131 千波の見た佑
佑の本当に凄いところを理解しているのは私だけである、と私───杉山千波は感じていた。
小学校の頃から付き合いがあり、その人となりを知っていたからこそ、佑が今回の球技大会でサッカーをすると聞いた時は心底驚いた。
私が佑と出会って間も無くの頃、給食の時か何かの雑談で、佑は私に初めてサッカーを現地観戦したという話をしてくれた。
楽しそう語るその目はキラキラと輝いており、この子はきっとサッカーに人生を捧げていくのだろうと子供ながらに思っていた。
しかし、その後も何度か「サッカーに観に行った」という話はよく聞いたのに「サッカーをした」という話は一度も聞かなかった。それどころか、休み時間にサッカーをしている同級生の輪にも加わろうとしていなかった。
当時はそれが不思議で仕方がなかったが、何となく訊くのが憚られて結局訊かずじまいだった。が、数年経ち、私自身が中学のバスケ部で悲しく、悔しく、辛い思いをした事でバスケに対する忌避感を覚え、その時になってようやく佑がサッカーをしない理由が分かった。
佑も「サッカーをする」ということに関して私のバスケと同じような挫折を味わったのだと。
それに気付いて以降、一度だけそれとなく尋ねてみたことがあったが、返ってきたのは人が本当に触れられたくない話題に触れられた時に見せるような、はぐらかすようなささやかな肯定。
その態度が絶対にそれに触れられたくなかったということを如実に物語っていて、私は二度とその話題を佑の前で出さないようにしようと密かに誓った。
そんな出来事があったからこそ、佑がサッカーをするという事を聞いた時の驚きはひとしおだった。本人の目の前だったから、露骨に態度に出さないようにしようと表情に力を入れてどうにかその場は乗り切ったが、内心は動揺が溢れかえっていた。
一体どれだけの勇気を振り絞れば、辛い過去のあるその舞台にまた上がろうと思えるのか。まだあれから一年半しか経っていないとはいえ、私は未だにバスケットボールにすら触れられないのに。
そして佑から球技大会はサッカーに参加すると聞いた数日後、たまたま用事があって佑の家の近くを通った時、家の前でお世辞にも上手いとは言えない足捌きで必死にボールをコントロールしようとしている佑の姿を見た。隣の家の陰に隠れてこっそり観察してみたところ、どうやら何かしらのドリブル技をしようとしているようだったが、中々成功しない。何度も転ぶ。
それでも、佑は何度も立ち上がり、何度も挑戦した。そのひたむきな姿に私は改めて惚れ、報われてほしいと心から願った。
だからこそ、佑と約束して見に行った一年男子サッカーの準決勝、私が所属する二組との対戦で、佑が華麗なドリブル技───近くにいたうちのクラスの男子曰く「ダブルタッチ」というらしい技で対峙するディフェンダーを鮮やかに躱しきり、シュートを決めた時は、喜びのあまり失点した側のクラスの人間ながら本気でガッツポーズをしてしまった。
その後、佑が私達のチームのシュートを体を張って防いで足を痛めた時は応援する気持ちよりも心配する気持ちが大きくなった。
怪我を押してプレーを続けようとする佑の姿はとても痛々しくて、佑のことが本当に好きでたまらない私にとっては見ていられない状況だった。
本当は「もう頑張らないで」と、「自分を大切にして」と、叫び出したかった。でも、佑は動かない体を無理やり動かしながら、「絶対に諦めない」って表情で前を見つめるから、私はその言葉達を飲み込んだ。
そして代わりに──────。
「頑張れーーー!!!! 頑張れ、佑ーーーーーーー!!!!」
私は全力を振り絞り、佑への声援を送っていた。
そして直後、ゴール前の観戦で佑の前にボールが転がるのが見えた。しかし足が痛むのか、ボールへの反応が鈍い。
「頑張れーーー!!!! 頑張れ、佑ーーーーーーー!!!!」
私は再度───いや、さっきよりも力強く、どうか届いてほしいと想いを込めて叫ぶと、佑は痛めた右足を軸足にして左足でボールをゴールに蹴り込み───グラウンドが揺れた。
その場で力尽きて動けなくなる佑の元に、佑を押し潰そうとしているとしか思えないような形で仲間達が集まっていくと同時に審判が両手を上げてホイッスル。試合終了。
佑のゴールで、九組が勝った。
鳴り止まない歓声の中、その中心にいる佑に目をやると、その姿がどうしようもなくカッコよく見えて、他の子が佑の魅力に気づくのも時間の問題かもしれないと感じた。そして、私と違って女性らしさに満ち溢れた人が佑に言い寄った場合に佑がそちらを選んでしまうかもしれないという恐怖も。
だから──────。
「私、この後佑に想いを伝えるよ」
歓声で掻き消されてもおかしくないような声量でひっそりと決意表明すると、隣にいた彩陽ちゃんにばしりと肩を叩かれた。
そして現在───。
「ほら、早く起きてよ、佑。……早く気持ちを伝えさせてよ。……好きだ、って」
怪我を押して劇的ゴールを決め、疲労困憊で眠ってしまった佑を膝に乗せながら、私はぼそりと呟いた。
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