世界の終わりと風船の国<FA:萩尾滋さんから>
三階の部屋で飛んでしまった屋根の工事の打ち合わせをしていた。
消費税もあがるし九月中にお願いというけど業者はのらりくらりとしている。
業者は「この部屋から夕陽がよく見えますね。いいなぁ」などと話を逸らし窓の外へ目をやる。
その時ちょうど日が沈む瞬間が訪れる。
薄桃色に輝く鮮やかな夕焼け色をたたえた空は、日の落ち切る瞬間、突然色を変えた。
太陽は裂けてしまったかのように真っ白に光り、輪郭をとるように稲妻のような黄色で山の端をなぞった。
空は色水を取ってカスカスになったの朝顔をいくつも重ねたみたいな濁った青紫色に変わる。
破れた太陽から雷みたいに天に向かって白い線が無数に走る。
世界が、終わってしまう。
私は友人の娘を保育園まで迎えにいかなければいけないからと、業者の背を押し家から追い出した。
それから急いで家中の電気を消す。
世界にはもう明かりがあってはならない。
園で無事友人の娘を迎え、自転車の後ろに乗せて酷い空の下を走る。
待ってと叫ぶ声がして振り返ると、友人の娘は結んだ風船が伸びきって萎んだみたいにべろべろになって風に煽られていた。
緑色の皺々で簡単に吹き飛んでしまいそうな友人の娘は風船の手で必死で私の服を掴んでいる。
スモッグの肩が落ちる。
園で走って飛びついてきた娘のしっとりと温い肌はもうどこにもない。
なぜか車で私の父が自転車の隣を伴走している。
車は妙に横揺れしていて、とても不安になる。
もしかしたら運転をしてる最中に父は、空気の抜けた風船になってしまったのかもしれないから。
20190901




