子供達の舞台
緞帳の下りた舞台に大道具を設置する。
新聞紙を丸めてニスを塗り、丸太に見立て組みあげた小屋だ。
位置を確認し、舞台袖で控える子供達に目くばせをする。
手作りの衣装に身を包んだ子供達が頷いて返す。
劇の始まりだ。
教員の私は舞台袖から客席へ下り、舞台の真下で見守る。
何かあればそこからサインを出すためだ。
右手に握りしめたボロボロの台本には、カラフルなアンダーライン。
普段人の顔に唾を吐きかけて回るあの子も、気に入らないと地団駄を踏み脱走を繰り返すあの子も、突如飛び跳ねCMのフレーズを叫ぶあの子も、舞台の上でライトを浴びて瞳を輝かせている。
見上げた先に映る引き締まって見える白い頬。
意志の宿る瞳。
誰一人迷いを見せない。
彼らの日常、課題は何一つ変わらないだろう。
けれどこの時、この経験が彼らを少しだけ強くすればいいと願う。
人と違う彼らの自信の削がれる機会がいかに多いことか。
そのまた逆に自身を適切に理解することのいかに困難なことか。
お願い、この舞台を誰も笑わないで……。
劇は無事に終わる。
緞帳が下り、急いで舞台袖にまわり大道具を入れ替える。
舞台になぜか肉塊が落ちている。
加工済みの大きな骨つき肉だ。
まだ熱く肉汁が床を汚している。
子供らが騒ぎ出す前に処分しよう。
そっと持ち出し、舞台袖から体育館の壁沿いを静かに歩く。
出口手前に来たところで一番後ろ手にいた、四年の子供らに気付かれる。
◯◯の交流学級の子供達。
「先生、何を持ってるの? 食べたーい」
肉塊の匂いに気づいたのだろう。
無邪気に騒ぎながら男子数人が寄ってくる。
次のクラスのステージが間も無くはじまる。
「いいから席に着きなさい。始まるよ」
声をかけた時キャップを被った男子が、手に自分の足首までの長さの刃物と白いまな板を持っているのに気づく。
どこから持ち出したのだろうか。
……と言うかそもそも何故校内にそんなものが?
子供が簡単に持ち出せるところに?
騒ぐ集団の足元でちらちら危うく揺れる刃物にひやりとする。
「これで切るといいよ」
彼はただただ親切な笑顔を浮かべ顔に向けてその長い刃を差し出した。
「……これをどこから?」
問いは空を切る。
私が刃物を受け取るや否や、次の劇を見るために彼らは良い子に席に戻ってしまったからだ。
唐突に寄ってきてはあっさりと背を向ける。
くるくると関心が移り変わる。
もう彼らの目には私はいない。
なんにしろ騒ぎにならずに済んだことにホッとし、刃物とまな板、肉塊を持って体育館を出た。
まな板と思っていたものは紙で手紙だった。
XXさんから
伝えたいことに直接触れずにそれを思い起こさせる演出をすることについて、舞台の脚本はどうだった、という感想だった。
そう、あの舞台の脚本は私が書いたものだった。
伝わっただろうか。




