130 応援と一歩
碧のスライディングが躱され、相手に決定的なシュートを打たれそうになった瞬間、俺は考えるよりも先に必死で相手の前に飛び込み、足を伸ばしていた。
その瞬間には千波に良いところを見せたい、などのような不純な考えは一切無く、そこにあったのはただただこれ以上失点してたまるか、という意地だけだった。
そんな意地が通じたようで、放たれたシュートは俺の右足の内側先端に当たり、ゴールを超えていく。
それを視界の端に捉え、ほっと胸を撫で下ろそうとした直後、一泊遅れて右足首に電撃が走り、俺はその場に倒れ込んだ。
そしてすぐに理解する。自分の身に何が起こったかを。
(……シュートの勢いに負けて足首持ってかれたか)
まともに受けてもかなりダメージを負いそうなシュートを、足の先端という最も足首に負担がかかることになる位置で受けたのだ。当然の結果だ。
「おい、大丈夫か?!」
叫びながら大喜がこちらに寄ってくる。
俺は右足首を左手で押さえ込みながら右手一本で体を起こし、心配させるまいと無理矢理笑顔を作って答える。
「いやー、参ったよ。すげえパワーのシュートだった」
「あ、あぁ。それで───どうなんだ佑。……立てるか?」
珍しく神妙な面持ちで尋ねてくる大喜に思わず本心から笑いそうになりながら俺はグッと足に力を込めて立ち上がる。
「ほら、大丈夫だ。いける」
目の前の大喜にはそう言いながらも実際はまだ右足首には強い痛みが残っており、内心ではすっかり涙目。ほとんど左足にしか体重をかけられていない。
それでも、無茶をしていると分かっていても立ち上がったのは、応援席に俺を本気で心配そうに見つめる『想い人』の姿があるから。
どうしてもあの子の前で弱いところは見せたくない。そう思ってしまう。
そんな真剣な表情が通じたのか、大喜ははぁっと強く息を吐くと、ぶっきらぼうに呟く。
「まあ佑がやれるって言うなら止めやしねぇよ。その代わり……絶対勝つからな!」
「おうよ」
そんなやりとりの後、相手のコーナーキックで試合は再開。
背が低い俺はゴール前の競り合いには参加せず、少し離れた位置で待機してカウンターを狙う。
相手の蹴ったボールは相手チームの誰かが触る前に大喜がヘディングで跳ね返す。そしてそのボールを碧が回収。瞬間、碧と目が合い、視線がほんの僅かに逡巡に揺れた後に碧は俺に向かって強めのパスを差し込む。
俺は碧からの信頼のパスを受け取ると、今すぐにでも引きずってしまいたくなる右足に意地という包帯を巻きつけ、まるで怪我なんか無かったかのようにドリブルを開始。
一歩踏み出すたびに思考が真っ赤に染まる感覚を味わいながら勢いだけで相手を一人躱すと、すぐさまそれをカバーしに俺の前にまた一人立ち塞がる。
この場面でさっき同点にしたシーンのようにダブルタッチで上手く躱せれば、その先に広がるのは広大なスペース。自分で持ち運んでシュートをするも、走り込んできた味方にパスを出すも自由自在。ほぼ確実に逆転ゴールを決めることができる。
けれど、すでに無理をして走っている状態で覚えたてのテクニックを使うのは不可能。一か八かでシンプルな縦突破を狙うが簡単に体を当てられ、阻止される。そしてその接触でよろけた俺は右足で強く踏み込んでしまい、「ぐぅっ」と呻き声が漏れ、その場にしゃがみ込む。
「ねえ、あの子もうダメじゃない?」
「だよね、無理してまでやるものじゃないって」
観客席から見知らぬ声が聞こえ、俺は内心で「まったくだ」と同意する。
球技大会で活躍し、勝ったとしても得られるのは栄誉だけで、先の大会に繋がるとか履歴書に書ける経歴になるなんて事は無い。本来怪我を押してまでやるようなものでは無いのだ。けれど──────。
「…………佑……」
不意に頭上から愛しい声が響き、慌てて顔を上げると、今にも泣き出しそうな『想い人』の顔が至近距離で視界に入った。
「大丈夫。こう見えて意外と鍛えてんだ」
俺の『球技大会なんかを頑張る理由』が泣き出さないように軽口を叩き、虚勢を張って俺は再び立ち上がる。
「まあ、そこで見ててくれよ」
「……佑……」
俺は一歩一歩丁寧に、負担がかかりすぎないように、けれど力強く歩みを進める。
そして碧からのスローインのボールを受け取ると、俺はドリブルで持ち上がる素振りを見せた後に大喜にパス。
そして大喜はそのボールを力強くダイレクトシュート。ボールはぐんぐんと伸びていき、相手ゴールキーパーの手をもすり抜け───クロスバーに直撃して跳ね返る。
それを見た瞬間、碧がこぼれ球を拾おうと猛然と前進。俺も意地でその後ろを追いかけていく。
跳ね返ったボールに全力前進で向かった碧は相手よりも僅かに早くボールに触ると主導権を握り、一瞬タメを作ってからゴール前に走り込もうとしている白井にパス。
走り込む勢いのまま白井が放ったシュートはかなり強烈だったもののコースが甘く、ゴールキーパーが弾き出す。
そしてキーパーが弾いた先にいたのは───少し遅れてゴール前に辿り着いた俺。
無傷の左足で踏み込み、痛めた右足にはボールを軽く当てて流し込むだけ。
そう思った瞬間、俺の死角から相手が一人飛び出し、ボールを蹴り出そうとして───目の前にいた俺の右足にボールをヒットさせる。
負傷箇所へのさらなる追い打ちで絶叫しかけ、思考はほとんど焼き切れる寸前、視界の端の端に俺の右足に当たったボールが左足の前に転がるのを見た。
(あのボールを左足でダイレクトで蹴れれば点が取れる。……でも、そのためには右足で踏み込む必要で──────この右足では……踏み込めない)
届く距離にあるはずなのに届かせることができないもどかしさに唇を噛もうとした──────瞬間。
「頑張れーーー!!!! 頑張れ、佑ーーーーーーー!!!!」
今まで聞いたこともないような『想い人』の全力の声援を聞き、俺は痛みも厭わずその場に一歩、右足を踏み込んでいた。
とてつもない穿通が走り、涙目になりながら意地だけで左足を振るとしっかりとした感触が左足に伝わり、数秒後に爆発的な歓声が上がり────────────。
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