撃を行う、各員は準備にかかれ!」

 フィアは確信する。あの船には恐らく、セシリアも同乗しているのだと。

 でなければ気球に対し火系の魔法がただの1回も使われなかった理由も、直前で帆を切り離すなどという前代未聞の行動も説明できない。

 

 

 

 

「つーかあれは何なんだ!」

 セシリアの伏せて、という声に反射的に従った隊長は直後に襲ってきた大きな爆発と突風、振動に彼にしては珍しく死を覚悟する程だった。

 もし帆が張られていれば間違いなく転覆していただろう。

「恐らく、水素を詰め込んだ気球です。水素は大気より比重が軽いから空から攻撃できるし、火系の魔法でいつでも起爆できる……。おまけに魔法を使わずに飛ばせることで、波紋に反応を残しません」

「すまん! 言ってることがさっぱり分からん!」

 暗闇の中で明かりを浮かべて姿を見せていたのは雷光弾によって照らされてしまうと気球の存在が判明してしまうから。

 でも天然で存在している水素なんて殆どないはずだ。敵は膨大な量の水素を一体何処から得ているのか。

 答えはすぐに見つかった。はっとして船外を見れば、あるではないか。幾らだって、海水が。

 海水、もとい食塩水を電気分解して得られるものが水素だというのは有名な話だ。……現代では。

「まさか……」

 ハッとして遠くの敵船を見つめる。

 優としての記憶がこの世界に呼び込まれたように、他の誰かの記憶がこの世界にないなんて、誰が言い切れるのだろうか。

 考えてみれば王国の異常に発展した農業だってそうだ。この時代に農業革命がおき、挙句品種改良までするなんてありえるのだろうかと考える。

(……転生者は、他にもいる)

 結論はたった一つ。同じ魂の中で同じ記憶を共有してしまった存在がまだ他にいてもおかしくなんてない。

「セシリア様……大砲が、先ほどの揺れで全て海面に落ちました!」

 農村騎士団の一人が慌てた様子で叫んだ。見れば備え付けてあったはずの片舷から見慣れた鉄の砲身がなくなっている。

 砲を水平方向にも撃てるように縁を大分削ってしまったのが災いしたらしい。

「セシリア様! 敵艦隊から、また先ほどの物体が空に上がろうとしています!」

 慌ててセシリアが縁から艦影を確認すると、確かに小さな何かが空へと上がっている気もした。

 恐らく次はあれを調整してそのまま船の近くで爆発させるだろう。そうなればもう防ぎ様はない。

「急いで帆を張りなおして、1つだけでもいいから!」

 水夫が今度は手馴れた作業を言い渡されたことで手際よく支柱に登り布をかけ始めていく。

「ブースターを使う用意だけお願い」

 逃げ惑っているだけではこちらの攻撃は届かない。かといって船の速度より気球の速度の方が、恐らく速い。

 なら、まずすべきは気球の速度を削ぐ事だ。

「これから敵の風上へと移動します!」

 帆を直している間にブースターに点火する。生まれた推進力が徐々に船を推し進め、敵の風上に向けて全力で進み始める。

「何か策でもあるのか?」

「成功するかは微妙だけど……取れる策は1つしか思い浮かびません」

 セシリアにしては消極的な答えだったが、隊長はその言葉に寧ろ笑ってさえ見せる。

「あんなもん相手に1個でも浮かべば上出来だ!」

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