189.夢に浸かる子
「女ってのはやっぱ尻だな、けつよけつ。けつがでかいだけで当たりだ」
「はぁ……お頭は何もわかってない……。女を美人たらしめるのは結局足なんだよなぁ……」
「胸という母性の塊無視して議論するなんてナンセンスだろ?」
「やっぱ顔っしょ! 顔!!」
ウヴァル含め傭兵達は無言で全員顔を見合わせると、殴り合いに発展する。
先程まで同じテーブルで顔を突き合わせ、気持ちよく酒盛りをしていたというのに……酔いが手伝って下卑た会話が白熱した結果なのだから救えない。
傭兵らしいといえば傭兵らしいくだらないきっかけだが、本人達は至って真剣なようである。
「てめえらが女の魅力を語るなんて百年はええんだよ!」
「お頭はドがつくほどの■■■で◇◇◇◇のことしか頭にねえから説得力がねえんだよ!」
「今日がカレジャス傭兵団最後の日じゃごらぁ! リーダー俺の母性傭兵団もしくは巨乳傭兵団の設立の日にしてやらあ!」
「団長の座は顔派の俺がいただくぜ!」
「「「てめえは一番先に死んどけ!!」」」
「ぐべえ!」
グリアーレが先に二階で就寝しているからか言いたい放題やりたい放題。
最強のストッパーがいないので誰も止める者はいなかった。むしろ乱闘を煽る者もいる。
先にダウンした一人を除いた三人の殴り合いは中々に見応えのあるイベントだったようで、傭兵達どころか他のテーブルで飲んでいた客達もやれやれと騒いでいる。
宿の店主はさぞお怒りだろうと思えば、宿の店主が三人の中の誰が勝つか賭けまで始める始末だった。商魂たくましいとはこのことか。
「うおらあ!」
「ごぶっ!」
足派の傭兵が倒れ、胸派の傭兵は善戦したものの……やはりそこは団長。
ウヴァルの拳が胸派の傭兵の額を捉え、そのままテーブルに突っ込んだ。
「馬鹿が……胸派を名乗るなら、でかいのだけを語るべきじゃなかったな……。小さな胸の可憐さを語ってたら勝ってたのはお前だったはずだぜ……女の胸は小さかろうがでかかろうが、嫌いなやつなんていねえんだからな」
酒はこぼれ、テーブルがひっくり返る中、馬鹿みたいな決め台詞。
そして一人勝ち残ったウヴァルは右腕を思い切り上げて勝ち鬨を上げた。
「けつうううううううううううううう!!!」
「うおおおおおおおおお! 尻派のあんちゃんの勝利だあああ!!!」
「けーつ! けーつ! けーつ!!」
「しーり! しーり! しーり!」
「センキューてめえら! これは俺だけの勝利じゃねえ! 世界中のけつ派の男達全員の勝利だぁあ!!」
客達が一体化し、一階の酒場に響き渡るけつコール。
そして賭け金を配当し、残りを懐に入れるほくほくの宿屋の店主。
盛り上がりすぎた彼等が飲む酒はまた一段とうまいのだろう。
グリアーレに見つかったら全員黙らされるに違いないが……。
「何かお尻で盛り上がってる……」
その異様に盛り上がる現場を見つけたのはトイレに下りてきたカナタだった。
トイレを済ませて出てくると、丁度壊れたテーブルを片しているウヴァルと目が合った。
ウヴァルは瞬時に魔力で肉体を強化し、二階に戻ろうとしたカナタの前に回り込む。その判断力と速度はまさに戦場の虎のごとし。
「おい、俺がテーブルぶっ壊したことはグリアーレには言うなよ!? 後、けつで騒いでたことも黙ってろ!」
「言わないよ……弁償するんでしょ?」
「そりゃもちろんするが、それはそれとして怒られるんだよ。俺の頭にたんこぶが二つ三つできるのなんて見たくねえだろ?」
「身長高くなっていいね」
「よくねえよ。たんこぶをなんだと思ってんだてめえは」
酒臭い息を零しながらウヴァルはカナタの肩に腕を回す。
階段のある廊下は薄暗く、窓から降り注ぐ月明かりだけ。
「お前、そろそろ好きな女のタイプとか話せるようになってきたんじゃねえのか?」
「え?」
「どうだ? お前もけつ派にならねえか?」
「いや、派閥とかよくわからないよ……それに女の人のタイプを体の場所で語るのやめなよ……」
「おーおー、自分興味ないですよみたいな事言いやがって。むっつりタイプか」
「むっつり? って何?」
「大人になったらわかるさ。でもそれグリアーレに聞くなよ。俺の鼻が二回折れる」
ウヴァルは誤魔化すように酒を飲んで続ける。
「んで? こんな時間に起きるなんて初めてだな。どうした? 眠れねえのか?」
「え? うん……何か、何か夜にやってたような気がして」
「戦場漁りやった夜はいつもどんだけうるさかろうがぐっすりだろ。それとも、酒が気になる年頃か? 飲ませねえぞ」
「いや、本当にそういうんじゃなくて……」
「あん?」
カナタは窓の外をふと見る。
今日は妙に夜が深くて、今日は妙に月が明るい気がした。
「何かを毎日……眺めていた気がするんだ……。手のひらに乗るくらい小さな、とても綺麗なものを……」
「おめえ……」
カナタの世界が軋む。すぐさま修正される。
「なーに浸ってんだよ……そういう年頃か?」
「そういう年頃、なの?」
「ガキってのはそういう時があったりすっからな。んなもん気にしてないで寝ろ寝ろ」
「うん、おやすみお頭。ほどほどにしなよ?」
「言うようになったなガキ」
「へへ」
ウヴァルに髪をぐしゃぐしゃにされ、カナタは嬉しそうに階段を上がった。
気のせいか、どこからか名前を呼ばれた気がした。
きっと気のせいだろう。




