58/138
車窓から<FA:萩尾滋さんから>
山道を行くバスの車窓から森を見た。
コンクリで補強された苔むした斜面に魚が張り付いているのが写る。
幅広のアジみたいな形の、でもサバみたいにぽってりとした厚ぼったい、脂ののった黒い魚。
あれは川魚じゃない。
頑丈そうな肌。鱗。
海にいたやつに違いなかった。
遡上してきた?
なぜここに貼り付いている?
魚の身体の色はコンクリや周囲の苔と同化している。
ここに貼り付いて長いのか。
背びれに土が溜まっている。
だけどあれは生きている。
命を感じるぬらっとした眼。
ぶわっとエラが開く。
えづくように口が大きく開く。
呼吸、しているのか?
土が少しだけ剥がれ落ちる。
結構な角度だが、でも斜面からは落ちない。
バスのアナウンスのからりとした声が能天気に響く。
揺れますのでおつかまりください。
次は××です。お降りの方はお知らせください。
目的地はまだまだ上だった。
バスがカーブを曲がり、魚は見えなくなる。




