315.カレジャス領の孤児院 -勇気を出して-
メフィに傅いてくる人を、十歳の時からいっぱい見てきた。
第三王子を殺した話は色んなところに出回って、恐怖が子供も大人も関係なくひざを折らせた。
歩くだけで避けられて、鉢合ったら跪かれて。
やがてその光景が、勝手な信仰に変わっていった。
この国を変える御方だと持て囃して、次なる王だと無責任に担がれて。
気付けば、人に囲まれていた。メフィの望まない形のまま。
メフィがりんごの季節ね、とこぼせばりんごを持ってきて、今日は暑いわね、というだけで氷菓を用意するのに、
「メフィって呼んでもいいのよ」
「滅相もございません殿下! 私のような者の口から!」
この願いだけは、誰も叶えてくれない……反吐が出るような連中。
メフィの願いは叶えてくれないのに、自分達はメフィに支配されたがる願望を勝手に叶えていく。
心の底からメフィに恭順して、メフィのことは誰もわからない。
メフィが人を支配するのが当然であるかのように、支配されにくる。
だからメフィは、軽々しく誰かに跪く人間が嫌いだった。
事実、その人間の中にメフィのことを理解してくれる人はいなかったから。
けれど、目の前の光景はメフィが見てきた光景とはどこか違うの。不思議。
知らないおじさんがカナタに傅いている。メフィじゃなくてカナタに。
メフィに跪いた連中と同じように跪いているのに、何故かそれはメフィが見てきた光景とは少し違うように見えた。
「命じて下さい。このユージーン、文字通りあなたに命を捧げた身です」
同じようなことを言われたことがある。反吐が出るような言葉だ。
わかっていたことだけれど、カナタは上に立つには甘すぎる。
メフィの周りにいた連中みたいなのばかりではいけない。
けれど、おじさんの言葉の中にはまだ上に立つのが不慣れなカナタの振る舞いを諫める意味が含まれているのがわかるからかむかつかなかった。
「ユージーンさん! カナタくん驚いてるからやめなよなよー!」
「キュアモこそカナタ様には様を付けなさい。公的な場では許しがたい無礼ですぞ」
「元から私達が公的な場に出られるわけないでしょでしょ!」
「確かに! も、盲点でした!」
「いいですよ、キュアモさんそのままで」
「ほらー!」
この小柄な女とさっき子供と遊んでいた男はカナタに救われたという。
けれど、おじさんとは違って恭しい態度をとろうとしない……とろうとしないにも関わらず、その視線にはカナタへの敬意や恩義が宿っている。
この前傭兵の面接を担当していたあのガラの悪い二人もそうだったわね。
何も知らなければカナタのことを舐めているような無遠慮な態度なのに、カナタのためなら何でもしそうな忠誠心があった。
……メフィの周りにいた連中とは、全然違う。
メフィとは違う形で、カナタは人を惹きつけている。
領主という肩書きがつく前からだから、カナタ自身にある何かで。
「メフィもその一人か」
「メレフィニス様? 何か?」
「いいえ、なんでも。気にかけてくれてありがとうルイ」
「もちろんです」
そういえば、この子もそうね。
ルイ。メフィのことを名前で呼んでくれる子。
そして自腹で一足先に来るくらいに、カナタに忠誠を誓っている子。
けれど何故かしら。嫌な感じがしないのは。
「ねえルイ、やっぱり答えてくれる?」
「なんなりと」
メフィは立ち止まって、カナタやルミナに声が届かなよう距離を取った。
ルミナはメフィとルイが突然立ち止まったことを不思議がっていたけれど、察してくれたのは振り返るだけ。
あの子も大概、メフィのことをわかってくれるわよね。
「あなたは何でカナタに仕えているの?」
「はい? 何で、ですか?」
「ええ、この孤児院を運営している三人といいこの前来たガラの悪い二人組といい、カナタと気安く接している割にカナタに従うのを好んでいるような……私が見てきた臣下の在り方とは、少し違って気になっていたの」
「ああ、確かにメレフィニス様や一般的な貴族様からするとちょっと変わっているかもしれませんね」
「ええ、ちょっと、不思議でね。だから参考までにルイがカナタに狂…………………………カナタに忠誠を誓った時のことを教えてもらいたくて」
「だいぶ言葉選びましたね?」
何故知りたいのかはメフィ自身わかっていないわ。
けれど、メフィもこうしてカナタに惹かれている。
友人か。次期夫としてか。どちらかはわからないけれど、カナタの助けになりたいと思っている。
そう思わせるのは、メフィを助けてくれたから?
それとも、メフィを理解してくれたから?
「私カナタ様への嫌がらせで処刑されそうだったんですよ」
「は? あなたが?」
「そうなんです、いやぁ、馬鹿な時代もあったものでして……」
メフィにはこの子がカナタに嫌がらせをしているところが想像つかない。
出会った時からカナタ様カナタ様と犬のように付き添っていたから。
「でもカナタ様はそんな私を捨てず、ディーラスコ家に歯向かうように助け舟を出してくれたんです。連れてこられた時に怪我もしていて、それを冷やしてくれました」
……この子もカナタに助けられたからか。
やっぱり、そういうことなのかしら
「でも忠誠を誓おうと思ったのはその後で」
「え?」
「カナタ様ってば、私を助けた理由……何て言ったと思います?」
「何て、言ったの?」
ルイはその時のことを思い出して嬉しそうに、花のように笑った。
「私がいなくなると寂しい、ってそう言ったんです。それが私を助けてくれた理由なんですって……カナタ様は拾い上げた人間に理解を示されるのと同じくらい、カナタ様自身のことも曝け出してくれるんです」
「――」
「カナタ様は凄い御方です。凄い御方なんですけど……でも、カナタ様ってば……普通でもあるんです。とてもお強くて、でも私のような弱い人間と同じくらいの普通も抱えた……そんな、支えたい御方なんです。だからあの時から、私がここにいたいと思うのはカナタ様が救ってくださったことよりも、カナタ様が見せて下さったお人柄が大きいかもしれません」
ふと、メフィの頭に蘇った。
計画が失敗して牢獄にいたメフィと面会しにきたカナタの姿が。
“友達に、言ってくれればよかったんだよメフィ……!”
メフィのことを思って、本気で泣いてくれたあの姿が。
それが、答えな気がした。
メフィのところに集まった連中が何でああだったのかようやくわかった。
第三王子を殺してから、自分を見せるのが恐かった。
誰かに自分を曝け出したらまた……あんな風にって。
でも、そうやって自分を隠していたから誰もメフィに気付いてくれなかった人ばかりになったのかもしれないわ。
メフィのことを何の飾りもなく見てくれる、カナタに出会うまで。
でもカナタの周りにいる人達は違う。
カナタに救われたからだけじゃなく、ありのままのカナタを見ているから本当の意味でカナタを支えたいと思っている。
カナタが完全無欠の人間じゃなくて、甘くて弱いところもある人間だから。
貴族としてとか助けた人間からとかではなく、どこまでもカナタ自身の言葉が彼等を離そうとしないのかも。
本当に、あの時……カナタの言われた通り。
「言えば、よかったのね」
メフィの気持ちを、ほんの少しだけ勇気を出して。
今度はできるかしら。ちゃんと自分で言えるようになるかしら。
メフィのことを。メフィがどう思っているかをちゃんと。
ようやく見つけた一緒にいてほしい……カナタやこの人達に。




