340.無法vs無法
「アンダースは地下牢に入れておけ。不在の間に慣例を無視し、我に代わって教皇になろうとした罰を与えねば。奴の甘言に惑わされた連中は今回不問としよう」
「承知致しました」
「教皇様……復活して若々しくなられましたね。それもまた奇跡の影響でしょうか」
「ああ、そうかもしれんな。もしかすればデルフィ神が我の為すべきことのため残りの人生を増やしてくださったのかもしれん」
アオフ祭の初日が終わり、クヴィリスは国民の歓声を浴びながら大聖堂へと戻った。
修行中の若い司祭から老齢の司教までクヴィリスを見る目が神を見る目に変わっている。
その一挙一動をありがたく思いながら手を合わせて祈り、アンダースに協力していた現教皇の反対派ですら自らの愚かさを反省するように頭を垂れていた。
歩くだけで拍手が起こり、口を開けばその玉音たる声を聞くべく耳を澄ます。
はっきり、異常と言える事態だった。
デルフィ神を仰ぐ大聖堂が、今はクヴィリスを神のように扱っている。
死者蘇生の奇跡は、クヴィリスを本当に神の代理人に仕立て上げてしまった。
本来ならヘルメスと変わらない年齢のはずが、今は四十前半にしか見えない姿まで若返った影響も大きい。
「聖女はどこに?」
「それが、見当たらず……」
「まぁ、聖女様の出番は三日目が本番ですから、緊張なさられているのでしょう」
「見つけたら私のところに来るように伝えてくれ。あの子もまだ子供だ、声を掛けておきたい」
「はい、お任せください」
全てがクヴィリスの手の平の上……だがクヴィリスは勝ち誇る気はなかった。
教皇としてではなく神の代理人としてトラウリヒを改めて掌握するのに成功はしたものの、彼は自らが引き起こしたこの策略の弱点をよく知っている。
それはクヴィリスが持つ手をばらさなければいけない、という点だ。
戦争を仕掛けるためにはこれから起こす戦いが神のための聖戦であるのだと、国民の疑問の余地なく信じ込ませなければいけない。
効果を秘匿したほうが有利な失伝魔術を蘇生・治癒の力であると大々的に発表しなければならないし、魔物を戦力に出来るということも示さねばならないのだ。
この奇跡二つがクヴィリスを神の代理人たらしめている肝。
クヴィリスが蘇生する前は一切の情報を与えずに策を進行できたが、この段階になった途端に話は変わる。敵対する何者かは奇跡二つのどちらかを崩すために動くという方針を固められるからだ。
そして逆に、クヴィリスは敵対する者の情報が入るまで身動きがとりにくい。
すでに国を掌握しているクヴィリスの優位は変わらないが立場は逆転する。
(アンダースめ……カナタを捕らえていないどころか見つけてすらいないとは……。教皇の地位に就けると思って浮かれたか……。地下牢にしばらく幽閉した後、始末しておくべきであろう)
今日まで失伝魔術による仮死状態だったクヴィリスはその間の情報も曖昧。
現状クヴィリスにとっての警戒順位は一番がエイミー、二番がカナタ、三番がルミナ。
まさか一番危険度が低いルミナしか拘束できていないとは思っていなかった。
放置したからと自分の計画が揺らぐとは思っていない。しかし、万全を期したかったクヴィリスにとっては喉に刺さる魚の小骨のような引っ掛かりがあった。
急ぎたいが、アオフ祭が終わるまでは戦争のための具体的な行動に出ることはできない。
クヴィリスが利用しているのは国中の信仰心。なればこそデルフィ教の祭りであるアオフ祭は無視できない。
対魔物のために前線にいる兵士達はすでに首都へ呼び戻す算段になっている。
アオフ祭が終わる明日と明後日が終わればスターレイへ仕掛ける聖戦の話も具体的な形で固まっていくだろう。
もちろんクヴィリス主導で、クヴィリスの意見が絶対の会議によって。
「教皇様! ご報告が!」
「む? そんなに慌ててどうしたのだ?」
先程アンダースを地下牢に入れるよう指示した司教が息を切らしながら跪く。
嫌な予感はするが、神の代理人として動揺を見せてはならない。
「アンダース様がおられません!! 部屋も窓が開いたままとなっており、もぬけの殻です!」
「なに……?」
逃げた? あのアンダースが? クヴィリスには信じられなかった。
アンダースは人一倍大聖堂という場所に固執している。デルフィ教の総本山であるこの場所こそが至高であり、その頂点に立ちたいという野心による行動はどれほど扱いやすかったことか。
六年間、アンダースの脅迫に屈する振りをしていたクヴィリスだからこそアンダースの本当の顔は誰よりもよく知っている。
(カナタの勢力が動いたか? しかし魔力反応は感じなかった……アンダースがわざわざ今部屋に固定術式を張るわけもない……我に始末されると勘付いて逃げたか……?)
教皇の側近であるアンダースの姿がないというのに今や誰も慌てることはない。
神の代理人たるクヴィリスさえいれば、他の地位や権力は些末なものでしかない。
新教皇になれなかったから心の整理が必要なのだろう、という呆れ交じりの生温い意見を口にするだけだった。
◆
「ここは……何だ……。外の空気を吸おうと思ったら……私は窓から落ちて死んだのか……? 酔っていたからな……いや待て……。ここはデルフィ神のおわすところではない……神に見捨てられた者がいく場所でもない……」
アンダースはクヴィリスの復活後、一足先に大聖堂に戻ってやけ聖水を飲もうとしていた。月を見ながら酒を読もうと窓を開けたと思えば、そこは見知らぬ空間。
トラウリヒの夜空とは違う、星が降り注ぐ星空。どこまでも続きそうな草原。
丁度よく肌を撫でるような風が、傷心のアンダースにはどこか心地よい。
「『燦然たる魔の宴』」
「!!」
呆然と星空を見ていたアンダースは聞き覚えのある声に勢いよく振り返る。
その声の主がわかったからこそ、背筋が凍ったアンダースは持っていた聖水の瓶を草原に落とした。
「き、貴様は……!?」
「“選択”——『描かれる世界の片隅』」
アンダースが部屋から連れてこられたのは仮想領域。
カナタの第四域『燦然たる魔の宴』によって作られた空間。
無属性の魔術は魔力反応を感知させない特性を持つ……かつてデナイアルの魔術を公爵家の誰も感知できなかったように。
「あの時は騎士をけしかけてきたけど、今なら俺の話を聞く気になるだろ? アンダースさん?」
まずは反撃のための最初の一手。相手が無法ならこちらもまた無法。
魔術の枠組みから逸脱しているのはカナタも同じ。
クヴィリスが始末したがっていた情報源をカナタは正々堂々と誘拐した。
思い出せない人のための補足
・魔力反応は魔力を使うと発生するもので遮断できるのは固定術式だけ。
・無属性魔術は魔力反応を感知されない(三部でデナイアルが好き勝手できていたのはこのため)。
・カナタの第四域はカナタが入ったことのある仮想領域を記憶から再現するため、無属性の仮想領域を再現するとその特性も反映される。
・Qつまり何やったの? A三部でデナイアルがルミナを誘拐した時と同じことを敵のおっさんにやってる。




