301.新たな一歩
「陛下が視察中に起きた出来事は以上となります。王城にあった資料や調度品などは事前に使用していない離宮に移動させたため、公務は何とか可能です。制圧にあたったカナタ殿、ルミナ殿、メレフィニスの三人と宮廷魔術師二人の奮闘もあって民間人に被害は出ていません。ですが、ケネスと融合していた王城は……見ての通りです」
北部の視察から帰ってきた国王ウィスカが目にしたのは瓦礫となった王城だった。ファーミトンが視察先に手紙を飛ばしていたので大体の事は把握していたが、流石に崩壊した城を見た時は声を失っていたらしい。
次の日には今回の事後処理をどうすべきか話し合うべく、カナタ達やラジェストラも含めてファーミトンの離宮の一室に集まった。
とにもかくにも決めねばならないのは国の一大事を解決してくれた功労者に対する褒賞、王城の再建、首謀者の処遇……そして一番の問題をどうするかを即座に決めねばならない。
「ありがとうファーミトン。我がいない間によくやってくれた。城がない事に気付いた時は流石の我も驚きすぎて目が悪くなったのかと思ったが……それで、首謀者のケネスは?」
「現在、幽閉塔に監禁しています。城との融合など未知の技術を使っているため、何らかの方法で脱出する可能性もあります。魔力が回復する前に内々で処刑するのが得策かと」
「……お前に任せる。好きにしろ」
自分で処刑と言っておいてなんだが、ファーミトンは国王ウィスカ……父がその提案を受け入れるとは思っていなかった。何せ後継者争いの時に慈悲をかけた弟だ。
今回ももしかしたらと思っていたが、国王ウィスカは反対どころかファーミトンに全てを任せると言っているのが意外だった。
「今回の発端はそもそも、後継者争いの時に奴の煮え滾る野心に気付かず生かしておいた我の責任だ。ここで甘い判断をするわけにはいかん。そろそろ世代交代も見えてきた……ファーミトン、全てお前に任せる。貴様にとっても叔父にあたる人間だが、よいか?」
「もちろんです」
ファーミトンの言葉には躊躇いも迷いもなかった。
国王不在を狙って玉座を狙っただけでなく、宮廷魔術師の殺害を画策し、さらには今回の一件のためだけに大勢の貴族を生贄にし、一般人までも見境なく巻き込もうとした今回の首謀者……さらには未知の技術をまだ隠し持っている可能性まである。
情状酌量の余地がないだけでなく、幽閉塔に監禁するだけではあまりに危険だ。
「そしてカナタにルミナ……それにメレフィニス、よくやってくれた」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます陛下」
「私はカナタのためにやっただけだから」
カナタとルミナは頭を下げ、メレフィニスはつまらなそうに椅子にもたれかかっている。
彼女にとっては父親との会話だというのに、まるで他人のようだ。
今回の話し合いに、国王や第一王子の派閥の臣下は一人ずつしか同席していない。
第一王子派閥の古参ウォーザラン伯爵と宰相だ。
理由は、メレフィニスがこの場にいるからに他ならない
十歳の頃から派閥を作ろうとするわけでもなく、彼女が動くだけで彼女を崇める第二王女派閥が自然と出来上がってしまった過去を警戒して席を外している。
そして、今回早急に決めなければいけないのもこのメレフィニス処遇だった。
「ケネスがエフスラに重傷を負わせたせいで幽閉塔の結界も解除されましたが……メレフィニスは今回カナタ達と共にケネスと戦って国を守り、現在も離宮で大人しくしております」
「よくメレフィニスを自分の離宮に受け入れたなファーミトン」
「妹ですから、それくらい問題ありません」
ファーミトンの発言にウィスカだけでなく、同席した貴族も宰相も驚愕で目を剥いた。
後継者争いにおける一番の敵だったメレフィニスとは昔から一切の接触を断っていたはずのファーミトンが、当たり前のように妹と言い切っているその堂々とした姿は少し貫禄が出てきたようだった。
「ふふっ」
メレフィニスは妹という発言を聞いて口出しはしなかったが少女のように笑った。
「カナタ達とも協力して戦闘を行っておりましたし、今回の功績は目を見張るものがあります。問題ないと判断しました」
「お前がそう決めたのならいい。だが一応メレフィニスは罪人だぞ」
「発言にご注意を陛下。エフスラの結界がない今メレフィニスを止められる牢獄はありません。そして王都にいる宮廷魔術師は全員重傷……今メレフィニスを止められる人間はいません」
ファーミトンが何を言いたいのか。
それはあまりに単純な危険についてだ。
「つまり、今メレフィニスの気分次第でこの国を乗っ取る事が可能なのです。メレフィニスがその気になれば私の部下や陛下の臣下、この場にいる全員もその気になれば彼女の配下へと変わります。決して冗談ではありません」
同席しているのは罪人である前に、最高レベルの精神干渉魔術を持つ魔術師。
メレフィニスが今その気になれば、失伝刻印者と王族、そして同じ魔術領域の魔術師以外は全員メレフィニスの術中に落ちる。
ケネスの騒動によって王城全体が疲弊している今、抵抗する術はない。
ファーミトンの言葉通り……今正常な認識でいられるのはメレフィニスがその気になってないからに過ぎないのだ。
「陛下……王女殿下にこんな事を言うのは憚れますが、このまま王都に置いておくには危険すぎます」
「だが今回の功労者でもある。無下にはできん」
ウィスカの傍らにいる宰相はメレフィニスに恐怖こそしているが、物おじせずに進言する。国王の側近ならばこのくらいの度胸は必要なのかもしれない。
メレフィニスの視線に生唾を飲み込みながら、宰相は続けた。
「今回の功績として、王女殿下に領地を与えるのはどうでしょうか。王女殿下の才能は疑う余地もありません。その才で領地を運営していただければ国益にもなりましょう」
「メレフィニスに領地を運営させていいのか? 領地の民どころか周囲の領主を掌握して気付いたら失脚前より勢力を大きくしそうだが」
「う……」
否定できないのがメレフィニスという人間だ。
王族のカリスマと魔術師としての圧倒的な才能、そして美貌。
ただ自由に動くだけで貴族達を一つの派閥にしてしまった傾国の乙女。
そんな人物に自分の裁量で動かせる領地を任せる……数年も経たずに王国の一大勢力となる構図が宰相の頭にも容易に浮かび上がった。
「我が娘にこんな事は言いたくないが、メレフィニスは上に立たせてはいけない人間だ。絶対に手綱を握る他の者が不可欠……そこで我から提案がある。公爵達を同席させたのもこの話をするためだ」
「どういう事でしょうか陛下」
ラジェストラが問い返すと、ウィスカはカナタを見る。
「今回の功績を加味して、メレフィニスをカナタに降嫁させるのはどうか」
「え」
「な——!?」
「まぁ」
カナタとルミナ、そしてメレフィニスがつい声を零す。
だが、その三人の声はファーミトンの側近、ウォーザラン伯爵の反対の声にかき消される。
「お待ちを!! いくら今回の功労者とはいえそのような!! たかが側近に王女殿下を嫁がせるなど、公爵家派閥を増長させる事になりかねません……王家の威厳も損なわれるでしょう!!」
「なるほど、王家を思っての発言感謝するウォーザラン伯爵。素晴らしい忠誠だ」
ウィスカの言葉にウォーザラン伯爵は顔を緩ませるが、次の瞬間には強張る事になる。
「ではメレフィニスの気が変わった時、君が責任をとれるような案があるという事かな」
「え……あ……。いえ、それは……」
「反対するのであれば対案があって当然。まさかヘルメスでも苦戦するメレフィニスを何とかできる力がそなたにあるとは知らなかった。今まで過小評価してしまっていたようだな」
「その……」
メレフィニスは妖しい笑みを浮かべながら、その貴族にひらひらと手を振る。
それはあの世からの手招きのように美しく、そして恐ろしい。その貴族は生唾と同時に声まで飲み込んでしまったかのように黙りこくった。
「宮廷魔術師が半壊した今、メレフィニスに対抗できる人間が王都にはいない。扱いに不満を抱いたメレフィニスの気が変われば、その時こそスターレイ王国は終わりとなる可能性がある。今回の件で重要なのは派閥がどうではなく、最悪の事態を防ぐためにメレフィニスを抑え込めるカナタ殿と婚約させるという点……つまり政略結婚だ。まさかとは思うが、政略結婚の意味を知らぬ者はこの場にいまいな?」
政略結婚は王侯貴族の世界では珍しくない。
敵国の王族とも婚姻を結ぶ時があるのだから、自国内などもっと多い。
今回の件もまさにそのケースに該当すると言っていいだろう。
その気になれば国を落とせる王女様に、それを止められる伴侶を横に置いておく事でメレフィニスを抑え込もうというシンプルな魂胆だ。
メレフィニスがカナタを特別視しているのは、ファーミトンやヘルメスからの報告でウィスカも承知している。
「メレフィニスの手綱は誰かが握らねばならん。家族になれば情も芽生えよう。私達は……家族として接する事を選べなかった。身勝手な話だが、この話を受けて欲しいカナタ」
カナタが答える前にラジェストラが険しい表情で手を挙げた。
「意義を申し立てます。カナタは私達が庇護し、育てていた大切な子供です。ゆくゆくはルミナの婚約者に据える予定でした。公爵家がルミナにくる求婚の話を全て断っていたのはご存じのはず」
「え」
ラジェストラから出た言葉にまたも驚くカナタ。
カナタは完全に初耳だったが、横のルミナを見ると頬を赤らめながら俯いている。
自分の事だというのに、次から次へと衝撃的な話が続いてカナタはぽかんと口を開けっぱなしにして呆けてしまった
「……本人が初耳という顔をしているが?」
「無視してください。疲れているんです」
カナタが処理しきれない話を頭の中でぐるぐるさせている内に、ラジェストラは続ける。
「とにかく、今回の一件はそもそも王族側の落ち度。その結果、我々が庇護しているカナタをただ奪われるという形に納得しろというのは無茶な話です。それに今回の功労者とはいえ大罪人をカナタに丸投げする形とは面の皮が厚いにも程がある。それなりの誠意は求めたいところです」
「娘を降嫁させるだけでは足りぬと?」
「厄介払いという形でこちらの予定を捻じ曲げるなと言っているのです」
ラジェストラは国王の前にしても一歩も退かない。
国王の提案は王女を嫁がせると言えば聞こえはいいが、要するに厄介払いだ。
加えてこの婚姻が成立すれば、カナタを王族側に取り込まれる可能性もある……そうなればこの婚姻を盾に無茶な要求もされるかもしれない。
ラジェストラはここだけは退く気がなかった。
公爵家としてもカナタの安寧のためにも、公爵家との繋がりを持ち続けるのがラジェストラにとっての絶対条件。
そんなラジェストラの様子を察してか、ウィスカはすぐに代案を提示する。
「では第一夫人を公女、第二夫人にメレフィニスを据えるというのはどうか」
「それならば問題ありません」
「え」
ウィスカが言うと、今度はあっさりと退いた。
最初からその提案をさせたかったとでも言うように。
というよりも、落としどころがそこしかないのだ。
次から次へと進んでいく話にカナタはまだ翻弄されている。
「公女と王女と婚約……男爵ではいかんな。最低限、伯爵だ。そこまで陞爵させるが構わんな?」
「ええ、妥当でしょう。カナタ。家名を考えておけ」
ウィスカとラジェストラの間で進む中、カナタはようやく頭が追い付いた。
そして見せるのはほんの少しの怒りを抱えた不満の表情だった。
「色々話を進めているところ申し訳ないのですが……大事なのは皆さんの考えよりもお二人の気持ちです。こんな事で自分と無理矢理結婚させられるお二人の身にもなってください」
「…………ん?」
「…………は?」
ウィスカもラジェストラも、ここばかりは息が合っていた。
「あはは……カナタらしいですね……」
「くふふふふふ! あっはっはっは!!」
ルミナは苦笑いを浮かべ、メレフィニスはお腹を抱えて笑い始めた。
だがカナタは真剣だ。二人のために真剣に怒っている。
彼の目からは、ただ二人を政略の道具にしているようにしか見えないのだ。
それを見たラジェストラからはウィスカの提案に異を唱えた時の覚悟は消え、愛娘に信じられないものを見る眼差しを向ける。
「ルミナ……進展、してないのか……!?」
「申し訳ございません。これでも頑張ったんです……文通は定期的にしていて……」
「くっ……アプレンティスと学院で距離が離れたのがまずかったか……」
ラジェストラはまるで国家存亡の危機のような勢いでテーブルに拳を叩きつける。
ウィスカとラジェストラが妥協案のように出したこの提案は、どちらも娘がカナタを想っている事前提の予定調和だったのだ。
メレフィニスと接していないウィスカですらわかる。ラジェストラは言わずもがな。
だが、まさか当の本人が全く気付いていないなど誰が予想しただろうか。
普通は察するだろ普通は、という無言の空気が流れる。
「私はいいわよ、カナタとなら楽しそうだもの」
「え」
そんな空気をメレフィニスのあっさりとした声が切り裂いた。
カナタはそんなことを言われるとは思わなかったのか、また驚いている。
「なぁにカナタ? メフィじゃ不満?」
「いや、そうじゃなくて……」
カナタが何か言おうとすると、自分の手に小さな何かが置かれる。
それは横の席から伸びてきたルミナの手。次に口にする言葉も含めて、これが今の彼女にとってのなけなしの勇気だった。
「ルミナ様……?」
「私は、カナタが……いいです」
「あら、じゃあ私も」
メレフィニスもにこにこしながら、カナタの手に自分の手を置く。
両横から伸ばされる手があまりに予想外だったのか、カナタは困惑を隠せなかった。貴族の仮面を被り続けるにはまだ早い。
「ですが、いいのですかメレフィニス様……? 王女でありながら第二夫人なんて……」
「そりゃあ私が第一夫人になるわけにはいかないでしょう? そっちはルミナが適任だわ……まぁ、どちらがカナタに一番に愛されるかはわからないけど?」
「メ、メレフィニス様!」
「あら、様なんてつけちゃって。もう負けているみたいなものじゃなくて?」
「それでは、遠慮なく言わせてもらいますメレフィニス」
「そうしなさいな」
ルミナとメレフィニスの会話に、ウィスカ達は呆然とする。
こんな風に対等な立場で会話しているメレフィニスを見るのは初めてだった。
「と、とにかく娘達の了承は得られた……受けてくれるか、カナタ」
「…………」
カナタはルミナのほうを見る。ルミナは頬を赤らめ、その瞳には熱があった。
今度はメレフィニスのほうを見る。その瞳には信頼と期待があった。
しばらく俯いて、顔を上げるとカナタの顔にはすでに覚悟があった。
「はい、お二人がいいのなら喜んで」
「ありがとう、感謝する」
「へ、陛下――!」
ウィスカはそこでカナタに向かって頭を下げた。
それは王としてか、それとも父としてか。宰相が止めようとする間もなかった。
顔を上げると、ウィスカは事も無げに話を続ける。
「褒賞としてカナタには陞爵以外にも領地を与える。公爵領と隣接している場所がいい。公爵もそのほうが安心だろう」
「ええ、お気遣いに感謝いたします」
「ファーミトン、選定を頼むぞ」
「はい、お任せを」
「それと……我から個人的な礼もしたい。カナタよ、何かあるか」
「はい」
ウィスカが問うと、カナタはまるで最初から求める気だったかのように頷く。
「一つ、お願いがあります」
「ほう、何でも言うがいい」
カナタの頼みを聞いた瞬間、ウィスカの表情は曇った。
逡巡して、ファーミトンと少し話して……最後にはその願いに頷いた。
本当はこっからヒロインになる予定だったんだよ。




