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推しの恋路応援前線!  作者: 赤いシャチホコ
第四章『冬』
147/160

127 直伝

スポーツの描写めっちゃ楽しい

 今回の球技大会で卓球の団体戦に参加している(千波)は、彩陽ちゃん達と力を合わせ、昼までに順調に勝利を重ねていた。

 佑に少し練習に付き合ってもらった成果はしっかり出ているようで、私は今のところ現役卓球部の子と当たった時以外は未だ無敗を続けていた。


 この球技大会の卓球団体戦のルールは、四人一組でのエントリー、シングルス二本とダブルス一本(試合順はシングルス→ダブルス→シングルスで、それぞれ一セット取った方の勝ち)にそれぞれ出場して二本取ったチームが勝ち、そして試合時間が短く済むので全参加チームによる総当たり戦になっている。

 私達は今のところ全八試合中の五試合を戦い、四勝一敗とかなり調子が良く、この調子を保てれば優勝も狙える位置につけている。


 そんな中で約十五分後に迎える次の試合の対戦相手は、大切な友人である杏実ちゃんの所属クラスであり、『想い人』である佑の所属クラスの九組。

 ───そう、佑が見にきてくれると約束した試合である。


 佑は基本的にちゃんと約束を守ってくれるから、本当に来てくれるかどうかで気を揉む必要は無いのだけれど、絶対に見にきてくれると決まっているのはそれはそれで妙に緊張する。

 おかげで、試合の直前まではクラスメイトの他の競技を見ていようと思っていたのになんだか落ち着かず、結局早めに会場である体育館に着いてしまった。


 このままの精神状態で試合を迎えたらきっとミスを連発して佑に情けないところを見せることになってしまう、とどうにか気持ちを落ち着かせようと体育館を歩き回っていると、体育館の片隅に見慣れた小柄な影を見つけた。球技大会だからか、普段は肩口にかけているミディアムヘアーを今日は編み込みを混ぜながら後ろで可愛らしくまとめている。


「杏実ちゃん」


 名前を口にすると、壁に手を当ててストレッチをしていた影がこちらを向く。


「あ、千波ちゃん! とうとう対決だね。負けないよ?」


 振り返り、不敵な笑みを浮かべる杏実ちゃんに私もにこやかに笑いかけ───杏実ちゃんの眼前に両手を合わせる。


「お願い、杏実ちゃん! 次の試合勝たせて! 佑が見にくるの!」


 大きく声を上げると、杏実ちゃんは一瞬固まり、すぐに慌てた様子で口を開く。


「え、えぇっ!? 無理だよ! 私達も卓球部の丸ちゃんのおかげで結構良い順位に付けてるんだし───それに、佑君が来るってことは高確率で碧君も一緒に来るでしょ? 私も、か、彼氏、の前で負けられないよ!」


 少し照れながら力強く言い切る杏実ちゃんを見て、私は肩の力を抜き、軽く吐き出す。


「ふふっ、うそうそ。私、そういうふうに勝ちを譲られるのとか嫌いだから」


 そう口にすると、杏実ちゃんが不満げにこちらを見つめるので、それを軽く揶揄ってあしらい───私の緊張がほぐれていることに気づいた。

 自分が嫌っている行動を自分で取るそぶりを見せるなんて慣れないことをしてでも杏実ちゃんを揶揄ってみた甲斐があった。

 そんなことを思いながらひとしきり杏実ちゃんと戯れ、それが一段落ついたところで改めて私は杏実ちゃんと向き合い、口を開く。


「それで、勝ちを譲ってほしいっていうのは冗談だった訳だけど、ちゃんと杏実ちゃんにお願いしたいこともあって」

「お願い?」

「うん。私達、この一年間仲良く過ごしてきたけど、一対一で本気で戦ってみたこと無いなってふと思って。だから、この卓球で私は杏実ちゃんと真剣勝負がしてみたい」


 言い終わり、一度息を吐いた後に様子を伺うように杏実ちゃんを見ると、その顔には不敵な笑み。


「いいね。私も、千波ちゃんと真剣勝負してみたい! そうだな……三本目のシングルスでどう?」

「うん、そこなら自分のクラスの勝敗もかかってるし本当の真剣勝負ができるね。ありがとう、乗ってくれて」

「ううん、こちらこそ。……負けないよ?」


 杏実ちゃんが私の目を見つめながらそう言ったタイミングで体育館の出入り口から足音が響き、私と杏実ちゃんは同時にそちらを向く。

 すると、そこには私と杏実ちゃんの『想い人』───否、私の『想い人』と杏実ちゃんの『恋人』を筆頭とした集団がやってきていた。

 私達はそこに駆け寄り、言葉を交わそうとすると、体育館に響いたアナウンスにストップをかけられる。


『一年女子卓球六試合目、一組対五組、二組対九組、──────』


 緊張のせいで早めに体育館に着いたのに、杏実ちゃんと話しているうちにすっかり時間が経過して試合の時間になっていたらしい。

 私は佑の方に向かう足を反転させ、卓球台の方へと足を動かす。


「頑張れ」


 不意に、後ろから愛しい声が響いた。

 その声は、幼馴染の私に向けられたものか、はたまたクラスメイトの杏実ちゃんに向けられたものか。

 きっとどちらもだろう。佑は優しいからどちらかに肩入れすることはきっとない。

 けれど、私はその言葉を敢えて私だけに向けられたものとして捉え、それを力に変えて卓球台に向かった。




 試合が始まってから、私と杏実ちゃんの対決を約束した三試合目は、どちらかのクラスが前二本を両方取ってしまったら実現しなくなる、ということに気づいて地味に冷や汗をかいた。

 結局、一本目のシングルスで彩陽ちゃんが卓球部所属らしい丸さんに負け、代わりにダブルスで私達のクラスが勝ったので無事に三試合目が実現されることとなり、私はほっと胸を撫で下ろした。


 そして、とうとう杏実ちゃんとの真剣勝負が始まる。


 私のサーブから試合が始まると、杏実ちゃんは無難に、けれど正確に私のコートにボールを返してくる。

 以前佑から、杏実ちゃんはスポーツ全般苦手っぽいという話を聞いていたけれど、ここ数日卓球部の丸さんと練習を重ねたらしい杏実ちゃんは中々ラケット捌きが様になっている。


 私が強打を決めると、お返しのように杏実ちゃんが鋭いボールを打ち込み、私が巧みにネット際にボールを落とすと、杏実ちゃんも際どいコースにボールを流し込む。そんな互角の攻防が続き、気づけば点数は十対十。どちらかが二点差をつけるまで終わらないデュースに突入する。


 こうなったらもう一点の重みが大きく、絶対にミスができない。そう考えた私は今までより丁寧に、そして無難なコースにサーブを打ち込む。

 すると、それを読み切っていたらしい杏実ちゃんが力強くラケットを振る。

 ボールは、サーブを出した直後で体勢が整い切っていない私の右側の台上で弾み、そのまま床に落ちる。

 瞬間、わっ、と体育館が沸き、歓声に包まれる。


(……やっちゃった。ミスが怖くてつい甘いコースにサーブが……)


 弱気に負けた自分を内心で毒づくが、状況が変わるわけではない。次の攻防を落とした瞬間、私の負けが決まる。正直、ちゃんと特訓した杏実ちゃんは強く、競った点数にはなっているものの、徐々に押されつつと感じている。

 でも──────。


『頑張れ』


 かけられたこの言葉がある限り、私は頑張れる。


 前を向くと、サーブを出そうと構える杏実ちゃんが見える。そしてその姿がゆっくりと動き、ボールが放たれる。

 コート左手前に落とされた厳しいボールに必死に手を伸ばしてラケットに当てると、ボールはネットにかかりながらころっと杏実ちゃんのコートに落ちる。

 そのイレギュラーなボールには流石に反応できず、私の得点となる。

 そして佑に教えてもらった卓球のマナーに則り、ネットインに対する謝罪で軽く頭を下げる。


 続いてやってきた私のサーブでは、今度は弱気に打ち勝って鋭いボールを杏実ちゃんのコートに入れると、杏実ちゃんが打ち損じて私の点に。


(あと一点……!)


 勝利に王手がかかった私とは対照的に、一気に追い詰められた杏実ちゃんは一瞬応援席の方に視線を飛ばし、碧君からのエールを受けてサーブを放つ。

 今度はコート右側に落ちたボールをしっかりとレシーブすると、それに対する杏実ちゃんの返球がやや乱れ、私が打ちやすいポイントに落ちる。


(いける!)


 ボールを強打。

 杏実ちゃんが必死に手を伸ばし、ラケットに当てると、ふわふわとした軌道でボールは私の方へとやってくる。


(オーバーする、よね……?)


 杏実ちゃんが苦し紛れに上げたボールが台でバウンドせずに直接床に落ちると判断した私は一歩引き、行方を見守る。───と、ボールに妙な回転がかかっていたのか、空中でボールは少し軌道を変えると、私のコートをオーバーする少し手前でバウンドする。

 会場がどよめき、私は引いた足を慌てて前に出す。


 幸いにも台の角に当たって不規則なバウンドで落ちる「エッジ」にはならなかったから急げばどうにか返せるはず。

 台の面よりも下に落ち行くボールに、しゃがむような格好で手を伸ばすと、その瞬間一つの光景がフラッシュバックする。

 これは───そうだ。この間の佑との練習の時に佑が見せてくれた技、「カーブドライブ」を打つと時の佑の格好と同じ感じになってるんだ。

 なんか、いける気がする。私の動きが記憶の中の佑の動きと完全に重なる。


(決まれ───佑直伝、カーブドライブ!)


 鋭くボールを引っ掛けるようにラケットを振ると、ボールは狙い通りの軌道で杏実ちゃんのコートに落ちる。───そして、少し緩い()()()見えるそのボールを強打しようと杏実ちゃんが構え───バウンドした瞬間に大きく横に移動したボールを捉えられずに空振る。


 直後、審判が私の得点を一増やし、杏実ちゃんと二点差がついたことが示されると、一気に体育館が歓声に包まれた。どうやらデュースになるほど長引いていたのは私達の試合だけだったようで、体育館の全員が今のプレーを見ていたらしい。

 私はその大歓声に驚きながら、悔しそうだけど満足げな杏実ちゃんとハイタッチを交わす。

 そして、観客席で驚いた表情で固まっている佑に満面の笑みでVサインを掲げた。

読んでいただきありがとうございました!


今春まで現役卓球部だったので、ついつい筆が乗ってしまった。多分1話あたりの文字数では今までで一番長いのでは?


読んでみて少しでもいいなと思ってくれたら、感想やブックマーク、評価などいただけると嬉しいです!励みになります!

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