転生者たちの戦い-1-
艦隊の全滅は悪夢と言ってよかった。圧倒的な数の理が一方的に蹂躙されるなど誰も思ってすら居なかったのだから。
皇国内の混乱もまた大きかった。敵がどんな方法で艦隊を殲滅せしめたかも分かっていないのだから当然といえる。
まさか海上から王都を攻撃できるとは思えないが、指揮しているとみられるフィアと呼ばれる何者かは多数の国家を僅か数日で陥落させた張本人なのだ。
座して待っている時間など残されていないが、取れる手立ては極限られている。
「セシリア様……」
ロウェルが心配そうに声をかけるが、セシリアとしても優としてもこのまま事態を放置することなんてできるはずがなかった。
「状況を詳しく教えてください」
皇国が使用できる艦隊は僅かに3隻の護衛艦だけ、大きさも乗員数も敵戦艦に比べれば大きく劣る。
海上の戦闘訓練を行った魔術師は殆ど残っていなかった。軍艦の運航を行う水夫の数も少ない。
水夫に関しては民間の漁船に従事している人を雇えばどうにかなるが、魔術師の不足はいかんともしがたい。
陸軍の魔術師を流用することになるが、慣れない船上での戦いでは本来の実力が発揮できるとは思えなかった。
そもそも陸と海では使う魔法の系統すら変わってきてしまうのだ。
どちらかといえば陸は防御より攻撃に重きを置く。まず防御魔法の習得から入る海軍とはまるで正反対の性質を持っている。
その代わりに各々の攻撃魔法の威力は高いが、船を守りきれなければ幾ら攻撃力が高くとも意味がない。
何より準備しているような時間すら殆ど残されていないのは相当の痛手だ。
船の準備に2日ほどかかるとしても、その後はすぐに出港しなければ敵が皇国にたどり着いてしまうとなれば新しい武器を作ってもらう時間なんて到底ない。
敵の戦力も未知数だ。分厚い雲が上空を覆っていた視界の効かないせいか、敵の攻撃手段を伝えるような通信は飛んでこなかった。
或いは、通信を飛ばすよりずっと前に一撃の下、全ての艦が殲滅された可能性もある。
どちらにせよ、多数の艦を迅速に処理できるだけの高威力・広範囲の攻撃手段があることは明らかだ。
問題はそれが一体何なのか分からないところにある。
「といっても、悩んでいる時間なんてなさそうですね」
偵察を出しても二の舞になることは容易に想像できた。もう捨てられる船は一隻も残っていない。
セシリアが常に敵より優位に立てたのは敵がどの程度の規模で、どんな攻撃手段を取るか知っていたから。
情報があって初めて戦略は考えられるのであって、それすらゼロに近いのでは考えられる物も考えられない。
残された選択肢は酷く単純な、現地で情報を収集するという一点だけだ。
それは今までのように勝てる保証のない危険な戦場へ飛び込まなければならないことを意味する。
セシリアにとっての初めての、本当の戦争だった。
「船には私も乗ります」
反対されることも覚悟した上で、セシリアはそう告げる。
けれどシスティアとロウェルは大きな溜息を零しただけだった。
「そうすると思ってましたよ……」
「勿論、私たちも乗るわ。止めても聞かないでしょうからね」
準備に使える時間は二日間と短いが、当然というべきか、セシリアは座して待つつもりなどなかった。
まずセシリアが行ったのは国王に頼み製薬ギルドの作業室を一つ借り、余っていた硫黄と硝酸カリウムを集めること。
それから部屋に材料が運び込まれる時間を利用して、同時に魚介類を販売している港で廃棄された貝殻を集めはじめる。
それを製薬ギルドに持っていくとハンマーでもって粉々に砕いて粉状に加工してもらい、出来上がった貝殻の粉を瓶2つ分ほど詰めてもらった。
次に鍛冶屋へと向かうと本来は鉄を精製するための溶鉱炉を1つ借り、鉄の変わりに先ほどの貝殻の粉を1瓶分放り込むと高温の炎で加熱する。
出来上がった焼けた灰の様な粉を満足げにみやると、冷ましてから持って来ていた瓶の中に再び詰め込んだ。
その後、帰り際に今度は農業ギルドへと立ち寄り、王国から伝来した肥料に使われる特殊な塩を分けてもらう。
借りた作業室へと戻ると早速備え付けられている製薬用の道具を幾つか組み合わせて準備を進めた。
用意した物は先ほど取ってきた貝殻の粉とそれを焼いた物、特殊な塩と外にある井戸から組んできた地下水。
まず陶器の容器に焼いた貝殻の粉末を移すとその上から組んできた地下水をかける。すると白い煙を上げながら徐々に溶けていった。
貝殻のは炭酸カルシウムでできていて、これを熱することで酸化カルシウムへと変化する。
酸化カルシウムといえば時々食品を温められるインスタント製品で見かけることもある、水をかけると熱を発する。そしてそれが収まると最終的に消石灰とも呼ばれる水酸化カルシウムが残ることになる。
これは学校の校庭で白線を描くのにも使われている。といっても、危険な物性質もあるので最近は使われる機会も減ってきている。
次にビーカーに水を注ぎ、食堂から貰ってきた普通の塩を溶けなくなるまで混ぜて飽和状態の食塩水を作り出す。
そのビーカーにガラス管の先を入れ、繋がった先にある別のフラスコには農業ギルドから貰った特殊な塩と先ほど作り出した水酸化カルシウムをよく混ぜ合わせた物をフラスコの半分くらいまで詰めて火で炙った。
暫くするとガラス管の先から気泡が漏れ、次第に激しくなっていく。
この特殊な塩は塩化アンモニウム。そこに水酸化カルシウムを混ぜて熱することで得られるのは気体のアンモニアだ。
水に良く溶けるアンモニアはガラス管の先にある飽和した食塩水の中に吸い込まれるように溶けていく。
アンモニアが限界近くまで溶けるまで暫く待ってから、今度は砕いた粉を別の鉄製のフラスコに詰め込んで大きなオーブンのような炉で限界まで熱する。
これには手の空いている魔術師を3人ほど呼んで魔法によって火力を高めてもらうことにした。
鉄製のフラスコからは同じく鉄製の管が延びていて、その先は食塩とアンモニアを限界まで混ぜ込んだビーカーに繋がっている。
猛烈な勢いで出てくる気泡は燃えた炭酸カルシウムが大量に生み出す二酸化炭素。
この一連の流れはソルベー法と呼ばれる、炭酸ナトリウムを得る為の手法の一端を利用した物だ。
本当はこの化学反応中で発生する様々な物質を再利用し続けることによって効率的に炭酸ナトリウムを得るのだが、それをするにはやはり設備が必要になってくる。
それにセシリアはそこまで大量の炭酸ナトリウムを必要としていない。
そして一番大事なのはここからだ。精神を集中してビーカーの内側から、中の液体を管ごと包み込むように密封した状態を結界魔法を応用して作り出す。
注がれた二酸化炭素は本来すぐに大気中に逃げてしまうがそれでは困るのだ。
密封されていても二酸化炭素の発生が止まるわけではないから圧力によって注がれ続ける。
それを逃がさないように、加圧しつつ魔法が保てる限界まで注ぎ込んだ。そうすることで結界の底には沈殿物が次々と溜まっていく。
やがてある程度の量を確認すると結界の一点に微細な穴を開けて少しずつ加圧された気体を逃がしてから溜まった沈殿物を別の容器へと移した。
最後に得られた炭酸ナトリウムと水酸化カルシウムを混ぜて加熱することで最終的に炭酸カルシウムが沈殿し、水酸化ナトリウム、所謂苛性ソーダがようやく姿を現した。
セシリアがどうしても欲しかったのはこの水酸化ナトリウムだ。
水溶液の中に沈殿している炭酸カルシウムを取り除いてから魔法を発動させる。
原型となるのは空気中から水を得る魔法だ。それに想像による補正を加えて対象を空気中からこのビーカーの中へと変える。
然程大きな改変でもなければ新しい物質を作り出しているわけでもないので魔力の消費はかなり低い。
やがてビーカーの中から水だけを完全に取り除けば、中に残るのは水酸化ナトリウムと僅かの不純物だけということになる。
そこへ今度は調節した水を混ぜることによって、求める濃度の水酸化ナトリウム水溶液を作り出す。
「はぁ……」
疲れたようにセシリアが溜息を漏らした。随分長い工程だった気がしているのに、実際にはまだ中間地点と言ったところだ。
本当に求めているのはまだまだずっと先にある、一つの武器の形なのだから。
一度休憩を挟もうかとも考えたが時間を考えると首を振って再び食堂に向かい、植物由来の油を分けてもらう。
小鍋に油を注ぎこむと、できる限り小さくした炎で加熱する。
同時に前方に跳ねた時の為に防御魔法を展開してから先ほど作り出した水酸化ナトリウムをゆっくりと少量ずつ注ぎかき混ぜ始めた。
数十分ほど同じ動作を続け良く混ざり合ったのを確認してから別途用意しておいた塩水を一気に注ぎさらによくかき混ぜる火から下ろした。
塩析と呼ばれる、塩の溶液に溶解しない成分を分離する方法の一つで、こうすると上層に石鹸層が浮かび上がってくる。
セシリアが苦労して水酸化ナトリウムを作り上げていたのはこの石鹸を作るためでもあった。
家庭科か科学の授業で割とポピュラーでもある実験の一つだが、勿論欲しかった物は石鹸ではない。
石鹸を作るのであれば、塩析を行う必要なんてない。欲しかったのは塩析によって分離した部分、グリセリンだ。
作り出したグリセリンから水分や不純物を取り除いて出来る限り純度を高めていると、既に窓から見える景色は暗く染まってしまっている。
目覚めてから今まで随分と熱中していた事に気付くと静かに溜息を一つ漏らした。
集中していた休息に意識が薄れていくのを感じると軽いめまいと頭痛がじくじくと襲ってきた。
暫く寝続けていた病み上がりの身体なのだから無理はない。
時間はないが倒れても意味はないと自分を納得させると今日のところはそのままシスティアやロウェルがいる王城の客室へと戻ることにした。
翌日、感じていた頭痛と目眩はどうにかなくなったセシリアは朝も早くから製薬ギルドの一室に篭っていた。
国王からギルドに人払いを頼んでいるおかげで、今この部屋の周辺には誰も居ない。
一つは失敗した時のリスクを減らすため。もう一つは製法を悟られないため。
まずはフラスコの中に汲んできた水を満たし、火で暖め沸騰させることで水蒸気を発生させる。
それをガラス管を通し別のフラスコへと流し込む。
黒色火薬のために作り出した硝石と硫黄を合わせてすり潰した物に火をつけ、発生する気体を先ほど水蒸気を流し込んでいたフラスコに同じように流し込む。
合わさったそれらの気体はさらに先のガラス管で繋がっている、水が入ったビーカーの底からこぽこぽと気泡を上げた。
硝石と硫黄を一緒に燃やすことによって三酸化硫黄を作り出し、水と接触させることで溶け最終的に希硫酸に変わる。
本来ならば鉛室法や五酸化バナジウムを使った接触法で作り出すほうが濃度が高くなるが、設備を作っている時間があるはずもない。
やがてビーカーに半分ほど溜まった液体に対して魔法を発動する。
昨日も使った、空気中から水を得る魔法の改良版。ビーカーの中から水を吸出し、省いていく。
これで希硫酸が結びついていない大量の水、H2Oが失われれば残るのは純粋なH2SO4、濃硫酸となる。
元々鉛室法で得られる硫酸の濃度を上げるのに使われていたのは脱水だったが、これほど直接的な脱水手段はないだろう。
しかし元の濃度が低い分、ビーカーに残った濃硫酸は極僅かだ。それを何度か繰り返して十分な量の濃硫酸を得ることに成功する。
それを少量別のビーカーに移して水を加え濃度を調節すると、今度は硝酸カリウムを少しずつ入れながら溶かしていく。
できた溶液をフラスコの中に入れて蒸留装置に組み込むと暖めて出てきた気体を水に溶かしていく。
硝酸カリウムと硫酸を混ぜると硝酸と硫酸カリウムに分かれる。そして硝酸の沸点は水より低いため、熱して気化させることにより硝酸を得ることができる。
といってもこの方法では濃硝酸といえるまでの濃度に上げることができない。
熱していた溶液の沸騰が収まり始めたタイミングで蒸留をやめ、作り出した希硝酸に硫酸の時と同じ魔法を使って水を取り除き濃度を限界まで上げる。
濃硫酸、濃硝酸を特定の比率で配合した混酸に対してグリセリンを加えるとほんの些細な衝撃で爆発してしまうニトログリセリンに姿を変える。
酸の温度を12度程度で安定させてから前日に作っておいたグリセリンを少しずつ垂らしていく。
するとニトロ化したグリセリンが浮かび上がってくるのでそれを慎重に掬い取り、別のやはり冷やした水で満たしたビーカーにそっと入れていく。
これを何度も何度も繰り返して少しずつ、本当に少しずつ量を溜めていくと最終的にビーカーの中にはニトログリセリンと水に綺麗に分かれた。
ここからもう一度、魔法を発動する。ニトログリセリン以外の物質を水分ごと慎重に除外していく。
それが一息ついたら今度は同じ混酸に綿を浸して1時間ほど放置する。
一見変化していないように見える綿を取り出してから多量の水で洗い流すのを数回繰り返して再度魔法を発動、綿から水分だけを抽出して乾燥させる。
得られた綿の色に異常な点がないかをよく確認してから細かく裁断した綿に前もって作っておいたニトログリセリンと建築で使われる比重の軽い土を混ぜると固形に近い形状に変化した。
この状態ならば単体のようにちょっと触っただけで爆発するという危険なことは起こらなくなる。
後は中心に黒色火薬で作った爆弾を雷管として埋め込み、導火線をつけて周囲に作り上げたゲルと硝酸カリウムを混ぜた物で包み込み封をした。
セシリアが目指していた物は黒色火薬よりもより威力の高い爆薬、ダイナマイトだ。
贅沢を言えばTNTやC4と言った威力の高い物、制御しやすい物を作りたいところであるが、そちらに関しては製法が全く分からない。
ニトログリセリンとニトロセルロースはどちらもグリセリンや綿を濃度の高い混酸に混ぜれば出来上がる為、知識自体は然程必要ない。
しかしこれだけ時間をかけたにも拘らずできたのはたったの3本だけ。
量を作るには圧倒的に設備も材料も時間も足りていない。
とはいえゼロからこれだけ首尾よく作り出せたのは僥倖といっていい。
科学の時間に危険な爆薬だの薬品だのを実験によく使って危険性を詳しく話してくれた先生には感謝が尽きない。
「とはいえ、これを作ったとしても本当に使えるかどうかわからないけど……」
目の前に転がる三本の筒を指でつつきながらセシリアはぼやく。
黒色火薬を授業で調合したことがあっても、流石にダイナマイトを作った経験など優にはなかった。
それにきちんと使えたとしても、魔法の射程外からぶつける方法が全く思い浮かばない。
砲弾に括り付けたら綺麗に飛んでいくだろうか?
ただ射出の時の熱で起爆しないと言い切れる知識がないので却下する。
全力で投擲しても、精々50mくらい飛べばいい方だ。
そんな至近距離まで接近したら間違いなく戦艦の魔法でこっちの艦隊は穴だらけか炎上になるのは目に見えている。
これを作ったのだって、どちらかと言えば気休めの部分が大きかった。
何かしていないとふとした拍子に不安に襲われ取り乱すかもしれないと思ったからだ。
二千の兵を前にした時も気丈に振る舞いはしたが内心震えが止まらなかった。
海戦のときは魔法によって恐怖を抑えていたが、それが解けた瞬間に訪れた恐怖の度合いは計り知れない。
そのどちらも十分に勝ち目があるからこそ実行できた部分は大きい。それが今回は本当に何もないのだ。
一方、その頃ロウェルは今回の船に同乗する魔術師の選定を行っていた。
元々セシリアがとにかく威力と魔力の高い者、もしくは制御が得意で効率よく魔法を使える者を集めて欲しいと頼んだからだ。
国王から出撃可能な部隊のリストを貰うことはできたが、その部隊がどの程度の強さなのかは資料を読んだだけではわからない。
おまけに今回は準備期間も少なく、慣れない海上戦に難色を示される事も多かった。
敵が連合軍を3隻で打ち破ったという話のせいもあって尻込みしている部隊は特に多い。
強制的に徴集することはできるが、士気が下がっては意味がない。
協力的でかつ錬度も高い部隊を探す作業は初日から大いに難航していた。
中には賄賂を渡してまで徴集を避けようとする部隊まである始末で、これにはロウェルも溜息を零すしかなかった。
騎士や魔術師の中には精力的に国を守るため活動しているものも多いが、どうしたって高位貴族の子息も目立つ。
彼等は別に戦場で名を上げようと、国の剣となろうと思っているわけではなく、どちらかといえば箔の為に勤めている事も多い。
受け取ったリストを上から順に訪ねていくが、どれもこれも余り役に立ちそうな印象ではなかった。
中には小さなセシリアの指示には従えないとまで言う部隊まで居る始末だ。
「大体回りましたが……錬度の低い若者ほど積極的なのはいかがなものですかね……」
活力に溢れているのか、名を上げたいという野心が強いのか、もしくは小さな少女が大艦隊を殲滅したというニュースに対抗心を燃やしているのかもしれない。
どちらにしてもありがたいことではあるが、実戦経験も少ない若者を最前線に出すのは気が引けた。
若い命を最悪散らすことになるのも理由としてはあるが、それ以前に実力が追いついていない。
ロウェルは途方に暮れながら近くにあったベンチに腰を下ろすと深い溜息を一つ吐き出す。すると、突然真後ろからにゅうっと首が突き出てきた。
「どうした若いの、何か悩み事か?」
はて、どこかで聞き覚えがあるような声だなと振り返ると、かつてフィーリルで先遣隊の隊長を勤めていた男が巨大な体躯を器用に折り曲げてベンチの背に腕を乗せていた。
長らくフィーリルに在留していた彼ではあるが、先の皇国内の王国軍を討伐した後、王都に戻ってきていた。
減ってしまった部隊員をどうにか補充しまた訓練に明け暮れる日々を過ごしている。
ロウェルも圧倒的不利な状況から彼等の舞台が相手の規模から言えば極僅かといえる犠牲で見事勝利した知らせは聞いている。
その瞬間、一つの名案が閃いた。
彼等ならば、威力も魔力も効率も何もかも頭一つ分は秀でているんじゃないだろうか。
「帝国の船が皇国に向かって攻め入っていることは聞いていますか?」
「そりゃな……奴らめ、陸の上に来て見やがれ、一人残らず返り討ちにしてやるよ」
隊長はそういって不機嫌そうにギシリとベンチを揺らした。先遣隊は元々陸上用の部隊だ。海の上にまで出て行けないことに鬱憤が溜まっているのはどう見ても明らかだ。
「もし、海の上でその敵を撃退して欲しいと頼んだら……参加していただけますかね」
ロウェルの言葉に、隊長は一瞬ぽかんと口を開ける。
そんな彼に向けて、ロウェルはさらに持っていた紙束の一番上を突きつけて見せた。
紙面の一番上に書かれているのは、帝国艦隊撃退戦参加候補リスト。
ひったくらんばかりの勢いで紙面をもぎ取った隊長はしげしげと紙に書かれている内容と末尾に添えられている国王の署名を見てにんまりと笑うのだった。
準備不足はいかんともしがたいが、時間は何もせずとも刻々と過ぎてしまう。
出撃できる艦は3隻の中規模ガリオン船だけ、乗せている武器は大砲5門と弾丸が僅か、黒色火薬も残り少なく火船を作れるほどの量はない。
幸い、予備として収められていた使い捨ての簡易ブースターが2つずつそれぞれの船に取り付けられたが気休めにしかならないだろう。
セシリアが作り出したダイナマイトも濡れない様に何重かに防水布を巻いて鞄の中に仕舞われ持ち込まれた。
こうして初めての戦いらしい戦いは幕を開けることになる。




