境界膜を越えないで<FA:萩尾滋さんから>
残飯を何故かフライパンで温めている。
ガスコンロの青い火がフライパンの底から不安定に揺らぎ、溢れ出している。
右に大きく揺らいでフライパンの上まではみ出し、中まで入ってきそうに思う。
フライパンの中身は、餃子と、大根と……後は何だろう。
とにかく白いものだ。
火にかけたことを忘れていたので、少し底がはりついてしまったけど焦げてはいない。
なのに茶碗に残飯をついでみると、何故かそれは生卵で、ほんの数粒米が混じっている、温かくもないものになってしまう。
子供にお米はもう少しで炊けるからこれでいいやね、というが炊飯器を見ると後27分もたけない。
冷凍ご飯をレンチンしようと思う。
なぜか今私たちのいる部屋の底は、すごく暗いマグマのような怒りに満ちていて、これから私たちもろとも部屋が溶けるのだとわかる。
どうすることもできない。
時間の問題だ。
ここはアルコールランプにかけられたビーカー中にある箱庭。
箱庭に建てられた二階の中央の部屋には天井までの棚がある。
その下から二段目にはアルバムが置いてある。
わたしが新しい家族になる前の写真で、それをなぜか弟が勝手に開いている。
嫌だと思う。
そもそも人のスペースに勝手に侵入していることが不愉快なのだが、それが自分でも明確にならなくて言葉にもならない。
それでもまずいと思ったのか弟はアルパムを棚に戻し、気まずさをごまかすように、無造作に床に積まれたCDをとりあげた。
CDは私のものではない。
弟のゲームのようだが、なぜそれが私のスペースにこんなふうに山にして置かれないといけないのか?
不快になるが、弟はやっぱりどんどんはぐらかす。
信用できないという気持ち、領域を侵された不信感で満ちる。
まっすぐな廊下は黒い対面通行の車道になっている。
行く先は黒い靄がかかっていて見えない。
私は形の定まらないものを両腕で抱えて歩く。
それは透明な膜に包まれたぬるい水の塊で、重くて揺らいでいて掴み所がない。
抱えて歩くのは困難に思う。
コントロールできないで落として水浸しになるのを想像する。
その水には不確かだけど見えたり見えなかったりする煌めきのような何かが入っている。
ホログラムのような実態の感じられない何か。
こいつの世話をするのが大変なのだ。
ホログラムは水が色づけば透明に。
反対にホログラムが色づけば水が透明になる。
私の腕の中でそれをくりかえしている。
寒さで目が覚める。
午前2時40分。寝たのは1時くらいなはずだ。
201910




