87 二枚のチケット
久しぶりに複数視点を一話に詰め込んでます
87話、よろしくお願いします
俺はサッカーが好きだ。
幼い頃は運動神経があまり良くなかったから自分がプレーする事は無かったが、ある時友人から地元のプロクラブの試合のチケットを貰い、観に行ってまんまとドハマりした。懸命に戦う選手達と、それを全力で鼓舞するサポーターの姿が途轍もなくカッコよかったのだ。
以来、そのチームの試合をテレビで観戦し、時にはスタジアムに足を運んだりを繰り返しているうちに、いつの間にか熱狂的なファンの一員となっていた。
今ではファンクラブに何年も継続入会している。
ある日、部活を終えて家に帰った俺の元に、応援しているサッカーチームのアプリから一件の通知が届いていた。
アプリを起動すると、<あなたへの大切なお知らせ>という見出しと共に一つのメッセージが表示された。
『あなたが所持している無料観戦チケットの有効期限が迫っています。是非とも選手達の勇姿を観に来てください!』
それを見て、俺はああそういえば、と納得する。
無料観戦チケットは今年のファンクラブの入会特典で付いてきた物だ。しかも二枚。
もしも何かの間違いで千波と付き合えたら一緒に観に行きたいな、なんて淡い希望と共に、使わないでとっておいたのだ。結局その夢は叶わなかったが。
使わないともったいないからちゃんと使わないとな、と思いながら、一緒に観に行くなら誰が良いだろうかと頭の中にいくつか顔を浮かべてみる。
まず最初に浮かんでくるのは当然ながら千波。
だが、仲が良いとはいえ男子と二人で出かけるのには抵抗があるかもしれないし、何より女子はサッカー観戦等のスポーツ観戦に対して積極的ではない傾向にある。もちろん、世の中にはスポーツ観戦が大好きな女子もいるだろうが、少なくとも千波はそういタイプではないはずだ。
よって、千波を誘う事は断念。
同様の理由で杏実さんも選択肢から除外した。
と、なると、やはりこういうのに誘うのに適しているのは碧だろうという結論に達する。
あいつは一応野球派の人間だが、それ以前にスポーツ好きだ。誘えばきっと乗ってくれるはずだ。
そう思って碧に「無料券があるから一緒にサッカーの試合に行かないか?」とメッセージを送ると、少し経ってから返信がやってきた。
『ごめん、佑が誘ってくれたその試合の日、部活の大会だ。正直行きたかったけど、無理だから他に当たって。あと、また機会があれば誘って』
おお、碧らしい優しさに溢れた文章が返ってきた……! って違う、そうじゃない。
頼みの綱の碧に断られてしまった。これはまずい。
他に当たるとなると、気楽に誘える仲では直紀と舜太が思いつくが、あれは二人セットみたいなものだからあと一人という枠に収まらない。よって除外。
そうなると、もう最終手段を使うしかない。
スマホを操作し、クラス内外の様々な北燈高校生と繋がっているSNSアプリを起動。サッカークラブのアプリに表示されたお知らせのスクショに文章を添えて投稿する。
『サッカーの試合の無料券が余ってるので、どなたか一緒にサッカーを観に行きませんか? 俺と一緒に来週の試合を観に行ってくれる人を募集中です。行ける方はダイレクトメールお願いします』
投稿し終えて、しばらく待つが、連絡が来る気配はない。
まあ急にそんな事言われても困るか、とどこか納得して、スマホを机に置いて夕食へ。
夕食の麻婆豆腐を口に運んでいると、スマホに着信。
ちらりと画面を覗くと、さっきまで開いていたSNSアプリのアイコンが表示されており、『行きたい!』という文字をそこに並んでいた。
どうやらさっきの投稿を見て連絡をくれた人が現れたようだ。えっと、差出人は─────────
「…………千波?」
部活を終えた私は、仕事終わりに迎えに来てくれたお父さんの車で揺られながらスマホに目を落としていた。
JKたる者、SNSを用いた日頃の情報収集は欠かせない。クラスの人達と特段仲良くしたいわけではないけど、浮きたいわけでもないので、最低限の会話くらいはこなさないといけない。情報収集を怠ってしまうとその最低限すらできなくなるのだ。
今日も私は人気カフェの新作の期間限定メニューと最近流行っているダンスを頭に入れ、それ以外にも何かめぼしいものはないか、と探していた時だった。『想い人』の投稿を見つけた。しかも三分前の。
「え、サッカーの試合?」
佑の投稿を見て、車のエンジン音でかき消されるくらいの小さな声で呟いた。
佑がサッカー観戦を趣味としている事はもちろん知っていた。佑と話を合わせるためにルールや選手の名前なんかを覚えようとした事もある。いくら『想い人』の好きなものとはいえ、しっかりとした興味がないものはどうしても頭に定着しなかったから諦めたけれど。
だけど、それはもう過去の話。今の私は違う。
というのも、今年に入ってからお父さんが急にサッカーをテレビでよく観るようになった。リビングのテレビで観ているから嫌でも目や耳がそれを捉える。
そんな生活をここ半年以上続けているうちに、自然とルールや選手の名前くらいは覚えてしまった。
初めの頃は、急にサッカーに興味を示し始めたお父さんを少し鬱陶しいくらいに思っていたけれど、今回ばかりは珍しくお父さんに感謝しないといけない。
そのおかげで私は佑と一緒にサッカー観戦に行けるかもしれないのだから。
そんな事を考えながら、私は勢いよく画面をなぞって文字を打ち込み、勢いのままに普段使わないようなビックリマークまで使って佑にダイレクトメールを送った。
読んでいただきありがとうございました!
完全に筆者の趣味を軸とした回が始まりました
とはいえ、専門的な事を作品に落とし込んでも大半の方には伝わらないだろうし、なによりスポ根感満載になっちゃいそうなのでなるべくセーブする方向で頑張ります!
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