345.侵入者達
「聖女様。教皇様が及びです」
「……」
エイミー達が順調に教皇宮殿を進む中、隔離区画まで後少しというところでエイミーが呼び止められる。アンダースと一緒に来いという話なら強行突破の選択肢も辞さない。
「まさか、これも一緒にじゃないでしょうね?」
「んむぐ! んん!」
口元を塞がれているアンダースがあれ扱いに抗議する。
しかし呼び止めた司祭は手を横に振った。
「あ、いえ、アンダース様については言及されておりませんでした。アンダース様は元より地下牢にという話でしたので隔離区画に送ってもいいかと思われます」
「……?」
「アンダース様はその、教皇様からすると覚えがめでたい方とは言えませんし……」
――隔離区画から引き離すのが目的ではない?
エイミーが疑問で一瞬言葉に詰まる。
全員を隔離区画から引き離さないということは、人質にルミナがいるということを重視していない。それともエイミーが反乱するとは思っていないのか。
(その可能性が高いわね……)
エイミーは自分の扱いに、自嘲しながらも納得してしまった。
今までトラウリヒ神国の都合のいい教皇の影法師だったエイミーを、今更警戒する馬鹿はいないだろう。
彼等にとって聖女は傀儡。もしくは馬鹿な子供。よくてお飾り。
「わかったわ。すぐに行く。シグリ、それちゃんと隔離区画にぶち込んでおいてよ」
「承知致しました」
エイミーは二人に近付いて小声で告げる。
「二人共、頼んだわよ」
「はい」
「特にあんた……カナタの信頼を裏切ったら今度は殴るだけじゃすまないからね」
アンダースに念を押すと、呼びに来た司祭と一緒にエイミーは行ってしまった。
残されたシグリとアンダース。かつての部下と上司ではあるが今はそんなもの関係ない。
「エイミー様の言う通りです。裏切るようであれば私が斬り捨てます」
「むぐお……!」
念押しするシグリを、アンダースが睨みつける。
自分の命令を聞く騎士が何を偉そうに、と言いたげな目だ。
しかし、シグリは退かない。
「エイミー様はあなたの愚かな命令に従った私を許してくださった。カナタ様も。あなたの口から出るトラウリヒのためにという戯れ言を信じることはありません。私はエイミー様につきます。ですが……カナタ様は、あなたをも信じていらっしゃいます。なので私もあなたを味方と信じましょう。上司ではありません。味方として」
シグリはアンダースにそう告げると隔離区画に向かう。
アンダースは不満そうながらも足はゆっくりと動いていた。
(何が信じているだ。甘っちょろいことを言いおって。人を信じる? 味方? 全く人間がわかっておらん連中だ。上に立つ者の姿勢とは思えん。私を生かしたどころか教皇宮殿に戻すなど裏切ってくれと言っているようなものではないか)
アンダースは内心でカナタ達の策の甘さにほくそ笑む。
これはアンダースが裏切らない前提の作戦……数日前まで自分を陥れた自分を信じるなどあまりに甘すぎる。本当に貴族なのかと。
(信じる? この私を殴ったようなあの男……恨みこそあれど……)
反吐が出る。そう思いかけて、アンダースは先程言われた事を思い出した。
“まさか逃げようとしていたとは!”
“こうはなりたくありませんなあ”
自分が抱き込んだと思っていた教皇宮殿の連中の声を。
(だがあの男……私に礼を言っていたな……。)
同時に、カナタの姿を思い出す。
本気で自分を殺そうとしながら、次の瞬間には本気で礼を言ってきた少年の姿を。
(あの男は……ここの連中のように私を見下しはしなかったな……)
カナタとも、互いに利用しあう関係のはずだ。
教皇に敵対心を抱く者として……当然のことだ。互いの利害がいっちしてなければ昨日今日知り合ったばかりの別勢力が協力することなどあるはずがない。
……だが。
(いつ以来だ……媚びることもなく、見下すこともなく……対等であるかのように会話したのは……)
教皇の側近に対する不敬。目上に対する非礼。
カナタ達の態度は本来なら頭にくるような無礼のはずなのに、対等に扱われていると思うと悪い気がしない……そんなことを思っている自分に馬鹿らしくなる。
何故悪い気がしなかったのか、その理由をアンダースは本気で考えた。
膝を突き合わせて教皇を崩そうとするための話し合い。
狭いテーブルの上で同じ食事を囲む気安さ。
聖女に殴られている時ですら、どこか本気で殺されないという安心感があった。
殺されてもおかしくないことをカナタ達にしているのに。
(そうか……楽しかったのか私は)
その結論に、本気で驚いた自分がいた。
(楽しかったんだ……この逆境を、本気で覆そうとする連中と一緒にいるのが。まるで修業時代のようで……)
「おおあ……ああいあ……」
「……?」
大人しくなっただけでなく、顔も穏やかになったアンダースをシグリは警戒する。
――教皇になりたかった。
アンダースがそんなことを考えているなども知らずに。
◆
「本当に警備薄いんだねだね」
「そりゃそうだ」
教皇宮殿の窓に怪しい影が二つ……廊下に人はいない。
みんな奇跡に浮かれて、大食堂か自室、はたまた騎士の隊舎などで飲んでいるのだろう。
一応、周辺には警備用の魔道具が置かれているようだが、魔道具だけで万全なんてことはない。魔道具は人といてこそ真価を発揮するものであって、それだけならどうとでもできる。
「『気位の闇包』」
「ほいっと」
キュアモが魔道具を魔術で包み、音を少し小さくしてエメトが解除する。
何度かやった流れに二人共もう慣れていた。互いにミスするかもなんて思ってもいない。
「便利な魔術だな……」
「防音の魔道具の元になった魔術だからね。魔道具って基本的に魔術を簡易的にして術式だけで起動させるものだから、元の魔術も当然あるってわけわけ」
「俺にもそれ使えっか?」
「無理無理。第三域だから多分魔力足りないよ? 勉強頑張ってみる?」
「勉強か……『火花』の魔術覚える時にして以来だな……」
話しながらもキュアモとエメトは魔道具を次々と無効化させていく。
騎士がいたらこう簡単にはいかなかっただろう。
エメトが以前言ったように、今この国は奇跡で酔っている。
自分達には奇跡がついている安心感……自分達に不都合な出来事が起きるなど欠片も思ってはいない。
「空の魔物は?」
「えっと……」
キュアモはエメトに言われて上を確認する。
教皇宮殿の屋根にとまっている鳥型の魔物は巨大で、月明りだけでも十分何をしているかがわかった。
「普通に休んでるみたいだよだよ」
「ありがたいが、気になるな……ありゃ見張りじゃねえのか……?」
「確かに魔物ならこっちに気付いててもよさそうだけどねどね」
「何匹いるよ?」
「屋根に二羽、その近くで飛んでるのがもう二羽の合計四羽」
「四匹いて無視か……」
エメトはそのことを頭の片隅に置いておきながら窓を静かに開けた。
教皇宮殿というだけあって、透明度の高い高級なガラスを使っている。
だがその高級さはエメトにとってありがたい。窓の先に誰もいないと丸わかりなのだから。
「うえ!? 開いた!?」
「開けたんだよ」
エメトは先に入って廊下をきょろきょろよ見回す。
やはり人が来る気配はない。流石に固定術式が貼られている、なんて都合のいいことはなさそうだが。
「ほら」
「う、うん……」
窓は少し高い位置にあるのでキュアモの小柄さだと少し入りにくい。
エメトは窓の外にいるキュアモに手を伸ばし、こちらに引っ張る。
廊下のほうにくるキュアモをエメトは受け止めて、静かに下ろした。
「よし……アンダースのおっさんに教えてもらった構造は頭に入ってるよな」
「……」
「おい?」
ぼーっとしているキュアモにエメトは顔の前で手を振る。
呆けている場合ではない。
「え? あ、う、うん、もちろんろん」
「うし。中に入ったら流石に魔力反応で察知される可能性がたけえ。とりあえず魔術なしで進むぞ。とりあえず騒ぎに乗じて服を手に入れようぜ。そんでしれっと馬鹿騒ぎに混じって情報抜いてやろう。俺は口で、あんたは目でだ」
「よーし!」
「宿で待たせてるカナタ様に文句言われねえよう仕事しねえと」
エメトはふと目に止まった天井のデルフィ神の絵に向けて雑に手を合わせる。
「わりいな神様。ほんの少し悪い奴等がいること今だけ許してくれや」
それはこの国への皮肉のようにも聞こえる。
デルフィ神は何も言わない。二人を罰することはない。




