瑞祥炎(膿)
もちろんこんな病気はないw
暗がりで手を伸ばし、眠っている小さな姪の頬にキスをすると、姪は痛い、と突き刺すような悲鳴をあげて抗議しました。
あまりにも尖った声だったので、何事かとペンダントライトの紐を引いて姪の姿を確かめました。
姪は光を嫌がるように何度も目を瞬かせながら、こちらを睨みつけます。
見ると日頃奥二重のまぶたが、三重にもなっていました。
これは絶不調のしるしです。
姪は白い頬に桜でんぶを散らしたように、いくつもの赤い斑点をこしらえています。
それだけではない。
私の唇が触れたであろう右頬骨の辺りには、不思議なものを生やしていました。
涙袋の真下、頬骨の峰を降りた裾。
眼窩の淵にあたる箇所から、すくっと貝柱のようなものが立ち上がっているのです。
頂部には目の形と似た楕円の穴が空いていて、とろりとした液体が溜まっています。
少し横に傾いた姪の頬の上にあるそれは、液体を穴の淵へと寄せ、表面張力で張り詰めさせています。
液体はかろうじて、ぎりぎりのところで穴の中に留まっているように見えました。
「これは、なんだろうね」
姪の母である妹に尋ねると、妹は
「ああ、それ? ズイショウエンよ」
と言って姪の額をなぞるように手のひらを沿わせました。
仰向けになった姪はようやく安心したのか、腫れぼったいまぶたを閉じて湯気の立つような息を吐きました。
いつまでも怪訝な顔をしている私にため息をつくと、妹は毛筆をとり師範級の美しい楷書で「瑞祥炎」と書いて見せました。
「そしてこれが瑞祥膿」
私が説明を受けている間じゅう、姪は感触が気に入らないのかガーゼ生地のパジャマの首元をぐいと引き下ろそうと、眠りながらもバタバタもがいていました。
見ると白い胸や柔らかそうな腕のそこかしこが桜でんぶに冒されて、白樺の幹のようなまだら模様を作っています。
姪が体を揺らすと、瑞祥膿の中の液体も震えます。
瑞祥膿を覗き込むと、濁っているわけでもないのにすぐそこにあるだろう底が見えません。
ずっとずっと奥まで続いているようにも思えてくるのです。
治るのかと尋ねると、妹はもう治療はすんでいると言いました。
聞くと医者は、排水溝を掃除するような長い針金の先端に薬を塗った綿球を刺して、瑞祥膿の口から突っ込んでいくのだそうです。
インフルエンザの検査のように、突き当たったところをこするようにして薬を塗りつけ針金を抜き取れば、三、四日で発疹が引いてしまうのだそうです。
その後瑞祥膿は、カラカラになってかさぶたが取れるように綺麗に剥がれてしまうということでした。
「この子はうんと長い針金を使ったの。患部はずいぶん奥なのだろうね」
私はいったいどのくらいの針金がこの小さな体に入って行ったのだろうか、患部とはいったいどこなのだろうかと知りたくなって、もう一度姪の瑞祥膿を覗き込みました。
患部は本当にこの体の中なのだろうか?
「姉ちゃん、その液体からうつるんだから、あまり近寄らないほうがいいよ」
突然、姪があんなに暴れまわっていても一滴も液体をこぼさなかった瑞祥膿から、水がちゃぷんと跳ねました。
姪は静かに眠っていました。
瑞祥……良い兆しとなるでしょうか




