わたしのための図書館
ずっと探していたものが、図書館の古い書庫にある床下倉庫で発見されたという。
発見、とはいうものの実物を手にしているわけではない。
超音波で胎児を見るようにしてサーチすることができたというニュースを聞いただけだ。
とるものもとりあえず駆けつけ、案内を受ける。
ついに引き上げる時が来た。
床下の蓋を開けて沼のような真っ黒な水の中に手を差し入れる。
袖をまくりあげ、髪や鼻がつくほどズッポリ腕を差し込んで床下を弄る。
まとわりつく沼の水は重たくベタベタで、臭い。
底に溜まった泥ごと引き上げるような異様な重みを感じながら、ズボリという生々しい音を立てて引きぬく。
ぼたりぼたりとヘドロが落ちて手の中に残ったのは、消化されかけた食物みたいに溶けかけた一冊の本だった。
ページはべったり癒着していて、とてもめくることができない。
そんなことはいい。
ずっと探していたわたしの宝物は、文字通り形あるものと混沌との境界にあったんだ。
それをどうにかこちら側に迎え入れることができた喜び。
溢れる涙を拭おうとして、臭いにうっと鼻に皺を寄せた。
血の腐ったような吐き気を催すひどい匂いは、わたしの宝物が発するものだ。
まとわりついていた泥はむしろそのひどい臭いを包み、閉じ込めていたのだろう。
宝はわたしそのものと言っていいもので、だからこれはわたし自身の臭いだと感じる。
案内してくれたスタッフに対し申し訳なく、そしてとても恥ずかしく思う。
スタッフは多くの人がこの床下倉庫に臭い本を持っているんだと言う。
あなただけではなくて、ほとんど誰しもが。
だから蔑む必要も恥じることもないんだと言ってくれる。
教会の礼拝堂ような作りの木造の書庫の扉を開くと、その先は全面水晶のような透明な壁の建物に繋がっていた。
これは何度も夢に見た、あの図書館だ。
ゲルの散在する草原や、不思議な幼稚園の敷地から見上げた、天の方まで見ることのできない、いつ現れいつ消えるかしれない、透明なわたしの図書館。
わたしはやっとあの図書館の中にきているんだね?
苛立って乱暴に破いたり放棄したりないで、踏ん張って押し止まってわたしはこの本を開くんだ。
丁寧に。
礼拝堂のような書庫にひとつ埃のかぶったテーブルがある。
わたしの隣の席に幼児が座っている。
触れてもいないのに、まだ薄く柔らかな髪の湿度を感じる。
日差しに輝くちいさな汗の粒。
それで彼女が眠くなっていくのがわかる。
眠くなった彼女が顔を擦り付けるのは、反対隣に座るおばあさんの腹。
そのまた向こうからおやおやと覗き込むのはお姉ちゃんだろう。
髪は艶やかで豊かだけどのっぺりとした顔がそっくりだ。
昭和なデザインのオレンジのワンピースに赤いカーディガン。
ニットで編んだ花の髪留め。
一重の厚ぼったい目蓋。
愛らしく短い睫毛。
頬の産毛が冬のキラキラした日差しに白く輝く。
机に置かれたお姉ちゃんの本の表紙は、わたしの本ととてもよく似ていた。
***
食堂で食べる直前、夫のスマホに呼び出しがかかる。
わたしたちはいつのまにか温泉宿に来ていた。
三人で電車できたんだ。
三つの温泉街をグルグルする路線で、ここは二つ目。
こどもと先に食べるが食べ終わっても夫は帰ってこない。
閉店する前におにぎりやサラダなどの残り物を包んでもらうよう伝えるが、スタッフ間の伝達がうまく行っていなかったみたいで処分されている。
五穀米の美味しそうなおにぎりだったけど。
厨房で五穀米を茶碗に注いで卵と出てくる。
それを部屋に持ち帰って待つことにする。
20191202




