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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
18/56

ロウェルとバレル-1-

 王都には幾つか学ぶための施設が作られている。12歳で入学して場合にもよるが最大で6年間、18の時に卒業する。

 一つ目は騎士学校。剣の技術を教えてくれる学校で、将来は国軍に配置されるか、貴族の私兵に採用して貰う。

 二つ目は魔術学院。魔法の技術を教えてくれる学校で、同じく国軍や貴族の私兵として就職することも可能だが中には新しい魔法を発見し、魔法書の独占権を得て大儲けを狙う生徒も居る。

 三つ目は商学校。商売の基本から各国の商品生産量、需要など商売に関する事を学び商人となるものが入る学校。

 そして四つ目は貴族院。貴族としての立ち振る舞いや歴史、政治を学ぶ為といわれているが実態はどれにも入る才能がない貴族の受け皿だ。

 特に魔術学院は貴族専用と言って良い。授業で多様な触媒や器具を使うことからも学費が高額なのだ。

 それに昔から魔法は貴族のものという固定概念が定着している。

 しかし先の戦争で著しい人員不足に陥った国は補助金という形で募集対象を貴族以外にも広げていた


 ロウェルが魔術学校に入学したのは今から10年ほど昔、丁度戦争から3年が経過したころだ。

 元々商家の4男であった彼は、家族の中では誰も発現していない魔法の才能を持って生まれてきた。

 この世界では貴族になるほど魔法の才能を持っている。元々、過去に魔法を使って武功を立てた物ほど立場が上がったからだ。

 そして魔法は遺伝する。両親が魔法の才能を持っているのならば生まれてくる子どももほぼ確実に魔法の才能に目覚める。

 両親に魔法の才能がないのにロウェルが魔法の才能を持ったのは幸運の中の幸運と言って良い。

 ただ、魔法の才能はあったとしても持った魔力量は大きいものではなかった。


 魔力の量は遺伝した回数によって増加するというのが一般的な見解だ。

 1代目の魔術師よりも、そこから生まれた子の方が成長時の最大魔力量は高くなる。

 ロウェルの場合、成長とともに少しずつは増えはしたが13を越えるあたりから伸び悩み始め15で完全に止まってしまった。

 伸びる人は30を越えてまだ延び続けるというし、両親が魔術師の家系なら20くらいまでは延び続けるのが普通だ。


 魔法学院が補助金によって幅広く募集をしたとしても、自然と魔力を持って生まれる子は少ない。

 ロウェルが学院に入った時も周りは全て貴族で彼と同じ平民は誰一人としていなかった。

 最大魔力量の低かったロウェルが学院の中で落ちこぼれと呼ばれるのは時間の問題でしかなかった。

 何より魔法は貴族が使うものという偏見の中では少ない魔力とはいえ貴族でないのに魔法が使えるロウェルは気に食わない相手と捉えられてしまっていた。

 

 ロウェルにしても努力を怠ったわけではない。誰よりも多く教科書を読み返し、復習予習を重ねて何度もイメージトレーニングを続けた。

 実際に魔法の制御の分野で言えば彼の右に出るものは居ない。

 だが魔法で一番求められるのは強さだ。最小限の魔法によってターゲットの急所を的確に穿つよりも対象その物を吹き飛ばすような派手な使い方のほうが好まれる。

 そこに追い討ちをかけるように13歳の誕生日を向かえ、魔力の伸びが悪くなった。


「このままやめちゃおうかな……」

 学園の裏庭からさらに進んだ先にある小さな明るい森に生えている木の袂がロウェルにとっては一番の憩いの場所だった。

 聞こえるのは鳥のさえずりと木々の葉音だけであり、嫌味を言う貴族はどこにも居ない。

 昔は、それこそ子どもの頃には自分が何でも出来るような気さえした。

 魔法で悪戯をした事もあるし、つるんでた子どもたちの中でも一目浴びていた。でもそれは魔法がない平民の世界の中でだけだ。

 外の世界を知ってしまえば、自分がどれほど小さい存在なのかが分かってしまう。

 だから彼はこうして、何度目か分からない溜息をついていた。


「なぁ君、丁度よかった。ここがどこだか分からないんだ」

 そんな時だった。ふとすぐ後ろから見慣れない男性の声がして振り向くと、ぼろぼろの外套を纏った見るからに不審な20代くらいの男性が曖昧な笑みを浮かべて立っていた。

 一瞬泥棒か何かだろうかと考えて、ここが魔術学院であったことを思い出す。

 魔術学院の生徒は全てが魔術師で最低でも攻撃魔法の心得くらいはある。そんなところに好き好んで入ろうとする泥棒が居るわけがない。

 そういえば、とロウェルは直前の会話を思い出す。彼はここがどこだか分からないといっていた。

「道に迷ったんですか?」

「あぁ。魔術学院に行きたいんだがどうも地図が苦手でね、気付いたらこんな森の中で迷子さ」

 快活に笑う男性は地図を取り出すと自分が来た場所を指で指し示した。

「あの、どうして町中から森に入って魔術学院に行こうと思ったんですか?」

 彼の指差した場所は王都の入り口だ。別に森に入らなくとも看板を目当てに行けば辿り付くのは難しくない。

「いや、だって魔術学院はここだろう? こうして森を通った方が近いと思ってね」

 ……。地図を見てみれば確かに少しだけ森を通るルートの方が突っ切れる分早い。

「もういいです。分かりました、案内します。こちらですよ」

 だが距離にして精々が百数十メートルだ。相手にする時間も惜しいと考えたロウェルはそのまま彼を魔術学院へと案内することにした。

 

 翌日、ロウェルは案内した人物が誰なのか知る事になる。

バレル・ノーティス。先の戦争でとてつもない威力の魔法を使い戦況を有利に運んだことから皇国魔術師部隊の隊長に任命され指導を行ってる超がつくほどの有名人だ。

 教壇の上で温和な笑顔を浮かべていた彼がロウェルを一瞥するとにやりと悪戯っぽい表情を見せる。

 それだけでロウェルは昨日しでかした数々の無礼を思い出して頭の中が真っ白になってしまった。

 バレルは魔術の特別講師をする為にこの学院までやってきたと生徒に説明をする。

 話の中では一騎当千、常勝無敗。向かうところ敵なしの超人と呼ばれる彼だが、話してみれば温厚な、どこにでもいる男性という印象しか受けない。

 そんな彼が行った授業は従来のいかに大きくて派手な魔法を使うかとは真逆の、いかにして少ない魔力で大きな力を得るかという制御に重点を置いたもので生徒も疑問符を浮かべるばかり。

 しかし彼が独自に考えたという魔法を見せられて一様に度肝を抜くことになる。

 

 長い長い詠唱の後に起こったのは爆発だ。それ自体は魔法で引き起こすことも難しくはないが、その規模と威力が常識を逸脱していた。

 校庭に向けて放たれた魔法は着弾後暫くしてから見たこともない炎塊を生み出して地面を縦横無尽に食らう。

 激しい閃光に目を閉じると熱波の余波が吹き抜けてバランスを崩して転んでしまう。

 どうにか目を開けば周りの誰もがその場に座り込んでいるほどだった。

 そして彼は同じ魔法を立て続けに2発、3発と撃ってのけたのだ。

 

 伝説は本当だった。彼だけが使えるという複雑怪奇な複合魔法。

 ともすれば彼の魔力量はどれほどの高みにあるのだろうかとロウェルは考える。もはや自分とは天と地ほどにかけ離れた存在であると。

 しかし、授業の中で彼は自分の魔力が、それこそここに居る生徒と比べても変わらない程度しかないと告げたのだ。

 魔法の組み合わせは星の数ほどある。適切な条件を揃える事で思ってもみなかった効果が生まれることがあるのだとバレルは語った。

 その為にはどんな魔法であっても自分が思い描くように発動できるだけの鍛錬が必要になる。

 派手な魔法は切羽詰った戦場で使えるものではない。

 大事なのは戦いになった時に生き延びることであって、その為には自分の魔力をよくよく制御できなければならない。

 バレルの講義は沈みかけていたロウェルの心を救ったのだ。

 

 それからという物、ロウェルは積極的にバレルの元に通った。

 魔法の制御に関してだけはロウェルは学院一といってもいい。二人の会話は聞くものが聞けば驚愕する内容だっただろう。

 昼となく夜となく、時にはバレルの宿に泊り込んで話すほど二人は馬が合った。

 しかしバレルは特別に呼ばれた講師だ。学院に居る時間は長くはない。

 1週間の期間を終えると彼はまた軍に戻らねばならなかった。

 別れの歳にバレルはロウェルにこう言った。

「君の弱点は魔力が少ないことかもしれない。だけど君には強い武器があるだろう? それを生かす方法を考えてみれば良い。焦ることはないさ。君の時間はまだまだたくさん残されているんだからね。なに、来年……は無理かもしれないが、再来年かその次くらいにはまた来るよ。もしその時に君が何か、自分が出来る事を自信を持っていえるようになっていたら、そうだね。何かご褒美を上げようか」

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