188.そこにいるはずのあなたへ
「全員、メリーベル様のことを覚えていない?」
「そう……突然、みんな眠って目を覚ましたと思ったら……全員わたくしのことを覚えてないみたいで……。わたくしと話したことある子達ですら、あなた誰って聞いてきて……第四王女って名乗ったら、凄い形相で追いかけてきたの……それでここにずっと隠れて……」
メリーベルはルミナ達を部屋に入れると、涙を浮かべながら自分の状況を説明した。
どうやらメリーベルはメレフィニスの魔術から逃れていたらしく、生徒達の変化によって直に被害を受けていたようだった。
いくら継承権を放棄しているとはいえメリーベルは第四王女。王族だ。
普通ならば覚えていないなどありえない。
「それで、夜になってから……お兄様がここにいらっしゃったの」
メリーベルは部屋にいたもう一人の人物……第一王子ファーミトンに視線をやる。
好青年といった見た目のファーミトンだが、今は王族らしい自信や覇気も感じられない。
緊急用の食料なのか、小袋に入ったナッツをちまちまと食べているだけだった。
「ファーミトン殿下も同じ状況でしょうか?」
ルミナが聞くとファーミトンは力なく頷く。
「ああ、経緯は今そこの愚妹が言ったのと同じだ。途中でここの教師らしき二人に襲われてな……ヘルメスと別れて、知っている魔力反応があったから私もここに駆け込んだ。外の生徒達は誰も私どころかヘルメスのことも覚えていなかった。ヘルメスが言うには、どうやらメレフィニスの魔術がかかった者達は王族と学院長の存在が丸ごとメレフィニスという認識が置き換わっているらしい」
「そうみたい……。すん……。誰もわたくしやお兄様のことを覚えてない……すん……」
「ほらハンカチ」
「ありがとう、聖女……」
メリーベルがハンカチで鼻をかむ中、イーサンはそういうことかと手を叩く。
「そうか……! 認識を変えられた人達にとっては第二王女が唯一の王で学院長という認識になっているから、その都合を合わせるために学院長や他の王族の方々はその存在が記憶から消されているんだ……辻褄が合うように……!」
イーサンは自分で言っていて、第四域の恐ろしさに戦慄する。
しかし、同時に違う疑問も生まれた。
「第一王子に魔術をかけないのであれば、何故第二王女はこのタイミングでこの大がかりな魔術を決行しようと思ったのでしょう?」
「僕もそこが引っ掛かったルミナ殿。僕はてっきり継承権を持っている第一王子を操り人形にするためだと思ってたんだけど……」
「ははははは!!」
エイミーとイーサンの会話を聞いてか、ファーミトンは笑い声を上げた。
第一王子らしからぬやけくそ混じりの笑いに聞こえる。
「こほん、失敬。だが……あの女は私のことなど気にも留めておらんよ。ヘルメスやそこの黒い球体にいる誰かとは違ってな」
ファーミトンは部屋の中央に浮かぶ黒い球体に目を向ける。
「ヘルメスはあの女を倒すためにと途中で別れたが……君達のほうが先に来たということは負けてしまったのだろうさ」
「馬鹿な……学院長が負けるなんて……」
「私もそう思いたい。だが、何らかの方法でやってしまえるのかも、と思わせるのがあの女の最悪なところだ。それに、私にかけられた防御魔術が消えている。十中八九敗北しただろうさ」
ファーミトンに言われて、エイミーもイーサンも否定できなかった。
今の学院と生徒達の状況がヘルメスの敗北を決定付けている。
ファーミトンが若干投げやりのようになっているのは、ヘルメスが敗北したことを悟ったからだろう。序列二位の宮廷魔術師が負けたとあらば、第一王子がその肩書きを忘れた振る舞いになるのも仕方ない。
「だが、ヘルメスがただ負けるとも思えん。この黒い球体のような理解不能な魔道具を使われたんだろうがな……」
「やっぱり『バルムンク』も第二王女が……」
「けど、これで理不尽な魔道具の脅威は消えたと言える。後は真っ向から魔力を削って……ルミナ殿?」
メリーベルを宥めていたルミナはいつの間にか立ち上がり、黒い球体に近付いていた。
そしてそのまま寄りかかるように、黒い球体を抱きしめた。
氷のように冷たくて、抱きしめてもカナタの温もりは伝わってこない。
「カナタ……」
「……」
そんなルミナの後ろ姿を見てエイミーは俯く。
メリーベルはカナタの名前を呼んだことに驚いたのか勢いよく立ち上がった。
「え、う、うそ……それに入ってるの、カナタなの……?」
「はい……」
「だから……ルミナ達は来たんだ……」
「カナタ? 誰だ? いや待て……思い出した。確かメリーベル、お前がやらかした……時の……」
ファーミトンが目をやると、眉を八の字にするメリーベルがいた。先程泣いていた時よりもよっぽど辛そうにルミナの背中を見つめている。
よく知るはずの妹がそんな表情をしているのが意外だったのか、ファーミトンは目を丸くした。
「何だお前そんな顔をするようになれたのか。お前はあの女と同類かと思っていた。それに去年お前が公爵家で騒ぎを起こしたというのに、どういう心境の変化だ?」
「御姉様はそりゃもう恐かったけど、でも……強くて自由に見えたもの。でも今は……なんというか……そうなりたいとか、ない……。それに、ルミナにどう声をかけたらいいかも……お兄様はわかる?」
「ああ、ようやく本当の意味で後悔ができたようだな、馬鹿者め」
全てがメレフィニスの夢の中、妹の成長という現実を実感してファーミトンはようやく笑顔を浮かべた。メレフィニスと同じく毛嫌いしていた妹がいつの間にか人間らしくなったのは、良くも悪くも去年の事件がきっかけなのだろう。
ファーミトンは黒い球体とそれを抱きしめるルミナを見て羨ましそうに呟いた。
「カナタと言ったか、会ってみたいものだな」
ファーミトンがカナタに興味を示す中、ルミナはずっと黒い球体を抱きしめる。
明かりを受けて輝くその美しい銀髪すらカナタを捕らえた黒を照らせない。
「カナタ……そこにいますか? 皆さん、あなたのために動いてくれていますよ」
ルミナは届かない声を呼びかける。
それがたとえ無意味であっても、ルミナは黒い球体に向けて何度もカナタの名を呼んだ。




