２２　それぞれの部活動

　球技大会から数日が経つと、あの新聞の記事の影響も薄まり、廊下を歩いていても周りから何か囁かれるということもなくなったので、俺は今まで通り普通の生活に戻ることができた。

　あの記事が出てから数日は廊下を移動する度に周囲がざわついたので移動という行為自体が億劫になっていたし、周りに迷惑をかける恐れもあったため、ここ数日は部活動への参加を休ませてもらっていたが、今日からはまた参加できそうだ。

　放課後になると、久しぶりの部活動に心を踊らせながら、実際に体も少し踊らせて体育館へと向かった。

　体育館に着くと、部活で新たに出来た友達───田中(たなか)壮眞(そうま)に声をかけられる。

「お、今日は来たんだね、佑」

「うん、来たよ、壮眞。流石に何日も部活休むと体鈍るしね」

「じゃあ、いつも通り僕とラリー練習してくれる？」

「もちろん」

　壮眞は部活動見学の際に俺が見かけた癖っ毛の男子。部活動に初参加した際に発見し、俺が話しかけたのが仲良くなったきっかけだ。

　それ以来、卓球の練習は壮眞とよく行っている。

　部活動見学の際に卓球部を真剣に見ていただけあって卓球に対してある程度の熱量を持っているため、ちゃんと卓球を練習して上手くなりたいと思っている俺との相性が良いのだ。

　いつものようにフォア、バックのラケットの両面を使ってラリーの練習を始めるが、やはり数日休んだ影響かミスが多い。しかし、それもしばらくラリーを続けていくうちに安定していく。

　ここ、北燈高校の卓球部はしっかりと練習メニューが決まっているわけではなく、部員が自分で自由に何を練習するかを決めるという方針を取っている。なので、俺と壮眞は基礎練習であるラリーを終えると、攻撃技術であるドライブの練習を始めた。

　しかし、ドライブもやはり中々安定しない。これも数日休んだ影響だろうか。

　普通のラリーと違って、ドライブはしばらく続けても安定に繋がらず、苦戦していると、先輩に声をかけられる。

「佑〜、もうちょい力抜けよー」

　今、アドバイスをくれた先輩こそが部活動見学の際に俺が憧れた先輩───小森(こもり)夏樹(なつき)先輩である。

　あの時見た通り、この人はとても卓球が上手い。たまにくれるアドバイスも的確で、さらに明るい性格で誰とでも仲が良い、最高の人だ。

「あ、夏樹先輩、アドバイスありがとうございます」

と返すと、再び練習を再開。先輩の言ってくれたことを意識してボールを打つと、さっきまでとは違い、綺麗な孤を描いたボールが卓球台に落ちる。

　そうか、さっきまでは力が入りすぎてたのか。やっぱあの人は周りをよく見てくれている。

　ああして、アドバイスをくれる存在が部内にいてくれるのは本当にありがたいな。

　そう思いながら練習に集中していると、今度は別の部員から声をかけられる。

「佑、そろそろ交代の時間だぞ」

「あ、もうそんな時間か。教えてくれてありがと」

　そう、この部活には良い先輩の存在など、良い点と共に、深刻な欠点も存在している。

　それは、卓球台の少なさ。

　女子も同時に練習をしているため、男子が使えるのは四台のみ。これでは、それなりに部員が多い卓球部の全員が同時に練習をすることができない。なので、俺達は数十分ごとに一つの台を交代で使っている。

　声をかけられた俺と壮眞はすぐに卓球台を離れる。

　卓球台が使えない時間は筋トレや素振りなどの自主練習時間となる。その時間を俺はランニングに当てている。何せ、基礎体力が低いので。

　たまに俺に付き合ってランニングをしてくれる人もいるが、基本的にみんなランニングは嫌いらしく大抵は一人で走っている。

　先ほども一応壮眞を誘ってみたが「僕は素振りをするよ」と断られてしまった。

　なので、今日も一人で体育館の外へ出てランニングを始めた。

　いつも通り、一周一キロメートルのコースを二周すると、クールダウンで歩いて一周する。

　最近はこまめにランニングをし始めた効果が出ているのかあまり疲れなくなってきた。

　俺がランニングをする理由は、基礎体力をつけるためというのが主となっているが、千波に良く思われたいというのも少しある。やっぱ体力ない奴よりもある奴の方がかっこいいでしょ。いや、俺が体力ある奴だってことを知ってもらう機会なんかいつ訪れるんだって話だけど。

　そんなことを考えながら走り終え、クールダウンでコースを歩いていると、丁度テニス部で練習している碧と遭遇する。

「お、今日もまた一人で走ってるのか佑」

「ああ、生憎と今日も一人だよ。まあ、しばらく部活休んでたから「また」って程でもないけど。碧は部活順調？」

　そう尋ねると、活発な声が返ってくる。

「もちろん。高校に入ってから初めてテニスやったけど、思ったより上手くいってる」

「お、そりゃすごいな」

　そう言いつつ腕に付けている時計を見ると、思ったより時間が経っていた。もうしばらくすれば、また卓球台が使える時間になる。なので、碧との会話は一旦ここで切り上げることにした。

「じゃあそろそろ俺は体育館に戻るよ。部活、頑張れよ」

「佑もな」

　会話を終えて体育館に行くと、丁度交代の時間となったため、再びラケットを手に、練習に励んだ。

　一方、吹奏楽部。

　私───千波はいつものようにとある教室の窓際の席に座り、管楽器の練習をしていた。

　北燈高校吹奏楽部は平日は各々が自分のパートを練習し、休日の部活で合わせる、という方針を取っている。

　また、平日の練習は音が混ざらないようにそれぞれが複数の空き教室にばらけて練習することとなっている。

　そのため、ほとんどの部員は日によって使う教室を変えているが、私は常に同じ教室の同じ席を使っている。なぜならその席からは外が───ランニングコースを走る佑が見えるから。

　さらに、私の隣の席には常に杏実ちゃんの姿がある。この席からはテニス部の練習も───杏実ちゃんの好きな人の姿も見えるためらしい。

　今日も杏実ちゃんと二人で練習していると、練習場所を探しているらしい先輩が顔を出した。先に私達がいるのを見た先輩が呟く。

「あ、今日も二人ともここにいるんだ。いつもここにいるけど、この教室何かあるの？」

　そう聞かれた私達は声を揃えて答える。

「「ここ、風が気持ちいいんです」」

　もちろん建前。

　私も杏実ちゃんも好きな人が見えるからである。

　結局、先輩はもっと人が少ない教室を探してどこかへ行った。それを見届けた私達は会話を始める。

「そういえば、最近佑が外を走ってるの見かけないんだけど、杏実ちゃん何か知らない？」

「あー、なんか、学校新聞に大きく載った影響で校内だと目立ってるからしばらく部活休んでるんだって。でも、今日から復帰するって言ってたような気がするな」

　それを聞いて、私は大いに驚いた。クラスが違うから知らなかったけど、あの新聞記事の影響がそんなに出ていたんだ。あの新聞は新聞部に頼んで五部ほどコピーしてもらったなぁ。こんなこと誰にも話せないけど。

　それにしても今日から復活なんだ。そう思っていると、テニスボールを打っている好きな子を見るために外を眺めていた杏実ちゃんが声をあげる。

「あ、佑君出てきたよ」

　それを聞いた瞬間に視線が外へと吸い寄せられる。

　いつものようにランニングコースを爽やかに駆ける佑の姿は普通の運動神経の良い男子のようだった。中学までのほとんど目立たないような男子だった姿とは似てもつかない。

　ランニングをする佑を見ていると、走るフォームが綺麗だな、かっこいいな、という感想と共に一つの疑問が浮かぶ。

　何であんなに佑は頑張るのだろうか。

　他の卓球部の子がランニングをしているのは基本的に見ないので、ランニングで鍛えられる力はきっと卓球に必須な能力ではないんだろう。だから、佑が頑張る原動力は分からない。

　でも、ただひたむきに頑張る佑の姿は輝いて見えた。

　そんな佑にエールを送るように、手に持っていた管楽器を奏でた。