55 帰りの電車
プールダブルデート編終幕の55話です!
よろしくお願いします!
『奥の方の飴細工の屋台にて杏実発見。待ってるから来て』
千波とはぐれないように手を握り合いながら人混みを掻き分けていたところ、唐突にスマホが震えたので一旦道の端に寄って足を止め、空いている片手でスマホを開くと、碧からのこんなメッセージが現れた。
少し前に杏実さんからもメッセージが来ていたが、それにも「飴細工の屋台」と書いてあったから、多分同じ位置に留まっているのだろう。
了解のメッセージを送ろうとしたが、電波が悪くて送信に失敗した。仕方ない、これなら連絡する前に歩いて合流する方が早そうだ。幸いにも、少し前に来ていた杏実さんからのメッセージを受けて飴細工の屋台を目指していたしな。
「千波、もう少し歩くけど大丈夫?」
「もう、佑は心配しすぎ。全然大丈夫だから気にしないでよ」
「いや、そう言われても………。怪我してすぐの様子を見ちゃうとね……」
「……………」
あの時の事はあまり触れられたくないらしく、不満気なジト目でじっと見つめられた。可愛すぎて死ぬかと思った。
変に触れてあまり不機嫌になられても困るので、あの時の事を掘り返すのは止め、杏実さんと碧を目指して再び歩く。その際に千波の手をしっかりと握るのを忘れない。この人混みで分断されると流石に困るからな。
千波を連れて進んでいくと、途中で鳥の形の飴細工を手に、嬉しそうにはしゃぐ小学生の女の子とすれ違った。ということは、近くに飴細工の屋台があるのか?
そう思って辺りを見渡していると、千波が腕を引っ張って主張した。
「佑、あれ」
千波が指差した方を見ると、のれんに「飴細工」と書かれた屋台、そしてこちらに向かってぶんぶんと手を振る俺の『推し』とその『想い人』がいた。
「ごめんね、二人とも。千波ちゃんの怪我とか全然考えずに一人で先走っちゃって」
俺達の姿を見るなり開口一番、謝罪の意を述べた。
俺と千波の二人が軽く許すと、杏実さんは謝り足りないらしく、さらに謝罪を続けようとするが碧が間に割って入る。
「謝りすぎも良くないぞ、杏実。二人が許すって言ってるんだから、今回はこれで終わりにしときな」
その言葉を受け、杏実さんが引き下がって一件落着。話題は次へと進む。
「これからどうする? まだ祭り回る?」
そう尋ねると、俺の後ろにいた千波が俺の左手首の腕時計を覗き込みながら答える。
「私、六時くらいには帰るって家族に言っちゃったからそろそろ帰らないと……」
俺も時計を見てみると気づけば五時を回っていた。
ここから電車で最寄り駅まで帰ると考えると三十分くらいかかるはずだから、確かにそろそろ帰らないとまずいな。
「じゃあ、みんなで電車に乗って帰るか。まだ残りたい人いるならここで解散にするけど」
すると、俺の言葉に杏実さんが挙手。
「私のお母さんが丁度こっちの方に出かけに来てるみたいだから、私はお母さんの車で帰ろうかなって」
「なるほどね。じゃあここで解散にして、俺と碧と千波の三人で駅に行くか」
俺がそう結論づけた時、「待って」と碧が口を挟んだ。
「杏実の話を聞くに、お母さんは近くにいるだけでここにいる訳ではなくて連絡して迎えに来てもらうって感じっぽいけど合ってる?」
杏実さんが軽く首を縦に振るのを見た碧が言葉を続ける。
「じゃあ、俺も杏実のお母さんが来るまで待つよ。さっきみたいに何かあったら困るし」
「えっ、でも」
「いいからいいから。って訳で、佑と千波はここでお別れだな。じゃ、またな」
碧が今日の別れを切り出すと、口々にそれに応える。
「ん、またな」
「またね」
「またね〜〜!!」
そんなやりとりを経て、俺と千波は碧と杏実さんに背を向け、駅へと向かった。
駅に着くと、いいタイミングで電車がやってきたので二人でそれに乗り込む。
帰宅ラッシュの時間なのに、夏休み中ということもあってかローカル線はガラガラだった。
横並びのシートに二人で座り、今日の思い出をぽつぽつと語りながら電車に揺られた。
千波は足が長いので、こうして並んで座ると普段の身長差が逆転し、俺の目線の方が高くなる。
なんだか新鮮だ、と思いながら会話をしていると、途中で返答が聞こえなくなり、代わりに柔らかで少しくすぐったい感触が右肩に生まれた。
千波が、俺の右肩に全てを預けながら寝息を立てていた。
一瞬、かなりドキッとさせられたが、今日あった事を考えると納得する。
そうだよな、疲れたよな。途中からはずっと片脚を庇いながらの移動だったし。
そんなことを思いながら、美しい寝顔を眺めていると、思わず手を出してしまいそうになる。
ダメだダメだと自分に言い聞かせ、理性を保つ。
そんな風に自分と戦っていると、千波の口が小さく動いたのを捉えた。そして──────
「むにゃ……たすく………ありがと。すき、だよ……」
───寝ている美少女の口から、とんでもない一言がこぼれ落ちたのを俺の耳は聞き逃さなかった。
寝言だってのは分かってる。でも、無意識のうちに出ている言葉なのだから、本音に近い可能性もあるよな……。
心当たりもある。たまに俺と話している時の千波は、なんとなく照れていたり、少し赤面している事もあった。今日手を繋いだ時もそうだった。
あるのか?『両想い』の可能性。
いやでもまさかこんな美少女に俺が好かれてるなんてありえるのか?
そんな事を延々と考えているうちに電車は進み、気づけばもう最寄り駅。千波を起こさないと。話しかけながら肩をゆする。
「千波、着いたよ。起きて」
「むにゃ…」
話しかけても覚醒する気配が一向に無いので、仕方なくまだ半分寝ている千波の手を取り、とりあえずホームに移動する。寝ぼけているのか、俺の右手に全身で抱きついてきて、かなり慌てさせられた。
駅員さんに微笑ましいものを見る視線を向けられながら改札口を出ると、見知った顔が待っていた。
「ありがとう佑君。うちの娘を送ってきてくれて」
急に千波のお父さんに話しかけられ、驚いていると、説明してくれた。
「娘から連絡を受けていてね。なんでも、脚を痛めたらしいね。だから、娘と自転車を車で回収しにきたんだよ」
説明を聞きながら移動すると、一台の車の前に到着した。
「これが私の車だ。さ、娘は預かるよ」
言われた通りに後ろの席に千波を座らせると、ドアが閉まる。そして、真正面から千波の父親と向き合うと、改めて感謝を告げられた。
「今日はうちの娘の面倒を見てくれてありがとう。ちょっとめんどくさい娘だが、今後も良くしてやってほしい」
「いえいえ、こちらこそお世話になってるので。こちらこそよろしくお願いします」
俺の言葉を聞くと、千波のお父さんはなにやら満足した様子で車に乗り込んだ。
そして、俺に手を振りながら車を発進させた。
それをしっかりと見届けた後、千波の寝言の真意について考えながら自転車に跨り、家へと向かった。
ずっと俺が届かない片想いだと思っていたものが、本当は両想いかもしれないという事実に頭の中を完全に支配されていた。
読んでいただきありがとうございました!
これにてプールダブルデート編終幕です!!
いやー、長い一日でした。一日経つのに一ヶ月半ほどかかりましたからね。
だけど、まだ『夏』は終わらないし、『恋路』も続いていくので今後ともよろしくお願いします!
ps 4000pvありがとうございました!
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