チャイムが鳴り止まない
友人に招かれ家を訪ねる。
敷地は上空から見て正三角形のかたちをしている。
きっちりと塀に囲まれぐるり回るも入り口が見当たらない。
しかしチャイムだけは全ての側面に一つずつ設置されている。
招かれた人間は私と美樹の二人。
共通の友人ではあるが私と美樹はそれほど親しくはない。
連絡先も知らない。
なので私は美樹と揃ってではなく一人で友人を訪ねている。
友人の旦那がチャイムを押しているところに出くわし、赤いレンガの壁が開くのを見る。
チャイムの位置に入口が現れるのか。
カメラに写っていたのかチャイムから私を呼び止める友人の声がする。
旦那が振り返り会釈して、私を招き入れる。
「不思議な仕組みの入り口ですね」
「あるようでないように、ひっそりと暮らしていきたかったからこうしたんだ。でもこのアイデアは失敗だった。なんでもないところにチャイムがあるのはかえって興味を引き起こすらしい。家人の視線を感じないからなおさらいたずらへのハードルが下がるみたいだ。一日中鳴り止まないチャイムに悩まされている。ひっそりどころか注目されすぎて困っているよ」
「いらっしゃい。待ってたわ」
風呂上がりなのか友人が濡れた髪をタオルで拭きながら玄関を開けた。
目の下には真っ黒なくま。
一日中鳴り止まないチャイムのせいだろうか。
「ひさしぶりね」
「先に来てたんだ?」
「いいから入って入って」
友人の後ろから美樹が顔を出し、まるで自分が主かのように私を家の中へと誘導する。
暗い顔をした友人は黙って長い髪をタオルで拭き続ける。
「私が外にいたのはね、一日中チャイムが鳴るのは美樹さんが怪しいと思って見張っていたからさ。彼女は隣の家から現れた。仕事帰りに何度か目撃してもいる。でも妻が彼女に今どこで暮らしているのかと尋ねたら、県外の何処かだと答えたらしい。彼女は嘘をついている」
友人の旦那が声を落としてささやく。
「庭のプールに水をはってくれない? あんたが泳げるって言ってたから水着を持ってきたのよ」
「私、美樹にプールのことなんか話したかしら」
「自慢してたわ」
レースのカーテンをめくりあげ美樹が庭を指差す。
プールの中央になにか白いものが見える。
「それより髪を乾かしておいで」
友人の旦那が妻を美樹から開放するように肩を支え部屋の外へ誘導した。
それから自ら庭に出てズボンの裾をまくりあげ、デッキブラシでプールを洗い始める。
「今から準備するなんて大変ですよ。無理しなくていいじゃないですか」
「大丈夫です。すぐに終わりますよ」
後から庭について出て友人の旦那に声を掛けると、旦那は困ったように微笑んだ。
美樹はソファーに腰掛け平然と紅茶を手にし、友人の旦那が働くのを眺めている。
旦那の足元で何かが震えている。
プールの中央に見えた白いものは腹を上にして倒れているカエルだったのだ。
体にメジャーが巻き付いていて、カエルは身動きがとれなくなっている。
腿が痙攣し、時折手足が空を掻く。
まだ生きている。
どこかの部屋で一人になった友人がどうしているか、急に気になってたまらなくなった。




