目を閉じて、皮膚を覆って<FA:萩尾滋さんから>
※不快な描写に注意
顔。
特に目を晒すと相手に内側から行動を支配される。
人々は幼い頃から忍者のように肌を布で覆って暮らしている。
人々は生き残るために、音や気配、感覚をひたすら研ぎ澄ませるよう幼いころから訓練される。
いまそこで話していた馴染んだはずの友人も、次の瞬間には知らず誰かのコントロール下に入り、私を殺すかもしれないのだと教わる。
私のつもりの私も、気づかぬうちにだれかの意思によって大切に思っていたはずの隣人を殺すかもしれないのだと。
意図を超えて私はだれかを気づかずコントロールしてしまっているかもしれない。
どこから染み入るかわからない。
染み入ってしまうかわからない。
私はそんな世界に住む男だった。
私には共に訓練を重ねた仲間がたちいた。
仲間というより単に同期と言った方が良いかもしれない。
私たちは信じられないくらい近く、そして遠かったから。
同期とは訓練で何度も互いの意思を奪い奪われした。
互いの顔も肌や瞳の色も知らぬまま同期と私は親しんだ。
親しむ。
何をもってか?
相手が相手なのかもわからない世界で、相手は私に入り込み、私は相手に侵入し、誰が誰かもわからない苦痛の中でも人の温度を感じていたから。
誰かの温度を掴んで、灯台のように頼みにして歩いてきたから。
指の形すら知らないのに、我々は互いの内側を弄り操作し合った
なにもかもうんざりするほど筒抜け。
他者なのに他者とは呼べないほど、感覚を掴まれていた。
見たくも見られたくもない記憶を体感して、それが誰のものかも忘れた。
気持ち悪いくらい繋がっていて、離れていた。
友人は同期の一人だった。
彼の温度を覚えている。
そら豆の綿みたいな瑞々しく湿った内側の青い匂いも。
大人になった私はある集落に迎え入れられた。
友人はそれと敵対する集落に配属される。
私は彼の集落に潜入する。
集落の全てを殺すか、私の意思の下に置かなくては、私は生き残ることができない。
集落の全員に友人は容赦なく、私の内側のすべてを、何を感じどう思考し何に弱い人間かを、共有していた。
温度を晒した。
匂いを、感触の全て。
友人の内側に意思は、自由はあるだろうか?
彼の意思は、中央深く深くに二枚貝のように厚い皮に包まれ沈んでいる。
彼は「目」を奪われていた。
内側からえぐるように、ぐるりと。
私は気配を読み俊敏に敵をかわした。
瞳を晒すことなく、直に触れもせず連中の首を短刀で引き裂いた。
躊躇なく引いた。
殺した。
いくつも。
殺し続けた。
私はいずれ必ず友人に辿り着き首を断つ。
どうあっても。
自分の意思で持って。
その気持ちがどういうものかはわからない。
裂いて彼の内側を掻き出して、びたびたに腐って形を失った真っ黒な全部を捨て散らかして、探し出し、掴み出さないといけない。
友人そのものを。
そしてそれを確実に潰し、踏みにじる。
形も色も地面に混じってわからなくなるまで。
かつてのそら豆の綿みたいな内側の湿度が手のひらに再現される。
もうみんな腐っているに違いないのに。
生き残るために、自分の内の柔らかいものを凝縮し埋める覚悟はできていた。
貝のような硬い皮膚を形成してそこに私を詰め込む。
私が潰すのは、彼だろうか?
私かもしれない。
匂いがする。
屋敷の窓から逃亡し樹木に乗り移る瞬間、私は夕日に見惚れた。
太陽に「目」を奪われてしまった。
足を踏み外しかけてどうにか細い枝を掴む。
世界が明滅する。
内側から燃えてしまう。
このまま太陽に支配されて、私は燃えていずれ消し炭になるのだろう。
影に入り身を冷やそうと幹に身を貼り付ける。
幹に炭を擦ったような線が入る。
それは粉末になった私。
冷やしてどうにか夜まで形を保たなければ。
そしてもう一度忍び入るのだ。
どうあっても。
彼を踏みにじってあげないといけないから。
私が。
私が。
私は絶対に誰にも奪われたりしない。




