雪山へ出た母子とカラカラの種<FA:萩尾滋さんから>
なんらかの会食のため私たちは山上のホテルに向かう。
会場の入り口は二箇所。
館内通路から入る正式な口と、黒石の敷かれた庭園から縁側沿いに入る口だ。
私は夫と息子と一緒に縁側沿いから入り、履いていた登山靴から革靴にはきかえる。
服装はドレスコードに沿ったきちんと目のものを着ている。
席に案内されメニューを見る。
いくつものコースがあり一つを選ぶが内容はあまり覚えていない。
食事の最中、ホテルマンたちのやり取りから幼子を連れた妊婦がすごい軽装で外へ出たことを知る。
ベビーカーを押しスウェット生地のロングワンピースで山に入ったというのだ。
足元も近所にゴミ出しに出るとき履くようなスリッポンだという。
少しの散歩でも不安になるような山奥だというのに、大丈夫だろうか。
それに日も落ち、少し冷えてもきた。
天井から足元までの大きな窓を見やると、重たい空からぼたりと平べったい雪が落ちてきた。
ぼたりぼたりとしみになったかと思うと、すぐに大雪となる。
水っぽい雪は最初黒石を濡らすだけだったが、石に白い髭のようにつき始めたかと思うとみるみるうちに積もりはじめた。
妊婦とは連絡が取れないようだ。
車で探しに出ようと白髪頭の男が提案するが、ホテルの駐車場には白い車がパズルのようにあべこべな方向で四台止めてあって、一台一台こまめに調整しないと出せない状態で難航している。
緊迫した雰囲気の中、縁側で燕尾服を着たおじさんが一人で砂遊びをしているのを見つける。
蹲み込んで砂山に拳をかざし、サラサラと砂を落としている。
息子は食べるのをやめ、おじさんの方へ寄っていき
「何をしているの?」
と尋ねる。
おじさんは
「種をたくさん集めて乾燥させたんだよ」
と答えた。
乾燥した種を掴んでは落とし、山にしているのだ。
砕いた海老煎餅みたいに軽くカラカラになった何種類もの小さな種は、カラフルな玉砂利の山みたいになっている。
一つ一つが砂の粒子のように細かい。
「君にも分けてやろう」
おじさんは砂山のてっぺんを一掴みし息子に差し出した。
息子の両手の中に乾燥した種があふれる。
中にはシラスやカラカラの小海老も混ざっている。
「こんなカラカラだけど、これ埋めたら芽がでるかな?」
と息子が尋ねると
「さてどうだろう。おじさんにもわからんよ」
とおじさんは笑った。
雪は降り止まない。
20191005




