流刑地に向かって荷馬車は揺れる
「ルーカス=アールベック。上級魔術師の地位と家名をはく奪し、魔力封じの上異界追放に処す!」
痛む全身を何とか奮い立たせて挑んだ軍法会議。
そこで俺は、全てを失った。
どこまでも青い空が広がり、白い雲は流れ、頬を撫でる風は心地いい。そんなよく晴れた昼下がり、俺は荷馬車に揺られていた。表現だけならのどかな田園風景の一コマだが、現実はそんな穏やかなもんじゃない。手足を縛られた上で、荷物のように荷台に転がされているのだから。
俺が乗っているのは農家が使うような粗末な荷馬車だ。でも、普通のそれじゃない。荷台の四方と上には立派な鉄の柵がついているのだから。そう、この馬車は囚人を護送するための専用荷馬車なのだ。
そんな馬車では、いくらうららかに晴れていようとも全く嬉しくない。小さな窪みや石でも容易に跳ね、乗る心地はこの上なく悪い。ただでさえ身体中に走る痛みが、馬車の容赦ない揺れで何倍にも増すのだ。
俺はルーカス。家名はない。数日前まではあったが、はく奪されて今じゃただのルーカスだ。いや、もうルーカスと名乗らない方がいいのかもしれない。今やルーカス=アールベックは大罪人なのだから。先日まで上級魔術師として誰もが羨む帝国魔術師の特別部隊に所属していたというのに、今じゃこの体たらくだ。
しかも今の俺は、顔と上半身の左半分に焼けただれたような傷を負い、じくじくと絶え間ない痛みを生み出していた。左半身には麻痺が残って思うように動かず、歩くことすらおぼつかない。こんな身体で、しかも魔封じまでされては、生きていける自信が全くない。
(はぁ……いっそ殺してくれりゃいいのに)
身体を走る痛みに耐えながら、心の中で悪態をついた。そうは思うが、わかっている。大罪人なら処刑すればいいじゃないかと思うが、これはあいつらの最大限の嫌がらせなのだ。ろくに動かせない身体で、醜い姿で、得意の魔術を使うことも出来ないまま、惨めに野垂れ死にしろと言っているのだ。
「あ~あ、こんないい天気に囚人運びかよ。やってらんねぇなぁ」
「まぁ、そういうなよ。雨だったらもっと嫌だろうが」
「屋根がねぇもんな。ちげぇねぇ」
下っ端らしい騎士二人が御者席でぼやくのが聞こえた。先日までは英雄だなんだと持て囃されたりもしたが、今ではこんな下っ端の騎士にまでお荷物扱いされる有様だ。
「レーレ川の関所かぁ。遠いなぁ」
「ああ。しかもこの馬車だ。尻が痛くなっちまうよ」
「魔術師なんだろ? 移転で送ればいいのになぁ」
彼らの話から、自分がどこに向かっているかがようやくわかった。レーレ川と言えば帝国の東側から南に向かって流れる大河の一つだ。そこの関所までどれくらいかかるのか、俺にはわからない。これもあいつらの嫌がらせなのだろう。
(あ~あ、この青い空も見納めか……)
仰向けになって、目の前に広がる青い空を眺めた。降り注ぐ日差しも、どこまでも澄んだ青い空も、もうこれで見納めだと思うと急に惜しく思えた。
異界は太陽の日差しが届かず、常にどんよりとした紫色の厚い雲に覆われていると聞く。紫色の雲は濃い魔素が原因らしい。魔素はこの世界を構成する要素の一つで俺たちの身体の中にも存在しているし、俺たち魔術師が魔術を使えるのもこの魔素があるからだ。だが異界はあまりにも魔素が濃すぎて人が住めないと言われている。高濃度の魔素で凶暴に進化した魔獣が住む世界だ。
(異界、か……本当に行く事になるとはなぁ……)
いつかはこんな日が来るかもしれないと思ったこともあったが、現実になるとは思わなかった。魔力量が豊富で十五歳で魔術師に、十八歳で上級魔術師になった俺だったが、男爵家の生まれという低い身分が仇になった。しかも超が付く貧乏だ。
お陰で上位貴族の連中に煙たがられ、一方でいいように利用されてきた。それこそ休みなしで働いた。どんな理不尽な命令でもなんとかこなした。俺がやったことを自分たちの功績として帝国に報告していたから、俺を切り捨てるとは思わなかった。そうなれば困るのは彼らの方だったからだ。
(甘かったな……俺の人生、なんだったんだ……?)
そう思ったが、今更どうになるわけでもない。痛みに耐えながら、俺は青い空を目に焼き付けるように見続けた。




