神様の野良子
晩秋、遠方で暮らしていた私が帰省してきているという設定の夢です。
実家の近所に野良犬ならぬ野良子がいる、とは聞いていた。
時折飯をやっていたからだろう。
両親が畑仕事に出ていて不在の時に彼らはうちを訪ねてきた。
ぺったりと額に張り付いた長い髪。
白く粉吹いた指の関節。
ささくれ。
木枯らしの吹く中、ショッキングピンクのイチゴが描いてあるパツパツのTシャツ一枚。
乾いた土が白く浮き上がっている。
「イチゴ、この人はダメだ。行こう」
少し年嵩の少年が、ピンクのTシャツから伸びた木の棒のようなイチゴの腕を引く。
少年もブルーの同じような薄手のTシャツを着ている。
シャツはやっぱりところどころ土の色をしていた。
「でも……」
「縄張りの外から来た人からはもらえない。それがルールだろ」
たしなめられたイチゴは、唇を噛み締めしぶしぶといった様子で頷いた。
こぼれ落ちそうに潤んだ大きな瞳が上目遣いに私を見る。
「ありゃあ、春日さんの子やな。春日神社の裏にある山の奥に住まっとる。最近増えたんよ、野良子。イチゴの子が来たんは最近やの」
塀の向こうから叔父が顔を出した。
「上の者がよー世話しよるぜ。えらいもんじゃわ。あの子らぁ元はどっから来よんかしらんけど、この辺の言葉やないのぉ。役場にもどないかせえ言うたんやけどな。いっこも減っりょらん」
イチゴとブルーのシャツの少年は兄妹などではあるまい。
二重の大きな瞳を持つ南国系の顔立ちのイチゴ。
ナイフで切ったように鋭い目をしたほほ骨の張った少年。
ふたりはまるで顔つきが違う。
「また来るぞ。誰っちゃおらんのやったらカーテン閉めとけ。期待さしたら可哀想なけ」
叔父が目をやったほうを見ると、五つくらいだろうか、ランニングシャツの小さな男の子がさらに小さな男の子の手を引いて歩いてきていた。
今度の子はくるくると色素の薄い赤茶けた髪をしている。
黒々として真っ直ぐなイチゴの髪とは全く質が違う。
夜になっても春日の山には火が灯らない。
戻ってきた母に聞いたら役場の人が調査に来た時、野良子は姿を見せなかったそうだ。
叔父をはじめ地区の者は皆、彼らは春日の山に住んでいると証言したが、実際春日の山のどこにも人の住まう痕跡はなかった。
そもそも春日地区の人間以外は彼らの存在を知らない。
他のどこの地区からも野良子がいるなどという話は聞いたことがない。
役場の人はそうこぼして首をかしげた。
神社のほうから降りてくるから、あれは神様の使いなのではないかという人もいた。
だから彼らは一様に礼儀正しく、畑のものには手を付けない。
生活の痕跡が見つからず、地区の外では姿を見ないのも彼らが神の使いならおかしくないと。
「そうか。あんたには見えたんな。なんでやろ……あんたがここで育ったからやろうか」
「アホなこと言うな。そんなん誰にでも見えるに決まっとるやろうが。役場の連中の探し方が甘いだけじゃ」
神の使いという話を信じているかのような母の言葉を父は鼻で笑った。
「でも私、縄張りの外の人って言われたよ。ブルーのシャツ着た男の子に」
「ふうん。縄張りなあ……」
母がおたまをくるりとすると豚汁のいい匂いが鼻をかすめた。
野良子達はどこかであったかいものにありつけているだろうか。
窓枠を掴み暗くなった外を仰ぎ見て、カーテンを閉めた。
初夢の記録から




