押入れの古本屋(2007)
夫が単身赴任していたことはありません。
登場人物は実在します。
※坂道のアポロンの人みたいと思ったのは今です。
夢に見た当時はなかったはず。
単身赴任している夫の部屋を、久々に訪ねる。
チャイムを鳴らしても反応がない。
ドアノブを回すと鍵は開いていた。
四畳半の狭い部屋に万年床。
玄関からしっけた畳に平積みされた本が見える。
「やあ、いらっしゃい」
声とともに本の雪崩れる大きな音がして、慌てて足を踏み入れた。
このどこまでも見渡せる部屋のどこから声がするんだ。
「ちょっと、大丈夫……」
部屋にいたのは夫ではなかった。
夫の級友の柚吉くんだ。
中学から大学までずっと一緒だったという、痩せ型メガネの一見なまっちょろそうなトライアスロン選手。
大学のトラックでランニング姿の彼を見た時思ったのは、奴は女の敵だってことだ。
腿が真っ白で、手入れしたのかと思うほど毛がなかった。
顔は「坂道のアポロン」の主人公に似たシャープな感じ。
毛のない細くて白い腿だなんて。
こんなやつは即「女の敵」認定だ。
「問題ない」
柚吉くんはしれっとした顔で散乱した本を拾い上げると、隙間にぎゅうぎゅう押し込んだ。
襖を外した押し入れにぎっしり詰まった本。
どうやら柚吉くんは押し入れに本を敷き詰めて、そこにかがんだ自分の形の洞をあけて、体を埋めるようにして座っていたようだ。
私の来訪に思わず立ち上がりかけた振動で、洞の一部が崩れ落ちたらしい。
「こんなところでなにやってんの?」
「古本屋だよ!! いらっしゃいませ!」
待ってましたとばかりの笑みを浮かべ柚吉くんは快活な声で答える。
こんなに嬉しそうにするなんて、聞いてやるんじゃなかったと眉をしかめた。
ーー毎週木曜日13時~17時営業ーー
柱にかけられたかまぼこ板に神経質そうな尖った文字で書いてある。
鉛筆書きの細い線が板の目で震えている。
柚吉くんは本当に夫の部屋の押し入れ内(下段)で古本屋を営んでいるらしい。
それで玄関の鍵があいていた。
看板の一つも出してない。
ごく普通の一軒家の二階を間借りした部屋に、一体どんな客がくるというんだ。
大家か?
「君は小説が好きだったね。きっとこれとか好きじゃないかなあ〜。この話はね……」
押し入れに詰め込まれているのは、日頃そのへんの書店では見かけることのないような難しそうな古書ばかり。
柚吉くんの口からさらさらと流れてくる、口上、うんちく、謎のボケを聞いているうちに、ジトッとまぶたが重くなった。
まるで催眠術。
眠さに耐えられなくなった私は、勧められるがままに三冊買うとその場で崩れ落ちてしまった。
私が眠ろうが構わず何やら話しかけ続ける柚吉くんの声が、水中で聞いたようにぼやんと響く。
柚吉くんは無反応な私の尻を足の裏で揺するように蹴った。
揺れる自分の尻肉が憎らしい。
ふざけんなこの女の敵、と心の中で睨みを利かせるも柚吉くんには届かない。
動けないのに感覚だけははっきりしていて、尻に柚吉くんの足の五本の指の形をくっきり感じる。
覚えていろ。
覚えてろよ。
・
・
玄関の錠を回す音がして飛び上がるようにして起き上がる。
押し入れはきっかり閉まっていて、柚吉くんはいなかった。
眼の前には万年床と胸に抱えるほどに大きな古書が三冊、事件現場の遺体のように床に張り付いている。
「悪い、遅くなった」
夫が帰ってきたんだった。
鍵は、柚吉くんが締めていったのだろうか。
「柚吉くんから本を買った」
「そうか」
「柚吉くんこの押し入れで古本屋やってたんだけど」
「そうだよ」
そうか。
知ってたのか。
そしてそれは君にとって何でもない普通のことなんだな。
なら仕方がない。
今度は木曜日の午後じゃないときに来よう。
ほかに見た夢のメモ
結婚しているけど子供がいなかった時代だから、見たのはたぶん2007年あたり。
**
婆ちゃんがどうやってか免許もないのに車でスーパーにきていて帰れなくなって困っていた。
しかも何故か車は二台。
他に交通網もなし。
仕方がないから私が一台ずつ運転して帰るわ。乗って、と言ってみるものの土地勘なく悩ましいていう夢。
よくわからんけど起きるとすごく疲れてた。




