313.平凡な子供
「町に行くのなら私はお留守番しているわ」
雇う使用人と傭兵も決め終わって、カナタ達は町へ向かうことにした。
どうやらメレフィニスは乗り気じゃないようだが。
カナタとルミナはすでに華美な装飾を抑えめにした服を着て準備を済ませている。
「何で?」
「私が行ったらいい大人ですら騒ぎになるからよ。昔からそうなの。普通の人間は私を見て必要もないのに自分勝手に崇める……苦手なの。そういうの」
稀に、生まれながらに人を惹きつける人間がいる。メレフィニスはその稀な例だ。
彼女を見た人間は時に盲目的にメレフィニスを崇め、同級生はおろか貴族でさえ下僕のように扱われて感謝する。常識も倫理もメレフィニスに塗り潰されるくらいに、彼女は人を惹きつけてしまうのだ。
たちの悪いことに、メレフィニス本人がそれを望んでいないのに起きてしまう。
彼女にとっては自分を崇め、讃える人間よりも誰とも変わらないカナタや普通に話すルミナ、何故か使用人なのにフランクなルイなどのほうが好ましい。
「メレフィニス様って綺麗な上にミステリアスですもんね。中身は可愛いのに」
「あら、そう? 初めて言われたわ。ありがとうルイ」
「やりました!」
恐いもの知らずのルイは得意気にピースをカナタに向ける。
カナタの婚約者と友好的な関係をしっかり築いているのは流石カナタの専属使用人といったところか。
すでにカナタに全てを捧げているルイには、メレフィニスの色香も通用しない。
初めて会った時から接し方が全く変わらないからか、メレフィニスも気に入っているようである。
「町をパニックにさせちゃいけないからな……仕方ないか」
「残念ですね……せっかく一緒にお出かけする機会ですのに……」
「ええ、だから帰ってきたら私と遊んでちょうだい」
カナタとルミナが残念そうにしているのが少し嬉しかったのかメレフィニスは満足そうに寝そべった。部屋を出る二人に向けてメレフィニスはひらひらと手を振る。
「デート楽しんできてねー」
「で、で、で……!?」
「ああ、いってくる」
「カ、カナタまで!」
◆
「何ももてなすことができず申し訳ございません」
「いえ、急な来訪に対応いただけるだけでありがたいです」
カレジャス領にあるビジーの町は賑わっているわけではなく、町長に会うのも難しくはなかった。
公爵領と隣接しているが、公爵領に入る前に宿泊できる町は当然ここだけではなく、この町に特別目新しいものがあるわけないので必ず商人や商会で賑わうわけではないらしい。
メレフィニスの調べ通り領地内で育つ農作物と外から入ってくる金と商品で領主が何もしなくてもある程度、安定していたのだろう。
町長が案内した部屋も素朴で、特別潤っているようには見えない。
「まずは初めまして。この度領主になったカナタです。こちらは婚約者のルミナ。後ろにいるのは専属使用人のルイです」
「この町の町長をしているスッキードと申します。町長とはいっても、半ば押し付けられた形ですが何とか町の人間とうまくやっております」
スッキードは名乗りながらも、カナタとルミナから目を離していなかった。
貴族との会話が今までなかったからだろう。表情の機微からルミナにはスッキードの気持ちが手に取るようにわかる。
――本当にまだ子供じゃないか。
そんな声が表情から伝わってきた。
「成人前の人間が領主になって、少し不安になられましたか?」
「い、いえそんな滅相もございません! お若いながら領主となられたのですから優秀な御方のはず……そんな方がここに来てくださったのですから喜ばしいですとも!」
「そうでしたか。私は非才の身ですが、カナタはとても優秀ですからご安心を」
ただ挨拶をしただけでもこのスッキードという町長は貴族とのやり取りが少ないことが見て取れる。町長が領主であるカナタを子供だと侮れば、その印象は他の住人にも伝播してしまう。
懐疑的な目を隠せないスッキードに、ルミナは早い内に釘を刺した。
「この領地については色々調べたんですが、やはり住んでいる人の声を聞きたいと思いまして……町長さんから見たこの領地について、少しお聞かせください」
スッキードから見たカナタの印象は相変わらず平凡な子供だった。
しかし、ルミナに釘を刺された直後だからかその平凡さと声色の柔らかさがありがたい。
「ええ、もちろんでございます。ビジーの人口は……」
「あ、そういうのではなく」
「……?」
この町の情報を伝えようとしたスッキードをカナタは制止する。
何を間違えたかわからないスッキードがわかりやすく困惑していると。
「スッキードさんから見たこの町の印象とか人の印象とか。差し当たって必要なものはありそうか……必要なものであって欲しいものではないですよ」
「は、はあ……」
カナタが求めたのは町の情報ではなく、個人的な意見のようだった。
客観的に見なければいけない話なのでは、と思ったが余計なことは言えない。
スッキードは自分が住む町の印象について思い付いたものから話していった。
酒場の店主は荒っぽいが子煩悩、宿屋の主人は奥さん一筋、あそこの食事処はランチに力を入れている。
町に特産品のような物はなく、歴史的な建造物も特にない。自慢は農作物の品質と商人や商会が来た時の活気、近くの森から少数の魔物が来る時も前領主の時から町の人間で力を合わせるなど……町の住人全員が力を合わせることが多く、連帯感が強い傾向にある。
他にもオススメのパン屋やメニュー、人気の屋台の品、雑貨屋や贋作塗れの骨董屋の場所、子供達の遊び場である広場は町長が子供の頃からずっと遊び場だったことなど。
情報というよりも、世間話のような時間だった。
「欲しいものは願望になりますが、この町特有の物と安全でしょうか」
「治安が少し悪いと聞いています」
「ええ、悪いといっても普段は悪いわけではないのです。公爵領に向けて外から色々な人達が来ますし、恩恵を受けている身でもありますから。ですが、やはり人が多くなり、酒の量も増えればトラブルも増えます。そんな連中を狙って盗みを働く連中や乗じて荷を奪う者まで……稼ぎ時でそういったトラブルが起きれば無実の町民まで疑われてしまいますからな」
「……」
「ああ、もちろんカナタ様がすでに傭兵を雇って対策しようとしていただいているのは存じておりますので……!」
「……」
すでにカナタが傭兵を雇ったのは町の人間も知るところらしい。
言われてみれば、募集を聞いて来た傭兵はこの町で宿泊するだろうから当然か。
メレフィニスにも聞いていたが、やはり町長の関心も治安にあるようだった。
カナタが黙ったのを見て、町長は少しびくびくしている。
聞かれたからとはいえ欲しいものが「この町特有の物」と「安全」……漠然としていて、ただの平民が領主に無理を要求しているような構図だ。貴族によっては気分を害するかもしれないと。
「今日は話を聞かせていただき、ありがとうございました」
「いえ、本当にこのような、その……漠然とした意見でよろしかったので?」
「はい、助かりました。この後は町を見てまわっても?」
「え、ええ……案内の者は……」
「いえ結構です。今日は自由に見ていきたいので」
「さ、さようですか」
カナタがどんな印象を持ったか判断つかない不安そうなスッキードの家を後にして、カナタ達は町を見て回るために馬車に戻った。商人や商会が行き来するだけあって道は舗装されている。静かな町と平坦な道と少し寂しい風景だが、がたがたとした揺れが少ないのはありがたい。
馬車の中はカナタが考えごとをしていて、それを邪魔しないようルミナとルイが気遣ったのもあって静かだった。
「ルミナさ……ルミナ」
「はい」
考えごとが終わったのか、カナタが口を開く。
「明日は孤児院に行きたいと思ってるのですが、いいですか?」
「もちろんです。孤児院はあの双子の方々がいらっしゃるんですよね?」
「はい、後はもう一人知り合いがいて、こっちはちょっと変わってますね」
孤児院の経営はとある三人に任せている。
カナタがこの領地に来てからまだ顔を出したことはなかった。
「変わっている……? どんな方なんですか?」
「うーん……何て言えば……ああ、ルイに似てるかもしれません」
「それは確かに変わっていますね」
「ルミナ様?」




