横断歩道に住む三毛猫<FA: 萩尾滋さんから>
踏みたくなんかないんだけれど。
歩行者用信号が青になり、一斉に人が横断歩道に流れ込む。
ここは高速道路下の幹線道路。
横断歩道の中間地点には古代樹の幹のような太い橋脚が張り出し中央分離帯を形成している。
中央分離帯には白の勝った三毛猫が饅頭のように丸くなってどでんと居座っていた。
それはそれは健康そうなでっぷりとした白い丸だ。
左腰にはこぶし大の茶色い毛が生えている。
茶色の中には毛虫のようにひしゃげた形の黒い毛が呼吸のたびにフカフカと蠢いている。
三毛猫は密集したアリのように押し寄せる人波に怖じることなく、丸くなったまま横断歩道の中央に居座っている。
まるでそんなものなど見えていない、感じていないみたいだ。
人々は歩行とは違う角度で足を曲げ明らかに三毛猫の上を踏みつけて歩いた。
柔らかそうな白い毛が押されて引っ込み、靴の輪郭に沿って逆立つ。
それでも互いが互いを見ようとはしない。
人々はそこに三毛猫がいることを知らないみたい。
わざわざ足を上げ踏みつけて歩いているはずなのに、そんな自らの動きも認識していないかのように横断歩道を渡りきる。
同様に三毛猫の側もあれだけ踏みつけられているのに微動だにしない。
重みにつぶれたり痛がったりそういう仕草を見せることはない。
ただ柔らかな毛だけがふんわりと反応を示す。
少し凹み、逆立ち、なおる。
ここにある、と。
三毛猫の存在は、ない。
あるのに、ないのだ。
二つの世界は隔てられ認識しないのか。
では、私は。
私は横断歩道に足を踏み入れる。
そして饅頭のような三毛猫の背中の後ろに立った。




