85 下校と半分こ
ポケポケの連勝イベントに時間を盗まれてました
普段の更新タイミングに間に合ってホッとしてます
85話、お願いします
高校一年生としての生活も後期に入った十月のある朝。
届いた一通のメッセージがこの何でもない日を特別なものに変えた。
いつもとなんら変わらない調子で朝食を取っていたところ、スマホが震えた。見ると、メッセージアプリのアイコンに赤色に包まれた『1』の文字が表示されていた。
アプリを開くと、一番上に表示されたのは「杉山祐市」───千波のお父さんの名前だった。
『やあ佑君。朝からすまない。君に大事な話があって連絡されてもらうよ』
祐市さんとのトーク画面を開くと、こんなメッセージが表示された。
大事な話って何だろう、と首を傾げ、箸でおかずの卵焼きを掴んだまま固まっていると、追加のメッセージがやってきた。
『五月末の事、覚えてるかな? 日が短い時期の金曜日だけ娘と一緒に帰ってくれるという約束の事だよ。もう十月だし、部活後には薄暗いから今日から頼んでもいいかな? よろしく頼むよ』
あぁ、そんな約束をしたような──────なんて事にはなるはずがなかった。むしろ常に頭の端っこにずっと居座っていたのだ。
先日の下校時に日が短くなってきている事に気づいてからは、こうして改めて頼まれる前から勝手に少し緊張していた。
親公認で千波と一緒に確実に下校できるというのは正直かなり魅力的だが、それには下校中にしっかりと会話を繋げるのかという不安も伴っている。
だって俺、あんまり喋るの得意じゃないし。
まあ、今日からしばらくは金曜日だけではあるが一緒に下校することが決まったわけだし、上手くやらないとな。
そう決心すると、止まっていた箸を再動して朝食の残りを掻き込んだ。
今日は千波と一緒に下校するのか、何かしらの話題を持参して無言で家に向かうだけのつまらない時間にならないようにしないと、と考えているうちに今日の授業は終了した。
正直、授業の内容はほとんど頭に入っていない。脳死で黒板を写していたノートを見た感じではどうやら余弦定理をどうにかしていたようだが。
その後の部活も頭の中の大半を千波に支配されながら行なった。千波と何を話すかなどに思考を囚われていたおかげで妙に力が抜けて、良いプレーができたのがなんだか可笑しかった。
そして迎えた下校の時間。
楽器の片付けなど、手間がかかる吹奏楽部よりも早く部活を終えた俺は、夕日が地平線───ではなく、市役所が何かの少し大きめの建物の影に沈んでいくのを駐輪場でぼーっと眺めていると、鈴を転がしたような柔らかい声音が耳を打った。
「ごめん、待たせちゃった。部活の片付けが長引いちゃって」
すぐに声の方に顔を向けると、『想い人』の姿を捉えた。
「大丈夫。この後に予定があるわけでもないし」
緊張を悟られないように平静を装ってそう返すと、千波は柔らかい笑みを浮かべながら小さく「ありがと」と呟き、自転車を解錠して乗り込んだ。
「じゃあ、帰ろうか」
俺がそう言うと千波はこくっと頷き、俺達はペダルを踏み締めると、一緒に校門をくぐった。
とりあえず無難に気候についての話を軽くしながら進んでいくと、会話が途切れたところで丁度信号に引っかかった。
ひゅっ、と一瞬吹いた少し冷たい風を受け、千波が「う、さむ」と呟く。千波は春秋用の薄手の長袖セーラー服の上にカーディガンを羽織っていて、上半身の防御はばっちりだが、校則で女子はスカートを穿かないといけないとされているので、どうしても下半身が寒そうだ。
そんなことを考えながら次の話題である「最近注目されている不味そうに見えておいしい不思議なスイーツ」について口にしようとすると、ポケットの中に入れてあるスマホが震えた。
俺達の進行方向に垂直に交わる道の歩行者信号に目を向ける。うん、まだ点滅してないからいける。
そう判断すると、一瞬スマホに目を落とす。
届いていた通知は予想通り俺宛てのメッセージであり、「牛乳買い忘れたから帰りにコンビニ寄って買ってきて」という親からのおつかいの依頼だった。
「ごめん、千波。あとでちょっとコンビニ寄っていい? 親が牛乳買ってこいって」
「あ、おっけー!」
俺が急遽入った予定について話すと、千波は左手でOKサインを作ってこちらに向けてくる。うぅ、こういうちょっとした仕草がめっちゃ可愛いんだよなぁ。
信号を超えて少し行った所にあるコンビニに立ち寄り、すぐに奥の冷蔵の棚に向かう。幸いにもちゃんと安い牛乳を取り扱っていた。
牛乳一本を手にレジに向かい、スマホでQR決済をする。こういうちょっとした買い物の時に財布を出さずに済むのは便利だ。
「おまたせ、帰ろう」
俺が牛乳を買う間、コンビニの扉の近くで待っていてくれた千波に声をかけて帰ろうとすると、千波が両手で大事そうに白い物体を持っていることに気づいた。そこからはもくもくと湯気が立ち昇っている。肉まんか?
「千波、それ買ったの?」
「うん、寒かったからついあんまん買っちゃった」
あんまんだった。可愛いかよ。
「でも、夕食前に食べて大丈夫?」
こんな事口出しするべきではないだろうけど、少し気になってしまってつい訊いてしまった。
すると、千波がこんなことを言う。
「ん〜、大丈夫じゃないかも」
その回答を受け、「え?」と戸惑っていると、だから、と呟きながらあんまんに手をかける。
「半分、あげる」
そして、真ん中辺りで綺麗に割られたあんまんが俺の前に差し出された。
困惑しながら受け取ると、千波は俺に渡した後にすぐ、自分の分にかじりついた。
「ん〜美味しいっ」
ああ、くそ、可愛い。
でもそれどころじゃない。これって本当にまるで……。
そんな良くない思考を振り払うように俺も掌に収まっている半分にかぶりつく。
「あ、美味い」
思わずそう呟くと、千波が笑顔で「でしょ〜」と語りかけてきた。
その後の事はあまり覚えていない。
千波による『半分こ』のせいで用意してきた話題もどこかに行ってしまった。
ただ、胸の奥に残る千波から貰ったあんまんの温もりの余韻だけははっきりと覚えていた。
読んでいただきありがとうございました!
「○○まん」が美味しい時期ですね!
たくさん食べましょう!
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