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推しの恋路応援前線!  作者: 赤いシャチホコ
第三章『秋』
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86 調理実習

みんな大好き調理実習!!

よろしくお願いします!!

 調理室には湯気が立ち込め、生徒の話す声、そして包丁がまな板を叩く音が響く。

 そう、今日は調理実習。つまらない座学の中に不意に現れる、生徒が喜ぶミニイベントだ。


 俺が一緒に活動する班のメンバーは、杏実さんと大喜、それに山中君と矢野さんだ。

 杏実さんは「碧君と一緒に作業したかった……」なんて嘆いていたが、班は名簿番号で決められているから仕方がない。あいつの苗字は幾田だ。三柴とは遠く離れている。

 それに、杏実さんが碧と作業することになったらなったで、張り切りすぎて空回るか、緊張しすぎてやらかすかで何かしらの危険な事が起こる匂いがぷんぷんしているので、杏実さんには悪いが俺としてはこれで安心である。あと、エプロン姿が可愛い。



 恰幅のいい家庭科の先生から作業の手順などの説明を受け、俺達はそれぞれの調理台に移動する。

 今日の献立は肉じゃがとネギの味噌汁。もちろん白ご飯も。


 俺や大喜が何か行動を取る前に杏実さんがてきぱきと指示を出していく。


「矢野ちゃんは白ご飯の準備おねがい! 残りのみんなは野菜とか切ろうね! 包丁持ってきたから」


 杏実さんにはい、と包丁を手渡され、俺は手始めに近くにあったニンジンを掴み、切り始めた。


 先生に配られたレシピを参照してニンジンを乱切りにしていると隣に杏実さんがやってきて、慣れた手つきで味噌汁用の豆腐を切り始めた。

 以前、「お菓子作りが好き」と言っていたので恐らく料理は得意な方だと思っていたが、この予想は合ってそうだ。

 そんな事を頭の片隅で考えながら包丁を動かしていると、杏実さんが声をかけてきた。


「佑君、乱切り上手いじゃん。料理とかするの?」

「う〜ん、たまに自分用の軽食を作るくらいかな。あ、幼い頃は意外と親が料理するのを手伝ってたけど」


 軽く返すと、杏実さんが感嘆の声をあげる。


「へぇ、すごいね!」

「いやいや、これくらいは普通の部類でしょ」


 杏実さんの純粋な心に褒められて舞い上がりそうになるのを抑えながら謙遜すると、すぐさま杏実さんが返す。


「そんな事ないよ。ほら、あれ見てよ」


 そう言いながら杏実さんが指さしたのは、俺の斜め前で作業している大喜。彼の手元を見ると歪な形の橙色が転がっている。


「え、あれ、ニンジンだよな?」


 自分の目が信じられず、思いのままに杏実さんに尋ねると、俺に同情の目を向けながらゆっくりと頷く。

 どうやらあの様々な大きさに切られた橙色はニンジンらしい。サイズや切り方がめちゃくちゃなどころか、最後まで上手く切れずに端の方が繋がったままになっているものまである。

 俺が言葉を失っていると、杏実さんが小声で呟く。


「うぅ、ロキの成長に期待した私がバカだった……。ロキが料理下手なの知ってたんだから調味料係にでもしておけば……」


 すると、その呟きが大喜の耳にも届いたようで、緩い口調で杏実さんに語りかける。


「まあまあ、これくらいならまだ良いだろ。食えるし。黒焦げにして食えなくなるよりはマシだろ」

「良いけど良くない! そりゃ一昨年の林間学校の炭野菜カレーよりはずっとマシだけど! 乱切りって書いてあるでしょ!それは滅多切りだよ!」


 おお、なんか珍しく杏実さんが荒れている。

 でもこの二人のやりとりはじゃれ合いみたいなものだし放っておいても大丈夫だろう。

 そう判断して、俺は目の前のニンジンを切り終えた後、強敵である玉ねぎに手を伸ばした。



 涙を堪えながら必死で玉ねぎと格闘していると、不意に俺達の班に一つの影が近づいてきた。

 玉ねぎのせいで視界が狭く、周りが見えなかったので、見回りに来た家庭科の先生かな、と勝手に思っていると、「あ、碧君!」と明るく言う声が隣から聞こえた。

 どうやら影の主は碧だったらしい。


「いや〜、舜太が優秀すぎて俺の仕事が無いよ。あいつ、手際良すぎ」


 やっとの思いで玉ねぎを切り終えてから碧の方を見ると、頭を掻きながらそんな事をぼやいていた。

 どうやら手持ち無沙汰になって、周りの班を見て回っているらしい。


 碧に見られているからか少し緊張しながらネギを手元に引き寄せ、小口切りにし始める。


「うん、やっぱ杏実も料理上手い。ネギ切る手際だけで分かるわ」


 こんな風に碧がナチュラルに褒めるからいけないのだ。

 何の前触れも無く『想い人』に褒められた事で心を乱され、その乱れがそのまま包丁に伝わって杏実さん自身の指に少し触れる。


「「「あ」」」


 三人の声が重なると、杏実さんの人差し指の先にうっすらと小さく赤い線が引かれた。

 途端、碧が猛スピードで自分の席に戻り、筆箱についているミニポケットから絆創膏を取り出すと速攻でこちらに戻ってきた。


「これ、使って。……あ、指だから自分ではやりにくいか。指出して」


 言われるがままに碧の前に指を差し出すと、小さめの絆創膏を細い指に巻いていく。


「これで良し…っと舜太達が呼んでるな。じゃ、お大事に」


 杏実さんの指に手当てを施した後、杏実さんからのお礼も聞かずに碧は自分の班に戻っていってしまった。

 そんな状況の渦中にいる杏実さんは、自分の左手人差し指に巻かれた絆創膏をじっと見つめた後、右手でそっとそれを包み込む。


「…………さらっとこういう事できるのかっこよすぎるって………!」


 そう呟いて、ようやく頭が状況に追いついたらしい杏実さんは顔を火照らせながら固まってしまった。


 ちらりと碧の方を見てみると、碧は何食わぬ顔で味噌汁をかき混ぜていた。



 ついでに、大喜に加えて杏実さんまで使い物にならなくなってしまったので、肉じゃがと味噌汁の完成のために俺と山中君と矢野さんの三人がものすごく奔走したというのも付け加えておく。

読んでいただきありがとうございました!


番外とかを多くやってるので本編はまだ86話ですが、このエピソードで合計100エピソード目らしいです……!

いやあ、よく続いてるなぁと自分でも驚いています!

こうして頑張れているのも間違いなく読んでくれている方々のおかげなので本当に感謝です!

次は本編100話の感謝コメントを届けれるように精進して参ります!


読んでみて少しでもいいなと思ってくれたら、感想やブックマーク、評価などいただけると嬉しいです!励みになります!

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