133 結実
これが今のありったけ
気づくと、俺は真っ暗な海のような場所にいた。
ここはどこなのか、なぜ俺はここにいるのか、いくつも疑問が浮かぶが、体を動かせる気が全くしなくて俺はただ流れに身を任せることにした。
そしてそのまま何も無い空間を流され、漂い、漂い──────ふと耳元で何かを呟かれた気がした。
愛おしくてたまらない声に、何かを呟かれた気がした。
何を言われたのか、と神経を耳に集中させると、呟きの続きが微かに聞こえる。
「───だ、って」
結局聞こえた数文字では愛しい声が何を言っていたのかは分からなかったが、かえってその声をもっと聴きたいという衝動が強まり、何も無い空間で動かない体を無理やり動かし、もがいて、もがき続けると、視界の端に白い光が映り込んだ。
それが何かは分からなかったが、本能的にそれに手を伸ばし、掴むと──────急に視界が晴れ、一瞬全てが白く染まった後にだんだんと青に変わっていく。
その様子をしばらくぼんやりと眺め、視界が開けても中々クリアにならない思考がようやくその青色を「空」だと認識すると、さっきまでの自分は眠っていて、あの謎の空間は夢のようなものだったのだと気づいた。
変な夢見た、と呟こうとすると、青色が遮られて代わりに恐ろしいほどに整った顔が視界に映る。
そしてそのまま目が合うと、その表情が一瞬ぱっと輝き、徐々に瞳が潤んでいく。
「───佑、起きたの?」
今にも雫が零れ落ちるんじゃないかと思わせるような顔で呟かれたそれに、「ちょっと寝てただけで大袈裟だな」と軽く返そうとすると、視界の方向的に地面に寝転がっているはずの俺の頭の下が異様に柔らかい事と、覗き込む千波の顔がやけに近い事に気がついた。
その違和感に言おうとした言葉を飲み込み、思案する事数秒、導き出された解答は──────。
「ひざ、まくら…………?」
「…………………っ!」
俺が呟いた途端、千波の顔が一気に染まり、なんだか非常に居た堪れなくなった俺は腕で地面を押して体を起こす。
すると、ずきりとした痛みと共に包帯が巻かれた自分の右足首が目に入り、ようやく自分の身に何があったのかを完全に思い出した。
(そうだ、球技大会のサッカーの途中で足首を痛めて、でもチャンスの場面で千波の応援を受けて底力でシュートして───)
「ってそうだ! 試合は!?」
自分のシュートがネットを揺らし、仲間に囲まれた所で記憶が止まっており、最終的にどうなったのかを知らなかったので慌てて千波に尋ねると、まだ赤くなっている顔を手で覆い隠しながら千波が答える。
「……結局、佑のゴールが決勝点になって九組が決勝進出、そしてその決勝は今さっき終わって───試合終盤の大喜君?のゴールで九組が優勝したよ」
「!!! 勝ったのか!」
「うん。みんな『佑があれだけ体張ってくれたんだから絶対勝つぞ』って頑張ってたよ」
千波の言葉を聞き、『俺のために』なんて言いながら走る仲間達を想像して何となく気恥ずかしさを覚えていると、千波が急に真剣な表情に変わり、話しかけてくる。
「ねえ、佑。球技大会なんて、勝ったところで特に何かを得られるわけでもないし、将来に繋がるものでもないのに、何でそんなに頑張るの? そんな……怪我までして」
尋ねられたそれは、試合中に見知らぬ人から向けられた言葉と類似しており、俺自身も思っていた事。だから、答えようと思えばすぐにでも答えられたけど、俺はあえて質問には直接答えず、千波に一つの質問を返す。
「どうだった? 俺のプレー。……少しでもカッコいいなんて思ってもらえた?」
質問返しをされると思っていなかったのか、それとも質問の内容が普段の俺のテイストと違っていたからか、或いはそのどちらもなのか、千波は驚きを露わにする。そしてそのまましばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……それは……その、もちろん……かっこよかった。怪我してるのに無理してるのは心配だったけど、絶対に諦めないって気持ちでチームを引っ張ってる姿は…………本当にっ……!」
照れ隠しなのか、珍しく髪を手で弄りながらそう言う千波に、俺は優しく笑いかけながら呟く。
「それだよ、それ」
「え……?」
「俺が『球技大会なんか』を頑張る理由」
そこまで言ってもまだ理解が追いついていない、といった様子で首を傾げる千波に、俺は決意を固めて恥ずかしくて直接言いたくなかった言葉を伝える。
「その、だから……千波に少しでも良いところ見せたくて───「カッコいい」って思ってもらいたかったからだよ。千波には、今まで中々良いところ見せれなかったから。それが、俺が『球技大会なんか』を頑張ってた理由」
千波の前だから、と気負いすぎて失敗を重ねてきた過去を振り返りながら言い、何とも青臭い、と自分で思っていると、隣に座っている影がわなわなと震えだし──────ついには吹き出す。
「ち、千波?」
人が変わったかのようにけたけたと笑いだした千波に困惑していると、笑ったせいで滲んだ涙を拭いながら「だって」と千波が口ずさむ。
「佑があんなに体張ってまで頑張ってた理由があまりにもしょうもなくて」
「え?!」
「───佑は自分で思ってるよりもずっとかっこいいよ。私は今まで何回も、佑に支えられてきたんだよ?」
あまりにも、あまりにも真っ直ぐすぎるその言葉に俺は思わず言葉を失い───その瞬間、本能が訴えかけてきた。友愛なのか、それとも恋愛なのかはやっぱりはっきりしないけれど、間違いなく千波の本心から漏れ出たその言葉に俺の本気の想いをぶつけるなら今しかない、と。
「俺が千波を支えてきたのは、完全に下心からだ。俺の頭上で燦々と輝く千波に少しでも近づきたかったんだ。でも、そんな俺の行動が千波の助けになってたなら───特別なものなんて持ってない俺なんかが千波を支えられていたなら───この気持ちを受け取ってほしい」
「───」
「千波のことが好きです。俺も今まで千波の何気ない行動に支えられてきたんだよ。だから千波の隣で、千波のことを支えさせてください。そして俺のことを支えてくださいお互いに支え合える関係になってください」
思えば、ずいぶん遠回りをしてきた。きっと何度も告白するチャンスはあったはずなのに、千波の気持ちが分からないなんて言って先延ばしにしてきた。
ずっと胸に秘めていたのに、伝えられなかった想いをようやく口に出せた。
伝えたいことが多すぎてどうにもごちゃごちゃした告白になってしまった、なんて思いながら恐る恐る千波の反応を伺うと───座り込んだままの俺の肩に無言で額をつける。そして──────。
「私もっ、佑のことが好き。これからも、いやこれまで以上に、お互い、支え合っていこうよ」
感極まっているのか、涙ながらにそう返した千波の言葉を受け、「ああ、千波も同じ想いならビビりすぎずにもっと早く伝えればよかった」なんて思い、ついでに千波につられて少し涙を流し、そっと指を絡め合った。
読んでいただきありがとうございました!
ようやく『結実』です。
今までそっと見守ってくださりありがとうございました。
とはいえ、まだ少し物語は続くので、残りわずかとは思いますが、お付き合いお願いします。




