347.崩壊の夜長
「あの、どういう状況ですかシグリさん……?」
「アンダース様はこちらに寝返りました! 私もエイミー様についています! アンダース様早く!」
「ええいうるさい! 私は魔法式の構築は並程度だ……!」
教皇宮殿―――隔離区画。
ルミナは扉の向こうで起こっていることに、目をぱちくりさせる。
自分をここに閉じ込めたアンダースが今度はこそこそと解錠しようとしているのだから当然と言える。
少しすると扉についていた魔道具のロックが外れ、ルミナとルイは解放された。
廊下に出るとシグリとアンダースが昏倒させた見張りが倒れていた。
「た、たった数日で一体何が……? 何で私達をはめた人がこちら側に……?」
「ふっ……流石はカナタ様、というわけですね……」
「そういうことです!」
「本当にそういうことなんですか!? エイミー様が働きかけたとかではなく!?」
「はい!」
場を和ませるために、とルイはてきとうに言ったのだが流石のルイも本当にカナタがアンダースの寝返りに関わっているとは思っていなかった。
自分達が閉じ込められている間に一体状況はどう転がったのか予想がつかない。
「ふん……教皇よりはあの子供のほうがましだと思っただけだ……」
「教皇……? 亡くなったのでは……?」
「それについては私がここまでの経緯を説明いたします」
シグリは要点をかいつまんで、ルミナとルイにこれまでの出来事を説明する。
これまでのカナタの動き。教皇の力。国民の熱狂。そして今の動きまで。
アオフ祭終了後、トラウリヒが魔物と共に公爵家に向けて戦争を仕掛けるだろうということも。
ルミナとルイは特に、戦争の話を聞いて青褪めた。
「今エメト殿とキュアモ殿が魔物を操る魔道具を捜索していて……」
「駄目! そんなものないんですよー!」
「え? どういう……?」
「何故貴様らがそんなことを知ってる?」
ルイが涙目になりながらシグリの手を掴む。
アンダースもどういうことかと厳しい目でルミナを睨むと、ちらっと自分達が閉じ込められていた部屋の隣を見た。
「教えてくださった方がいたんです……その、隣の部屋のダンティーニさんという方から……」
「なに……!? ダンティーニ……?」
アンダースは目の色を変えて、隣の部屋の扉についた小窓から中を覗いた。
そこには部屋の真ん中で無気力に座るアンダースより年上の男性……ボサボサの髪に伸びっぱなしの髭を携える老人がいた。
「久しいな……アンダース……」
「ダンティーニぃ……! 貴様――」
低く落ち着いた声と、今にも怒りをぶつけたいと言わんばかりの声。
次にアンダースの口から出てくるのも憎々しい怒号だと容易に想像がつく中、遠くから爆発音のようなものが聞こえてきた。
「何です今の!? 何かもう始まってます!?」
「そ、そんなはずは……予定ではルミナ様達の救出後、明日カナタ様と教皇様のところに乗り込む予定で……」
「ですが、この音は……!」
大きな音だけではなく、足下も揺れる。
すでに大規模な魔術戦が始まっていると考えていい。
耳を澄ませば、遠くのほうから騒ぎを聞いて動きを見せる騎士の声も聞こえてきていた。
「エイミーがいないのは!?」
「それが、途中で教皇様に呼び出されて……」
「何らかの交渉が決裂してエイミーと教皇が交戦状態に入ったと考えるのが妥当でしょう」
悩んでいる暇はない。戦うにしろ脱出するにしろエイミーには救援がいる。
教皇と一対一でも無謀だというのに、教皇宮殿には浮かれているとはいえ腐っても騎士団、それに魔術を使う司教と司祭がいるのだ。一人では荷が勝ちすぎる。
「教皇が蘇生した騒ぎで教皇宮殿の人達が酔っ払っていたとしても、この騒ぎに動かないとは思えません。私は援護にいきます」
「騎士だけでなく、魔物が襲ってくる可能性もあります。私も微力ながら」
「全くあのじゃじゃ馬め。予定にない行動をしおって……」
エイミーがいるであろう音のほうに視線をやると、ダンティーニが閉じ込められている部屋から扉を叩く音がする。
「何だダンティーニぃ!」
「今も教皇とはクヴィリスだろう。ならば、君達とも利害が一致する。こんな老いぼれだが、多少は役に立つ……私を連れて行け」
「ぬぐぐ……」
アンダースが恐らくは私的な理由で渋っていると、ルミナが横からひょこっと顔を出す。
「ダンティーニさんは高齢のようですが、戦えるのですか?」
「戦えるに決まっている。こいつは第四域だからな。だから政争で追いやったんだ」
ダンティーニが答える前に、唾を吐きながらアンダースが答えた。
◆
トラウリヒと魔界の境界……すなわち前線。
教皇蘇生の報が届くよりも前に、前線にいる兵士達は信じられないものを目にしていた。
「誰が……信じるんだこれ……」
「知らねえ……こんな……こんなの知らねえよ……」
魔物の動きを監視するための監視塔にいた兵士二人は、遠くに見えるその光景を信じられなかった。
普段、魔物は何かに駆られたようにトラウリヒに侵攻してくる。
だが今のこの光景はどうだ。
トラウリヒと魔界の境界を越えないギリギリのところで魔物が待機している。
それぞれ種族の違う陸生の魔物が、人型も犬型も関係なくずらりと。
その光景は練度の高い兵士を彷彿とさせて、普段の魔物と違う光景に兵士達は混乱した。
一体、何が起きているのか。
『……ずいぶん、予定と違っているようだな』
どこからか声が聞こえる。声の主はどこにも見えない。
その声の出処を探ることすら声の主の逆鱗に触れそうで兵士達は互いの口を目一杯押さえた。
窒息する? 窒息したほうがきっと幸せだという心からの気遣いで。
『この気配。やはり貴様か――魔術王』
この時監視していた兵士達は後に語る。
――あの時私達は神に祈ったのではなく、自分の運に賭けていた。




