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推しの恋路応援前線!  作者: 赤いシャチホコ
第四章『冬』
149/160

129 お返し

 相手のシュートがネットを揺らした瞬間、やってしまった、と思った。


 絶対に負けられない決勝トーナメント、『推し』が、『想い人』が見にきている、そんないくつかの要素が重なり、攻め急ごうという気持ちが無意識に出てしまったようで連携ミス。正直勿体なすぎるシーンだ。


 自分の至らなさに腹が立ち、下を向きかけると───歓喜の輪の側で、愛しい顔が心配そうにこちらを見つめているのが目に入った。


(違うだろ、俺! あの子にあんな顔させたくて見にきてもらったんじゃないだろ!)


 己を叱咤し、俯きかけた顔を無理やり上げて俺は声を張り上げる。


「まだまだ序盤だ! しっかり取り返しにいくぞ!」


 普段あまり声を張るようなタイプでは無い俺の叫び声に、クラスメイト達は一瞬だけ呆気に取られたように固まった後、「おうよ!」「もちろんだ!」と口々に返事をする。

 そしてボールを再びセンターサークルに置き、大喜が俺にパス。逆転を目指し、試合が再開した。


 俺が声を張った甲斐はあったか、失点から崩れて連続失点を喫して試合が決まってしまう、という展開は避ける事ができたが、どうにも攻め込む事ができないもどかしい展開が続く。

 ディフェンスラインの大喜や碧、中盤の拓海にはボールが届くが、そこから先にいる俺や白井にはボールが入らない。ボールさえ受けられれば()()ができるのに……と思うが、上手くパスコースを切られ、下手にパスを出すとカウンターを食らう可能性が高くて動こうにも動けない。かといってロングシュートを狙おうにも、相手が即座にブロックに来て満足にシュートも打てない。

 そんな中でも着実に時計の針は進み、「前半早々に奪った得点を守り切る」という相手の作戦が明確に見えてくる。


 と、そんな時だった。中盤より下でボール回しをする中、ボールを受けた碧は相手が寄せてこないと見ると単騎で前進。

 すると、それまで前線へのパスを狙うだけだった相手が急に直接攻撃に参加しだして焦ったのか、慌てた様子で相手が碧に体を寄せ、ボールを奪おうとする。が、碧はそれを待ち前の運動神経を活かしたシンプルかつ強力な縦へのドリブルで突破。

 そのまま一気に左サイドを駆け上がり、局面が動き始める。


「いっけ〜!碧君!!」


 コートの側で杏実さんが大きく声を上げる。

 そんな明確に個人を指した声援、そして直前に見せた突破が相手の警戒心を一気に引き上げ、焦らせ、それまで一定の距離を保ってゴール前を固めていた相手選手達は思わず数人がかりで碧に寄せてしまい───俺の前のスペースがぽっかりと空いた。

 そこをしっかりと見ていた碧は、相手に数人がかりで寄せられながらもどうにか俺へとバス。そのボールは見事に相手の足の間をすり抜け、俺の足下へ。


『一試合目のお返しだ。今度はお前が千波さんに良いところ見せてやれ!』


 やってきたパスからそんな思いが感じ取れ、まったく碧にゃ敵わない、と苦笑しながらしっかりとボールを受け止める。

 碧に多くの選手が釣られてくれたおかげで俺に寄せてくる相手は一人のみ。そいつを抜けば、もうシュートを打つだけという絶好の機会。練習の成果を試すにはうってつけだ。


 サッカーの練習初日、俺は自分のドリブルの下手さ加減に軽く絶望した。やはり俺は、かつて憧れたドリブラーのような変幻自在のドリブルはできないらしい。

 けれど、ほんの少し、たった少しで良いから、憧れに近づきたかった。

 だから、俺はこの二週間、家に帰ってからコツコツとたった一つの技を磨き上げてきた。


 目の前に立ちはだかる相手の方向に俺は躊躇なく踏み出し、左足に重心をかける。しっかりと俺を見ている相手は身体を俺の左側に流し、進路を塞ぎに来る。

 それを見て、俺は相手が完全に()()()()のを確認し、ふっと左足から力を抜く。そしてそのまま左足のインサイドでボールを自分の右足へパス。同時に身体を一気に右へと流し、左を塞ぎに行った相手との距離を完全に離し、右足のインサイドで前へと押し出す。


 何度も動画を見て動きを真似、何度も失敗し、何度も転んだ末にようやく掴んだ俺の唯一の技───『ダブルタッチ』


 完璧に躱しきり、歓声が一気に沸き出す。

 躱された相手は俺の進路と真逆に踏み出したところからどうにか切り返して俺に手を伸ばそうとするが、もう遅い。


 大歓声の中、俺は狙いを澄まして右足を振ると、ジャストミートしたボールは勢いよく飛び、ゴール右に突き刺さる。


 同点。


 飛んできた味方にもみくちゃにされながら顔を上げると、ため息がこだまする二組応援席の先頭で千波が輝いた笑顔をこちらに向けており、俺はそんな千波に向かって大きく拳を突き上げた。




 そこから先は大混戦。

 リードを守り切るというプランが崩れた二組はどうにかもう一度リードを奪ってプランを再開させようと躍起になって攻め、九組に同点の勢いそのままに逆転しようと力強く攻め込む。

 その展開はハーフタイムを挟んだ後半になっても変わらず、されどもゴールキーパーのスーパーセーブ、ディフェンダーのナイスブロックなどによってスコアは動かない。


 そんな中、相手のエースと思われる少し大柄なやつが中盤を守っていた拓海を躱して前進。そしてこちらの寄せが甘いと見るや、少し遠い距離から力強く足を振り抜くと、鋭いシュートがゴールポストに直撃。

 こぼれ球は再び相手の元へ渡り、すぐさまシュート。放たれたボールは力こそあったもののコースは甘く、ゴールキーパーの鈴木が横っ飛びでセーブ。

 しかしそのこぼれ球も三度相手に渡ると、直前のセーブの影響で鈴木の体勢が崩れているのを見て即座にシュートモーションに入る。


 そのままシュートを打たれれば確実にゴールを割られるという絶体絶命の状況。


「やらせてたまるか!」


 碧が身体が汚れるのも厭わず相手の目の前に滑り込み、ブロックを試みる。

 が、予想外なほど落ち着いていた相手は一度シュートモーションを止め、碧が目の前を通過するのを確認してから再び右足を振り上げる。

 今度こそシュートを放たれ、ボールがネットを揺らす───そう思われた瞬間、今度は俺が、碧の滑り込みのおかげで生まれた僅かな時間のうちに全力疾走で前線から味方ゴール前に戻り、相手の前に飛び込む。


 流石にここまでは相手も予想できなかったのか、そのまま放たれたシュートは俺の右足の先に当たって軌道を変え、ゴールを大きく超えていく。


「佑ぅ! ナイスブロックだ!」


 大きく声を上げる大喜を横目に見て、どうにか失点を免れたと分かった俺は胸を撫で下ろし──────歓声の中、右足首を押さえてその場に倒れ込んだ。

決定的なシュートブロックの代償は重く──────。


読んでいただきありがとうございました!


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