68 文化祭マジック
68話です!
今回は杏実パートから!
よろしくお願いします!
私は今日も『アート』での団パネル作製に精を出していた。
途中、大喜の肘の怪我の手当てをするという出来事もあって作業の手を止めたりもしていたけど、お母さんに連れられて帰っていく背中を見届けてからはまた仕事に戻った。
私や友達、つまり一年生に回ってくる作業はかなりシンプルで、三年生が描いた下書きの通りにマジックペンでなぞったり、絵の具を使って指定された通りに色を塗ったりするだけ。だから意外と暇な時間が多くて、友達と雑談をすることも多い。
今日も大喜の帰りを見送った後に少し作業をしたら回ってきていた分の仕事が終わり、雑談タイムに突入した。
「やっぱり文化祭マジックって本当にあるのかな? 今度の学校祭のどこかで好きな子に告白するって友達が言ってたんだけど」
今日の雑談はそんな一言から始まった。いつもは流行りのお菓子の話や音楽の話なんかが多かったから、急に恋愛の話題になって、別に私のことを指している訳でもないのに、不覚にもドキッとしてしまう。
それにしても文化祭マジックか〜……ちょっと気になっちゃうなぁ。
そんなことを思っていると、別の友達が言う。
「文化祭マジック? あるよ。今の彼氏と付き合いだしたの中三の時の文化祭だったから」
「え、何それ詳しく」
初耳情報が飛び出してきて思わずそれに飛びついてしまうと、杏実ちゃん食いつくね〜、なんて笑いながら話してくれた。
「去年の文化祭の出し物でね、好きな人と同じグループになったの。それで、色々一緒に準備したりとかで距離詰めて、文化祭の最後に告ったらオーケー貰えたの!」
言い終えた後に、キャー恥ずかしい、なんて言いながら顔を覆う友達を見て、私もそんな甘酸っぱい体験をしてみたいという気持ちが高まっていくのを感じた。でもそんな事する勇気なんて持ち合わせてないしな……。
そんなもどかしさを胸に秘めたまま、私は雑談を続けた。
家に帰ってからも、私の胸には今日友達から聞いた話がしっかりとした重さで残っていた。頭に浮かぶ顔は、もちろん『想い人』の碧君。
自分にはまだそんな勇気はないし、告白して成功できるほどの好感度を積み上げられているとも思わないけど、動くなら今なのではないか、と囁く声も聞こえる。
このもどかしさを誰かに話したくて、私はメッセージアプリを開いてその中にある一つのアイコンを、話せるのはこの人しかいない、とタップ、電話をかけた。
順調に進んでいく『展示』の準備を受け、俺は上機嫌で家に帰っていた。この調子なら大分余裕を持って完成させれそうだ。
そう思いながら家に到着し、部屋で着替えているとスマホから着信音が鳴った。着信元は……杏実さん?
メッセージのやり取りをすることは少なくないけど、電話とは珍しい。何かあったんだろうか。
とりあえず電話に出てみると、いつもの元気な声から少しトーンを落として真面目な雰囲気を感じさせる声が聞こえた。
「杏実さん、なんかあった?」
「今日友達との雑談で「文化祭マジック」って話題が出て──────」
そうして、俺は丁寧に説明してくれる杏実さんの声に真剣に耳を傾けた。
「───って感じなんだけど、私はどうするべきなのかな?」
杏実さんの話を聞き終え、浮かんだ感想は一つ。いや二つ。文化祭マジックって実在したのか……。そして、画面の向こうの杏実さんは勢いで色々喋って顔真っ赤になってるんだろうなぁ。って違う違う、今はそんな事考えてる場合じゃない。
今考えないといけないのは杏実さんが今どうするべきかだ。杏実さんの懸念は勇気と好感度か……。でも正直言って……。いや、ここで言葉を濁すべきじゃないな。思ったことを一回そのまま伝えてみよう。
「杏実さん自身の勇気についてはもう頑張れ、としか言えないけど、好感度に関しては……正直、全然大丈夫だと俺は思うよ」
「え?」
驚いたような声が返ってくる。俺はそれを聞きながら言葉を続ける。
「だって、一緒にプールも花火大会も行ってるんだし。自己評価低すぎるのも良くないよ?」
「そう、なのかな」
「うん。まあ、気持ちが固まりきってないのに動くのは良くないと思うから、焦りすぎず。告白するなら手伝えることは手伝うし」
「……うん。ありがと」
その一言を最後に電話が切れた。心なしか、最後の一言のトーンはいつもの明るいものに近づいているように感じた。
それにしても、杏実さんの気持ちがあそこまで動いているとは。
…………文化祭マジックか。俺も千波に向かって動き出すべきなのかな。いやでも焦って動くのは良くないしな……。
そうして、俺も「文化祭マジック」という概念に頭を悩まされていった。
そして翌日。
いつもの如く、『展示』の準備に赴くと、旧校舎の倉庫から資材を持ってくるように先輩から指示され、旧校舎へと向かった。
到着すると、人気の無い場所のはずが話し声が聞こえ、思わず声の出所を探してしまう。
そして、覗いた教室にあった人影と、話している内容に驚き、俺は思わず息を潜めて隠れてしまった。
「お前、今の彼女にどうやって告白した?」
あれは……大喜、だよな? こんなとこで恋バナ?
「どうやってって……俺告られた側だからなんとも。ただ、去年の文化祭で告られて、その時の雰囲気でオーケーしたって感じ。あれだよあれ、文化祭マジックってやつだよ多分」
「あー、なるほど。文化祭マジックね……。ありがとな」
俺が聞いているなんて知るはずもなく、どんどん会話が進んでいく。
「それにしても、お前がこの手の話題振るとか珍しいな。好きな子でもできたか?」
「まあな。うん、今の話聞いて決心した。……俺、体育祭の後に幼馴染に告白する」
「幼馴染って……確か吹部の三柴、だっけ」
「ああ」
今の会話を聞いた俺は、音を立てずに思わずその場を離れていた。
え……? 大喜が杏実さんに告白する……? そして杏実さんは杏実さんで碧への告白を検討中……? これ、やばいんじゃ……。
大喜がいた教室から離れた誰もいない教室で、俺は一人、立ち尽くして何度も何度も今の出来事を反芻していた。
読んでいただきありがとうございました!
学校祭、動かないはずもなく。
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