新天地<FA:萩尾滋さんから>
今朝の夢
駅を出ると真ん前に寮のバスが迎えに来ていた。
私と同じネイビーのブレザーを着た学生たちが、一様に不安と期待の入り混じったような複雑な顔をして、バスの窓から外を伺っている。
バスに乗っているのは皆、私と同じ新入りたちのようだ。
席に着くと、先に窓際に座っていた女の子が声をかけてきた。
向けられた笑顔に自然と頬がほころび、それを合図に私たちはすぐに打ち解けた。
寮に着くとオリエンテーションがあるということで、私たちはそのまま三階にあるホールに誘導された。
そこで寮の代表であろう数人の先輩たちが迎えてくれる。
新入りとは喉元のリボンのカラーが違う。
私たちはレッド。先輩たちはグリーンとブルーだ。
学年カラーなのだろう。
制服を着た連中の中にはなぜか少年やおばさんが混ざっている。
少年とおばさんは制服を着てはいなかったので、学生ではないのだろう。
オリエンテーションの後、先輩たちは出口付近に集まってダベっていた。
バスで一緒だった女の子と横を通り過ぎた時、声をかけられた。
このメンバーで秘密の結社を作っているらしい。
一緒にどうかと勧誘されたのだ。
何が何だかわからなくて怪しげに思えたので、曖昧な返事をして立ち去った。
寮は四人部屋で、バスの女の子とは同室になった。
荷物を解くのもそこそこに、二人で散策に出かけることにする。
寮は平等院のように左右同じ形に広がる建物で、私たちはまず部屋の扉を背に左へ歩いて行った。
突き当たりに出口があり、そのまま外まで歩いて出る。
寮舎を挟んで駅とは反対側が賑わっている。
街路樹を挟んで、寮舎に沿ってアーケードが続いているのが見える。
道は人混みであふれかえっている。
私たちは、色とりどりのキャンディみたいなショーウィンドウの間を、立ち寄りもせずひたすら闊歩した。
商店が途切れ、突然周囲は森になる。
振り返って見ると、寮舎はずっと後方に屋根が見えるくらいになっていた。
元の道には戻らず、今度は出たのと反対側の口から入ろうと寮舎を目指す。
背の高いセコイヤや杉の森に囲まれ、この道は本当に寮舎に繋がっているのだろうかと思い始める。
先ほどまでの賑やかさが嘘のように静かだ。
同行者に元の道を戻らないかと提案すると、大丈夫だよ、なんてあっけらかんとした言葉が返ってくる。
初めて会った時と同じ屈託のない笑顔だ。
森はどんどん深く暗くなっていくと言うのに。
一本道をひたすらいくうちに、ちゃんと寮舎の反対端の入り口についた。
足を踏み入れると、中には最初といたのと同じ寮とは思えないくらい煌びやかな世界が広がっていた。
行き来する透明な半円形のエレベーター。
ふっくらした電球色の明かりを点けた、曼珠沙華のように優美な形のシャンデリア。
アラビア模様のカーペット。
行き交う人の服装もタイトで近未来的な銀色のスーツで、蜂蜜色の髪も目も私たちとは全く違う。
けれど彼女にはなんの違和感もないようで、当たり前のように私の手を引いて奥へと進んでいく。
私はここは現実じゃないと思う。
彼女に一緒に行けないことを告げ、私は一人森の中へ戻る。
眼下に見える駅舎を頼りにむき出しの赤土の道を下る。
道は急勾配で、しかも脆い。
滑らないように足に力を込める。
道は迷うほど複雑ではなく、あっさりと線路に当たる。
駅舎は目の前だ。
駅から寮までさっきはバスで行ったから、道がわからないと思いスマホで寮に電話をかける。
出たのはオリエンテーションにいたおばさんの声。
目をあげると、五十メートルほど先にある、森を削って更地にされたような赤土の上におばさんが立っていた。
距離があるはずなのに、おばさんが木でできた手のひらサイズの平たいトーテムポールのようなものを耳に当てているのがわかる。
デザインや手触りまで目の前に触れているかのように知れる。
トーテムポールというか、横に潰れた二人の子供が重なったデザインで彫ってある。
突き出たアンテナの先端が赤く灯っていて、やはりこれは電話なのだろうか? と思う。
おばさんは私に気づいているのかいないのか、通話しながらどんどん坂を上っていく。
彼女から私が見えているかもわからない。
おばさんはもうバスは出ない、迷うほどの道ではないから歩いて戻ってくるように言う。
通話しているつもりだけどその声が耳に当てたスマホから聞こえているような気がしない。
ほとんど頭の中に直接話しかけられているみたいに感じる。
おばさんの後ろ姿を追いかけて、もろもろの赤土を登る。
最初にバスで通ったとき、道は舗装されていたはずなのに、今はただ更地にされている広場があるだけで道という感じですらない。
不思議。
おばさんは振り返ることなく寮舎に入り、いつのまにか電話は切れていた。
なんとなく声が、最初に会ったおばさんとは違うみたいにも思えた。
寮舎中央の入り口前には薪を重ねて置いてあるところがあって、そこにオリエンテーションでいた少年が寝っ転がっていた。
小学生高学年くらいに見える。
おばさんの子なのかなぁと思う。
少年はあのトーテムポールの電話をいじっていた。
「私もこんな電話があったら欲しいな」と言うと、少年は「そう? これ、そんなにいい?」なんて得意げな顔をした。
「でもそれを持ってたら、秘密結社のメンバーからの指令に応えないといけなくなるのかな」
私の言葉に少年は、ん? というような曖昧な笑みを浮かべた。
結社が当たり前の日常で育った幼い彼には、指令がないということがイメージできないのかなぁなどと考える。
彼と別れて建物に入ると、そこは学生寮ではなく病院の待合室だった。
ところどころタイヤ跡のついたグレーのタイルの床。
ナースが飛んできて私の口に体温計を突っ込んだ。
待合室でそのまま書類を書かされる。
ここは産婦人科だ。
私は二人目を妊娠しているんじゃないかと思って、訪ねたのだった。
そこで二人目なのに一人目用の書類に記名して看護師に提出してしまったことに気がつく。
看護師が渡した書類がそうだったからだけど、書いて出した後ケースにある書類を見てわかった。
看護師に書類を訂正したいと申し出る。
看護師は次の検診の時に新しい書類にしておくからそのままでいいよ、と言って慌ただしく去っていく。
体温はなかなか測り終わらない。




