メタモルフォーゼ(続内臓の検分)
内臓の検分※
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の続きになります。
背をつけた鉄製の玄関扉はじきに、耳に、背筋に、外の喧騒をありありと伝えました。
体温と交換にそれらは私の内側に滲みます。
扉が伝える複数の足音は硬質で、そこらじゅう駆け回っているように慌しい。
一つ、二つ、三つ。
三人の、革靴の音。
それぞれに散ったかと思うと落ち合って、また散る。
三人はまるで彗星のように何度も似たような軌道を辿り、落ち着きのないばたばたを繰り返していました。
私のいる部屋は五階建てのマンションの三階。
北端の角部屋でした。
扉の向こうには鉄製の手すりがあるだけの吹き曝しの廊下、そしてすぐ左手に外階段があります。
けれど階段でつながっているのは下にだけ。
上へ上がる階段はないのです。
マンションは山の斜面に建っていて、まるで迷路のようです。
廊下は竹蛇みたいに折れ曲がっていて行き先が見えず、二階だと思っていたところが三階になり、簡単に迷子になることができます。
それだからきっと彗星の奴らも、慌てているのかもしれません。
どこにも降り立つことができずに。
扉を離れると奥の部屋へ向かい、ガラス窓に貼ったビニールの角をめくって、外を覗きました。
落ち着きのない男の姿が目に入ります。
奴らの一人なのでしょう。
頭の先からつま先まで真っ黒で、せかせかとした動きが蟻みたいです。
分かれ道でキョロキョロと大きな頭を振って、一方を選ぶと小股で駆けていきます。
私は壁に張り付けられた彼を振り返りました。
彼はいつの間にか蚕のように柔らかな糸に包まれかけていました。
裂いた腹から垂れるアロエのような粘液が、伸びて繊維となり、彼を覆っていきます。
美しい内蔵の表面も綿飴が串に絡まっていくように、細かな糸を巻き上げながら、柔らかく大切に仕舞われていきます。
糸は触れると指に貼り付いて粘り、より細かな糸を空中にひらめかせました。
絹というよりそれは蜘蛛の糸のようです。
私の体温の起こす上昇気流で僅かに浮き上がるほど軽い。
窓の外は曇り、針のような雨が降り出していました。
雨に濡れた窓ガラスは私や彼の姿を徐々に外へ映し始めます。
無情にも奴らの前に。
私たちの姿を捉えた奴らは間抜けな軌道を断ち、方位磁石が磁極に吸い付くように、揃ってこちらに足を向けました。
奴らが探しているのは私たちなのだ。
足音が止まる。
扉の鍵は閉まっていますが、そんなものは何の役にも立たないとわかっていました。
私は彼を一瞥し別れを告げると、ほんの少しだけ掃き出し窓を開けました。
そこから吹き込む僅かな風でも、柔らかな糸は壁から剥がれ落ちてしまいそうなくらい、もろいのです。
どうか無事で、と祈ります。
私は足の長いユウレイグモの形をしていました。
身を捩りサッシの隙間へ身を潜ませます。
このまま潰れてしまうのではないかと思うような隙間を超えて外へ逃げ出すのです。
窓ガラスに貼られたビニールが小さく風に震えます。
鉄の玄関が、彼らのノックに銅鑼のような大きな音を立てました。
思った通り、彼らは錠をかけたはずの扉を簡単に開き、土足で部屋に飛び込んできました。
私はベランダにある排水溝の管の中に身を投じ、ゆっくりと降りて行きました。
薄ぼんやりと蜘蛛になったことを思い出し、そこからするすると明確になりました。
この夢はここでおしまいです。




