336.祈る時、みんな下を向いている
アオフ祭はトラウリヒの首都リュールヴェーアで三日間にかけて行われる。
本来は各町で行われる祭りであり、一日目はデルフィ神のいる場所に旅立った死者に祈りを捧げ、二日目は今を生きる自分達の尊さに喜び、三日目には新たな出会いに感謝をして未来に希望を送るのが過ごし方とされる。
祭りの最終日であり、“聖女の遊泳”が披露される三日目になると国民が首都に集まるのが恒例となっているが……今年は教皇の訃報があったので、その弔いをするために一日目から人が集まっていた。
地上では人々が泣いていて、人々の頭上では鳥が鳴いている。
「せっかくのお祭りだってのに暗いねえ……」
「仕方ありませんよ、実質クヴィリス様の葬式のようなものですし」
「ここに教皇殺しの犯人がいるってのに今日は目にもくれねえな」
「エメトくん? 冗談にしてもひどくないない?」
「そうだな、流石に趣味悪かったよ」
アオフ祭初日。大聖堂前の広場に建てられた豪華な祭壇の前には教皇の遺体が入った棺が置かれており、デルフィ教徒達はその祭壇に涙ながら祈りを捧げ、献花をしながら一人一人別れを告げている。
元々一日目はデルフィ神のいる場所へ旅立った死者に祈りを捧げる日。
国を挙げて教皇の葬儀をするにはこれ以上ない日と言えよう。
予定通り首都に到着したカナタ達はその祭壇が見える丘の上から町の様子を眺めていた。
町は人であふれていて、みな教皇に祈りを捧げるべく大聖堂を目指しているのでカナタ達を注意深く見る者などいなかったのは幸いと言える。
この丘は普段ただの憩いの場だが、今は祭壇の方向に向けて祈りを捧げている人達が大勢いて紛れるのも難しくない。
カナタはキュアモと同じパンをもぐもぐと食べて有事に備え、エメトはそこら中で売られている聖水(酒)を買うだけ買って体に沁み込ませていた。
「かっー……! んだよ、結構いい酒……じゃなかった。いい聖水じゃねえかこの国のは」
「酔っぱらわないでくださいね」
「この量じゃ酔わねえよ。それにこれは聖水だぜ? 酔っても神の思し召しってやつさ」
エメトは言いながら、ビンに残った聖水を飲み干す。
二杯目となるビンを開けたところでキュアモがため息をついた。
「エメトくんって酔っ払うと素面よりうざいんだねだね」
「キュアモさん、そんなはっきりと……」
「うるせえよ。てめえちゃんと見てんだろうな? その魔眼? だっけか?」
「言われなくても見てるわよわよ……」
キュアモは“生体誓約術式”に分類される魔眼持ちである。
失伝刻印者のように術式が刻まれているわけではなく、肉体の一部が何らかの術式の機能を持って生まれてくる人間で高い魔力を有することが多い。
シャーメリアンの筆頭魔術師リンティオーネなどがこれにあたり、彼女は自分の眼球に術式を複製する魔眼を持っていた。
そしてキュアモは、対象が見た過去の光景を自分の瞳に再生できる眼を持つ。
人が見た過去の光景を見ることができるというのは貴族の社交おいてこの上なく有利であり、キュアモが生家に縛られていた理由もこの眼だった。
一時期はカナタの正体を探るためにこの眼を使ったこともある。
キュアモは目をしぱしぱさせて、ずっと教皇の祭壇周りの人間を観察していた。
大聖堂の人間から祈りに来た一般人まで……奇妙な光景が見えたら今回の件に関わっている人間くらいはわかるかもしれない。
普段の生活にはないであろう密談の場、魔術契約を結ぶ場や、何者かを恫喝したり、口封じしたり……奇怪な今回の事件の手掛かりになりそうな光景はいくらでもある。後ろ暗いことをしている人間に対して特に効果を発揮するのがキュアモの眼だ。
「何か見えませんか?」
「うーん……大聖堂の職員の半分は真っ黒ってことしか……。大体見える光景が酒と賄賂、女って感じだよだよ……同じ光景が続くから、何人も徒党を組んでるんじゃないかなかな」
「羨ましいねえ、神様を信仰すれば酒飲んで女を抱けますって話なら全世界の男は宗教にどっぷりだろうぜ」
「でも決定的かと言われると……私の眼は声が聞こえるわけじゃないからから……」
「聖職者なんて今回の件がなくても大半はそんな感じで欲望の塊だろうしな。だが、後ろ暗いやりそうな連中がわかるってだけでもでけえよ。どうだカナタ様? キュアモの嬢ちゃんは結構頑張ってると思うが」
カナタに振ると、カナタは何かわかってなさそうな顔で首を傾げていた。
エメトは人差し指を突き出して、カナタに反応を促す。
「おい、聞いてんのかガキ」
「どしたのカナタくん?」
「あの……」
カナタは額をつつかれながら少し不安そうに二人に問う。
「女性を抱くって……? 抱っこしてるってことですか……?」
「おおう……」
「はわっ!」
エメトとキュアモは声をあげて、自然と互いに目を合わせた。
互いに説明を押し付け合うアイコンタクトを一秒。キュアモがエメトの太ももをつねり上げるのに一秒。
二秒の激闘を経て、エメトが説明することになった。
「あー、そのだな……お前、まだルイに教えてもらってねえの?」
「ルイのこと抱っこしたことはありますよ……?」
「ルミナの嬢ちゃんと第二王女様の前で絶対言うなよそれ」
「何でです……?」
繊細な話題ゆえ、エメトの声量も少し小さくなる。
周りが亡くなった教皇に祈る中、カナタとエメトの二人は顔を突き合わせて情操教育に分類されるであろう話をしていた。時と場を考えろと注意されても仕方あるまい。
「つまりだな、女を抱くってのは言葉の通りじゃねえんだよ」
「じゃあどういう……?」
「つまりだな……ごにょごにょ」
「ふんふん……」
エメトはカナタに耳打ちして、女性を抱くとはどういう意味かを伝える。
カナタは真剣に頷きながらエメトの話をようやく理解して手を叩いた。
「なるほど、そういうことだったんですね。すみません、そういう言い回しに疎くてわからなかったです」
「よかった……。こっちは最悪、どういう行為なのか生々しい話までしなきゃいけねえのかと覚悟してたが……どうやら完全な無知じゃなさそうで助かったわ」
「まぁ、流石にエイミーみたいにキスで子供ができるとは思ってないので……」
「聖女の嬢ちゃんキスで子供ができると思ってんの?」
エメトが意図せず聖女の純粋すぎる秘密を知ったところで、
「……は?」
祭壇の方向を見ていたキュアモの声色が変わった。
エメトは声に込められていた怒気のようなものが自分に向けられていると勘違いして言い訳をしだす。
「待て待て待て待てキュアモ。これは下ネタじゃねえからな。これは性教育だ。我等がご主人様がどこまで知っておられるのかを正確に……」
「何……この生き物……? どういう……何で……?」
「おい人間以下のゴミってことか……? それは言いすぎだろ……」
「違う! 黙って!」
キュアモの顔から血の気が引いていくように、血色が悪くなっていく。
一体その瞳に何を見たのか。映った光景に驚愕するキュアモの様子は普通には見えなかった。
本人はわかっているのか。体が震えだしている今の自分に。
「キュアモさん……!?」
「おい、何を見た!? おい!?」
「何で、突然見えるようになったの……!? それに、まさか、違法魔道具ってそういう……そういう意図で……!?」
一人真相に近付いたキュアモの混乱が加速する。
鳥が鳴いている。人々が悲しんでいる空の上で、嬉しそうに。
果たしてそれは本当に鳥なのか、そんなもの誰も確かめようとはしていない。
祈る時、みんな下を向いているのだから。




