139 杏実と初キス
ラストスパートの連続更新!
二話にわたって非メインキャラ二名にスポットを当ててきましたが、とうとういつもの四人のターンとなります!
ラスト二話です!
私、三柴杏実には、碧君と付き合いだしてからずっと胸の奥に秘めている悩み事がある。それは──────碧君がキスしてくれない事。
良くない偏見かもしれないけど、こういうのは男の子からしてくれるものだと私は思ってるし、私が自分からキスを持ち掛けるのはなんだかガツガツしてるように捉えられそうで、中々踏み出せない。あと、多分普通に恥ずかしさからというのもあると思う。
自分からキスをする気がないのなら、相手がその気になるまで待てばいいって正論が飛んできそうな気もするけど、もう付き合って半年。そろそろ進展が欲しいな、と少し欲張りな私は思ってしまう。
だけど、わざわさそれを直接碧君に伝えるのもあからさますぎて気が引けるし、かといってそれとなく伝えるのも私は苦手だから、どうするべきか答えが出ない。
そう悩んでいると、ふと碧君と付き合う前の悶々としていた時期のことを思い出す。
あの時は結局一人では中々行動を起こせなかったから佑君達に相談して、時には手助けしてもらって──────あ。
そこまで考えて、私はようやく現状を打破する策を思いついた。
千波ちゃんという超絶美少女の彼女がいる相手にこういう相談をするのはすごく申し訳ないけど、機を見計らって佑君に相談してみよう。
プールで楽しむ中そう心に決めた直後、いきなり絶好の機会が訪れる。
碧君が「ちょっと水分補給」と更衣室に置いてきた水筒のお茶を飲むために場を離れると、千波ちゃんは碧君を待つ間にお手洗いへ。佑君と二人きりになる。
キスをしたいけどどうすればいいか分からない、なんて相談を異性にするのは本来恥ずかしがって然るべき案件のはずなのに、佑君には今までに色んな恥を曝け出してきたので特に緊張することもなく、周りに聞いている人がいないかだけちゃんと確認するとするりと言葉が口から滑り落ちる。
「ねえ、佑君。碧君と……キスしたいんだけど、どうすればいいかな?」
プールを満喫している最中、碧と千波が一時的に場を離れたタイミングで俺に杏実さんが話しかけてきた内容は、あのバレンタイン以来の恋愛関連の相談、しかも「キス」という単語まで飛び出してきて、俺は頼ってくれた嬉しさと同時に少し戸惑いも感じていた。
なぜなら、俺もキスの経験は無いから。
だけど、せっかく『推し』が相談してくれたのに「分かんない」の一言で済ませたくはない。そもそもこういった内容のものに答えは無いから、きっと杏実さんが求めているのは『模範解答』じゃなくて男子がキスについてどう思っているか、といったものだと思う。
それなら答えられるかもしれない。それに、俺自身も今までちゃんと「キス」について考えたことは無かったし、いつか千波とすることになった時のためにも自分の考えを一旦まとめてみてもいいかもしれない。
そう思い、俺は自分がキスについてどう思っているかをぽつぽつと語ることにした。
「まずそもそもだけど、俺は女の子の方から積極的にキスしようとするのはガツガツしてるとは思わないよ。むしろそうやって一つの形として気持ちを伝えてくれて嬉しいって思う」
「え、そういうものなの?」
「あくまでも俺はだけどね。あとはシチュエーションだけど、それも特にこだわりがある人はいないと思う。「キスしよ」って言って雰囲気作ってからするのも、不意打ちみたいに急にするのも、綺麗な夜景を見ながらするのも、普通の通学路でするのも、どれも嬉しい」
頭に浮かんだことを一息で一気に言い切り、杏実さんの顔を見ると、一気に色々言われて整理しきれていないような顔と、俺の言った内容にどこか納得したような顔が半々で混ざったような表情を浮かべていたので、俺は最後に一言付け足す。
「まあ、色々言ったけど結局は「好き」って気持ちがこもってれば大丈夫だよ。きっと杏実さんの気持ちも伝わると思う」
「そっか、うん、そうだよね。ありがと、ちょっと勇気出た!」
俺が話した内容に満足いくものがあったのか、杏実さんは少し声を弾ませてそう言うと、はっと思い出したようにもう一度こちらに向き直して口を開く。
「ちなみにだけど、佑君はもう千波ちゃんとしたの?」
杏実さんの言った「した」が何を指しているかは明白で、俺にとっても目下の悩みというか目標の一つなので、俺は苦笑いしながら少し声を顰めて答える。
「俺も、まだ」
すると、杏実さんはそれを聞いてくすりと笑い、どこまでもまっすぐに言う。
「じゃあ、お互い頑張らないとね」
その言葉に俺が小さな動作で首肯すると、とたとたという足音と共に千波が戻ってきて、続けて碧も帰ってくる。
「二人とも、何話してたの?」
本当にただの興味本位からのものだったのだろうけど、千波に中々答えづらいところを突かれ、その質問をどう捌くべきかとちらりと杏実さんを見ると、任せろと言わんばかりの力強い表情が返ってくる。
「佑君とはね、この後何しようって話してたんだよ! それでね、次はウォータースライダーとかどうだろうって」
その表情のまま、まるで本当にそう話してたんじゃないかと思わせられるテンションで杏実さんが言うと、碧と千波もそれに釣られてまっすぐに賛同する。
そしてそのまま次の目的地はウォータースライダーに決まり、俺達はまたゆっくりと歩きだした。
直後、杏実さんが俺にしか分からない角度で自慢げに視線を向けてくるので、さっきのフォローに感謝しながら親指だけを立てた右手を小さく杏実さんに向けておいた。
歩くこと数分、私達が到着したウォータースライダーは去年乗ったものとはまた違い、二人乗りのゴムボートに乗って曲がりくねった坂道を下っていくもの。
去年から存在自体は知っていたけど、まだ付き合ってなかったので二人乗りをするのは恥ずかしく、自然に敬遠したものだ。
だけど今回はカップル二組ということで自然とそっちに足が動いていった。
運が良いことに私達が到着した時はほとんど並んでいなくて、あっさりと乗り場に案内された。
移動しながら私達と千波ちゃん達のどちらから乗るかを話し、結局じゃんけんで順番を決めると、千波ちゃんと佑君が先で私と碧君が後になった。
乗り場に着くと、雪だるまのような形のボートと対面。すぐに先手の二人が乗り込み、後ろに座った佑君の目立たないけど程よく鍛えられた腹筋の辺りに千波ちゃんの頭が乗っかるような形になった。あれ、意外と近いな……。
ちゃんと座れていることを係の人が確認すると、ゆっくりとボートが坂に押し出され、強がっているけど意外とこういうのが苦手な千波ちゃんの悲鳴と普通に絶叫系が好きらしい佑君の歓声が入り混じった声と共に二人の姿が消えていった。
そしてしばらくすると係の人に無線通信、恐らく千波ちゃん達が下に着いたという報告が入り、私達の番がやってきた。
私も千波ちゃんと同じように前に乗り、頭を後ろに倒すと硬く、温かみのある感触が返ってくる。
意識しなくてもプールの塩素の匂いに混ざって碧君の香りが鼻奥に届き、ボート上での距離の近さをモロに感じてしまい、一気に恥ずかしさが顔を出す。
けれどその感情もほんの一時のもので、ボートが押し出されてスピードを上げながらカーブに差し掛かる頃にはすっかり恐怖心が大きく勝っていて、私は悲鳴を上げながらほとんど無意識のうちに私の身体の横に伸びているしなやかで筋肉質な足にしがみついていた。
そして長く短い船の旅の終わりが訪れると、ボートがスライダーの終点から飛び出す形で一瞬だけ宙に浮いて着水。
そのほんの一瞬だけの浮遊に必要以上に驚いてしまった私は着水とほぼ同時に碧君の片足にしがみついてしまうと、ゴムボート上の重心がズレてしまい、見事にボートがひっくり返った。
乗っていた私達は当然ながら水中に投げ出され、全身が水に包まれる。
ほとんど混乱しながらもがくと、動いた方向がたまたま合っていたようで視界がパッと明るくなり、酸素が一気に肺に流れ込むのを感じる。と同時に、今しがたやらかしたことが一気に頭に流れ込み、暗い気持ちが押し寄せてくる。
(ずっと絶叫しっぱなしでうるさくなかったかな。不意に水に飛び込む形になって水を飲んじゃったりしてないかな。……怒ってないかな。…………嫌われて、ないかな)
そうして鬱屈とした感情がどんどん押し寄せ、押し寄せ──────急に「ぷはっ」と碧君が水面から顔を出した声が響き、黒いものを全て押し流して行った。
「ははっ、まさかひっくり返るとは」
そう笑いながら、急に水に飛び込んでぼやけた視界を元に戻そうと顔の水を拭う碧君の無邪気な顔に私の心はさらに溶かされ──────気づけば、衝動的にその横顔に───頬に、唇を重ねていた。
驚いて目を見開いた碧君と目が合い、すぐに我に返って唇を離すと、羞恥心と共にいきなりキスをしてしまったことに対する罪悪感が込み上げてきて、私は反射的に謝ろうと口を開きかける。
すると、その口に何か柔らかいものが押し付けられて無理矢理閉じられた。
何が起こったか分からず混乱していると、柔らかいものが口から離れ、代わりに間近に迫った碧君の顔が現れる。
その瞬間、ようやく私はキスされたんだと理解し、ものすごい勢いで顔が熱くなるのを感じる。同時に、私が頬にキスして焚き付けたとはいえ、碧君の方から私のファーストキスを奪ってくれたのが嬉しくてたまらなくて、涙が溢れて止まらない。それを隠すように碧君の体に顔を押し付けると、優しい手が私の頭に回り、私の溢れる想いが収まるまで撫で続けてくれた。
読んでいただきありがとうございました!
今回と次回は更新時間と作中時間がフィーチャーするようにしてます!
次回最終回です!




