296.失われたアリア2
「カナカナ……戦ってる……」
王都に用意された関係者用の避難所……という名の病院からラビリスは王城を見つめていた。
隣の部屋では運び込まれたオルフェが治療を受けている。
聞こえてくる爆音と繰り返される大きな魔力反応は戦闘の激しさを物語っていた。
「オルフェ師匠があんな風になっちまう戦いか……想像もつかねえや……」
ゲニウムもまた同じようにここで待機していた。
二人はカナタと一緒に王都に帰還した後、避難する住民の流れに逆らって王城近くまで来たのだが……王城まで行く事はなく、後方で待機していた。
イティスの許可があるので、無理に戦闘に駆り出される事もない。
……王城の戦況が変化すれば別だろうが。
「自分の、信念……」
ラビリスは馬車の中でイティスに話してもらった事を思い出していた。
自分の在り方。自らの行いを正しいと信じられる指標。
カナタはどう生きるか覚悟を決めているから、自らの行動を迷わない……イティスはそう語った。
その言葉が心の中に刺さった棘のように気になっている。
自分とカナタは全く正反対で、まるで自分が水面に映る虚像であるかのような虚無感がずっとラビリスをずっと迷わせている。
あの日、ラビリスにしがみつきたくて真実を知らされてもリュシオルを捨てた。
そこにある何もかもを受け入れたくなくて、このままずっとラビリスの人生がいいと思ったから。
――なら、何で王都に来たんだろう?
ラビリスは自問する。リュシオルを受け入れたくなくて義務や役割も力も運命も捨てているはずなのに、危険だからとイティスの庇護だけ受ける自分がひどく醜く映る。
自分が恵まれている事を知らずに癇癪を起す子供のようで。
そうだ、ラビリスとして育ててくれた家族に危険が及ばないようにするためだ。だから離れるために王都に来たんだ。そうだそうだ。醜くなんかない。
…………それを言い訳にしたらもう、終わりな気がする。
「私が私である証って……名前だけ、でいいのかな……」
「ラビリス……?」
人のあだ名も自分のあだ名も多く考えた。
呼び方を増やせばそれだけ、その人がその人である証が増えるような気がして。
それはラビリスにとって証ではなく、虚しいだけの記号なのだと今更気付く。
妹のメレフィニスが大切にするあだ名とは全く真逆の、逃避。
ラビリスは王城を見つめながら、初めて自分の唇を噛んだ。
「ゲニウム……」
「ん?」
「私達さ、大して仲良くないけどー……」
「ひっど……まぁ、そうな……。ただの弟子仲間って感じだもんな」
ラビリスは泣きそうな顔で振り返る。
潤んだ瞳に混じっているのは恐怖と決意。
「今だけ、馬鹿やる友達になってもらっても、いいー?」
「……俺もあだ名で呼んでくれるなら考えてやる」
◆
「くふっ!」
鳥のゴーレムを操作し、空を焦がすような業火を躱しながらメレフィニスは笑いを堪えきれないような笑顔を浮かべる。
決してケネスの魔術が生温いわけではない。疑似的な第四域になった影響と魔力が回復した今その魔術は本来よりも底上げされている。第三域の魔術の規模も下手をすれば致命的だ。
ケネスは狙いを絞ったのか、メレフィニスを殺すための炎が包み込む様に躱した先へと先回りする。
「ルミナ!」
「『星光の閃光』!」
メレフィニスを呑み込もうとする業火をルミナの放つ閃光が裂く。
閃光によって作られたその道筋に沿って飛び、メレフィニスは炎の包囲網を突破した。
「ちょこまかと! 『赫々たる竜葬』!」
今度は炎の飛竜が何頭もカナタに向かってくる。
第三域以上の火力を備えた魔術の連発。消耗を度外視したケネスの猛攻。
先程のメレフィニスの攻撃がケネスから完全に油断を消し去ったか。
カナタはゴーレムを操縦して、向かってくる何頭もの炎の竜をかいくぐるが――。
「カナタ! ゴーレムがっ!」
「ちっ……!」
僅かに炎が命中したのか、ゴーレムの翼が燃えてバランスを崩す。
そこに、まだ消滅していない炎の竜が襲い掛かった。
「ルミナ! 前に!」
「は、はい!」
カナタの言う通り、ルミナが前に移動しようとするとカナタは力強くルミナの腰を掴んで自分の方に引き寄せる。まるで抱き締めるような形になって、ルミナは一瞬だけ頬が緩んだ。
「へ? カ、カナタ?」
「メフィ! 頼む!」
「いいわよ!」
「カ、カナタ!? 何を――」
ルミナが何をするか聞こうとしたその瞬間。
カナタはメレフィニス目掛けて、思い切りルミナを放り投げた。
「きゃああああああああああああああ!!!」
説明なく放り出されたルミナは涙目になりながら悲鳴を上げる。
何の覚悟も出来ていないスカイダイビングの着地点は、大きく口を広げて待つメレフィニスの“虚無の孔”だった。
「うぶっ!」
「ナーイスキャッチ!」
メレフィニスには術式の欠片が持つ力として、“虚無の孔”という人間大の異空間をいくつか操る能力がある。放り出されたルミナは見事その“虚無の孔”の中に入って、地面との激突を免れた。
ルミナは心臓をばくばくさせながら、その“虚無の孔”からひょこっと顔を出す。
「メ、メレフィニス様! “虚無の孔”で受け止めないでください!」
「ふふ! どう? 二度目の“虚無の孔”は懐かしかった?」
「そんな感情わきません! カナタは!?」
その間に、カナタは燃えたゴーレムを乗り捨てて別のゴーレムへと飛び移る事に成功する。何事もなかったようにゴーレムを操り始めるカナタに、流石のルミナもほんの少し不満だった。
「カナタってばひどいじゃありませんか!」
「すみません! 説明する時間なくて!」
「くふふ! あなたを抱えていたら飛び移れないでしょ?」
「わかります! 私の事を気遣っての行動なのはわかりますけど……乙女心的には騙された気分になるというか……あんな風に力強く抱き寄せてくれたかと思えば突然放り出すなんて……」
「確かに今のは思わせぶりだったわね。罪な人。そうやってメフィ達を誑かして、ひどい男なんだから」
「そうです! どきっとするこちらの身にもなってください!」
「え!? そんなつもりは!?」
「カナタって乙女心とかわかんなそ」
「本当に! メレフィニス様も言ってあげてください!」
女性同士で結託され、たじたじになるカナタ。
ルミナがメレフィニスの乗るゴーレムに移った事で、まるで陣営が変わったかのような。
いや、それよりも。
「なんだ……これは……」
その光景を見せられているケネスの動揺……いや、戸惑いが顔に出る。
魔術王の力で圧倒し、宮廷魔術師を二人沈め、さらにはまだ魔力も潤沢。
この姿を見た者は全員が畏怖し、手に入れた失伝魔術の前に絶望する。
そのはずだった。そのはずなのに。
「くふ……! くふふふふふ!」
「ふふ……! あははははは!」
「はは……! はははははは!」
三人は同じ方向を向いているのが心底から嬉しいのか、笑顔を見せていた。
まるで、初めて会った友達と気が合い過ぎてずっとじゃれているような雰囲気。
……さっきまでは押していた。押していたのだ。
宮廷魔術師を沈めて作った完全な有利。警戒していたカナタも封殺できる備え。
大地から吸い上げて魔力も盤石。いつでも失伝魔術を放つ事ができる。
この王都を滅ぼせる条件も、支配できる力も何も変わっていないのに――!
「私が……まるで……」
――まるで、敵対している三人の瞳に自分が映っていないかのような。
「そんなはずが……あるか! この威容を前にして!!」
ケネスから感情と共に魔力が噴き出す。
それは大地から吸い上げた魔力を存分に使った失伝魔術の予告だった。
どれか一つ。その命を奪うだけでまた主導権は再びケネスのものとなる。
今代の魔術王になるべく、今日まで内で溜め込んだ憎悪が魔力と共に迸った。
青空を陰させるような魔力が重く、この場に立ち込める。
「カナタ!!」
ケネスが憎悪の声を上げる中、透明な声がカナタを呼んだ。
“虚無の孔”から出て、メレフィニスの肩に掴まって立つルミナは銀色の髪を揺らす。
カナタを見つめるその瞳は何にも揺れず、真っ直ぐに。
その信頼を惜しみなく注ぐように、カナタを見つめていた。
「私を見て」
「――はい」
ルミナの胸元にある術式の欠片をカナタの瞳が捉える。
まるで互いを求める愛の囁きを経て、鍵と門は互いに望む。
「“開け魔の階! 我が瞳に白銀の鍵あり”!!」
「“開け魔の階! 我が瞳に黄玉の鍵あり”!!」
共に、宮廷魔術師を沈めた魔術が唱えられていく。
唱えるどちらもが全てを吐き出すような衝突を予感させる。
誰もが、後数手でこの戦いは決着すると感じていた。
いつも読んでくれてありがとうございます。
体調不良につき、感想返信のほうは少々お待ちください。
7月25日に二巻が発売しました。皆さんどうぞ買ってやってください。




