異界で初めて出来た知人
「おーい! ルーク! いるか~! ルークや~!!! 出ておいで~!!!」
幽玄さ漂う静かな山の中を、大音量で呼ぶ声が聞こえた。こんな深い山の中、しかも魔獣がいる山の中で俺を呼ぶ奴は一人しかいない。俺は今ルークと名乗っているが、今のところその名を呼ぶのはこの大声の主だけだった。
(何だよ……せっかく、気持ちよく昼寝していたのに)
そう思いながらも、俺はねぐらから出て湖の水面に顔を出した。放っておけば益々大声で騒ぐのは既に経験済みだ。
「早く出てきてくれんと、湖に電撃お見舞いしちゃうよ!」
いい方は可愛らしくも聞こえるが、言っていることはえげつない。俺を起こすためだけに、湖の生き物の皆殺しはやめてほしいんだが。平和に共存するためにも無視するわけにもいかなかった。
「……なんだよ、デルばあちゃん」
「誰がばあちゃんだ! 失礼な! デルお姉さまとお呼び!」
そう言ってぷんぷん怒っているのは、異界で初めて知り合いになったデルだ。人のよさそうなばあちゃんに見えるが、実態は過激で傍若無人、我儘な子供のような人だ。既に六十を超えている筈だが、本人は永遠の二十一歳だと言い張って譲らない。どうせなら二十歳でいいじゃないかと言ったらそれは嫌なのだという。二十一歳に拘りがあるらしいが、聞いても教えてくれないのでそこは触れないことにしている。
彼女は魔術師で、研究に集中したいからと一人この山奥に住んでいた。聞けば異界でも魔術師が存在していて、どこにも属しない野良の魔術師もいるという。彼らは研究熱心が過ぎて、それぞれ研究に合った場所で暮らしているのだとも。デルばあちゃんもその一人だ。
「今日は何の用だよ?」
今日は朝から天気も良くて、絶好の昼寝日和だ。帝国にいた頃は睡眠時間もろくに取れない生活だったが、ここではそんな柵はない。好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時に好きな場所へ行く。正に自由そのものの生活だ。
「ああ、今日は頼みがあってね」
「それ、「今日は」じゃなくて「今日も」だろう?」
「男が細かいことをいちいち気にするんじゃないよ。そんなんじゃ女の子にモテないよ」
「女の子……」
こんな姿で女の子にどうモテろというんだ。そうは思ったが、それを言ったら会話が進まないからそこは流した。
「で? 用がないなら戻るけど?」
「ああ、お前さんの鱗が欲しくてね。一枚おくれよ」
デルの用件の殆どが俺の鱗だ。ドラゴンのこの身体は定期的に鱗が入れ替わるので、落ちた鱗を集めて渡しているのだ。勿論、言われた数より多く渡すことはしない。安売りなんぞしたら要求がエスカレートしそうで怖いからだ。デルはちゃっかり者というよりも、がめついと言った方がぴったりなのだ。
「ほらよ。これでいいか?」
最近落ちた鱗を一枚渡した。ドラゴンの鱗は一枚で金貨百枚も二百枚もするという。青みがかった銀色の鱗は陽の光を浴びてキラキラ光り、それをデルが目を細めて見つめていた。
「はぁ、あんたの鱗は何度見ても綺麗だねぇ」
デルは俺の鱗が気に入っているらしい。お礼は今日も籠いっぱいのキクルという名の果物だった。
デルとの会話で分かったが、俺はどうやらブルードラゴンになったらしい。ブルードラゴンは水辺にすむドラゴンで、泳ぎが得意なのが特徴だ。なんでブルードラゴンに? と思ったけど、意識を失ったのが川の中だったから近くにブルードラゴンがいたのかもしれないし、俺は水属性が強かったからそのせいかもしれない。まぁ、実際のところは闇の中だけど。俺がどうしてこうなったのかは、あれから半年経った今でも謎のままだった。
ブルードラゴンとして目覚めてから一月ほどは、レーレ川の関所の辺りに留まっていた。元の身体に戻る手掛かりがないか、どうしてこうなったのか、その手がかりが欲しかったからだ。
だが残念なことに、元の身体に繋がりそうな情報は何も得られなかった。俺の身体も、手にしていた杖も、着ていた服の切れ端すらも見つからなかったのだ。あそこには人間がいないから目撃者もいなかった。
それでも一縷の望みを持ってあの辺りを調べていたが、そのうち帝国の魔術師が姿を見せるようになった。ドラゴンは帝国にとって最も危険で厄介な敵だ。このまま留まっていたら、いずれ討伐隊が組まれるかもしれない。そう思った俺は、名残惜しく思いながらもあの場を後にしたのだった。




