フルール国王1
その日、わたくしは朝から大変ご機嫌でした。
まず、お天気が良く空が明るく青く澄んでいたのです。
空がきれいってもうそれだけでテンションがあがりますわよね?
それから、ずっと、ずうっと試行錯誤していたものがついに実用化しましたの。
そう、「ファスナー」です。
ああ、もう感極まって涙が出そうでした。
たかだか留め具ぐらいで、ちょっとおおげさすぎだと思われるかもしれません。
でもですわね、わたくしは声を大にして言いたい!
これは画期的な発明です!と。
だいたいこの世界の服装事情は、転生モノのお約束通りに中世ヨーロッパすぎるのです。
肌着を身につけるところまではまぁ良いとして、コルセットでしょう。ゆるく着付けてもそもそも苦しい上に、装着には紐をこれでもかと通して結ばなくてはいけません。それからペチコートを何枚も重ねてこれも1枚1枚紐やボタンで留めて着付けます。そのあとドレスですけど、これもいろんな箇所を紐、ボタン、あるいはピンで留めてやっと完成なのです。
それに髪を結って、お化粧をして。
貴婦人の完成に時間と人手がかかり過ぎなのではないかしら!
私は声を大にして言いたいですわ!大事なことですから!
いっつもこんなに大変なんじゃ、ごろごろぐーたら引きこもる時間が取れないじゃないのー!と。
実際にそんな事を言えばマリーのお説教が待ってるだけですから口には出しませんけどね!
まぁ、それはともかくとして、工房から出来上がってきたファスナーをさっそく服の仕立てに使ってもらうべく、マダム ルブランのお店に使いを出しました。
すぐに返事がきて、他に予約もなく今から訪問しても大丈夫だとの事。
最初は、これからすぐに支度して伺います、との事でしたがこちらから出向くことにいたしました。
だって、やっぱり大量の布地を眺めながらお話ししたい!と思ってしまって。
素敵な生地を見ると、もう意味なくテンションが上がるのってわたくしだけでしょうか?
それからすぐに訪問して。
ただいま、マダム ルブランのお店でお茶など頂きつつ、店主のマダムとドレスの仕立てで盛り上がっておりますの。
予想通りマダムはファスナーに大興奮してくれましたわ。
「まあっ!なんてことでしょう。ここの持ち手を引けば布の開閉がこんなにスムーズにいくなんて!!」
彼女は私の視点とはまた違ったところからも感動してくれます。
曰く、ボタンや紐、リボン等もドレスの着付けという意味では必要なものの、デザインの邪魔になるものが結構多いとのこと。
説明されてみれば確かにボタンホールひとつにとっても布にシワができないよう配置したりデザインの制約が発生いたしますわね。
また、お洗濯といった実用的なところからも歓迎されそうです。
ボタンも紐も多ければそれだけ手間が増えますものね。
いいわぁ。皆が楽ができるというところが素晴らしく良いわぁ。
話がはずんで、わたくし用のドレスをいくつかと、マリー達侍女のお仕着せ用のドレスも依頼いたしました。
「よろしいのですか?」マリー達は驚きつつも嬉しそうです。
「ええ。実際に身につけて働いてみた上での感想が欲しいのよ。
改善点なんかを教えてもらって、皆のお仕着せを用意できたらと思っているの」
仕事をするのに動きやすくて、丈夫で、汚れても目立たなくて、でもおしゃれな服って大事ですわよね。
そして、仕事前の身支度って手早くできればできるほどありがたいですわよね!
こう、ちゃちゃっと。
へんしーん!みたいなね〜。
こうやってあれこれ話し込み、マリー達も加わってデザインやアイデアで盛り上がって、注文を全て済ませたのはお昼もだいぶ過ぎた頃でした。
せっかく街に出たのですから、このまま視察も兼ねてどこかでお昼をいただく事にしましょうという話になり、最近流行っているというカフェに出向くことにいたします。
いい具合にマダムの店からすぐ近くですので、侍女が先に問い合わせに行き、予約を取ってからマダムのお店をお暇しました。
馬車も少し離れた所に待機してもらって歩いて行きます。
この辺りは大通りでもあるので道の舗装が行き届いております。
馬車鉄道の駅もあり、道の掃除はそれぞれの町内会が孤児院に仕事として発注する形式をとりました。
寄付ももちろん大事な事ではあるのですが、本当のことを言うと、施しをする、受けるというのはわたくしとしてはあまり好きではありませんの。
貧しい立場であっても、仕事を持つ、少しずつでも自立の道を作る、そうして自分に自信を持って生きていって欲しい。
きれい事かもしれません。
この世界は身分制度があり、わたくしも上位の立場ではあります。
でも、前世の記憶がある身としては基本的人権も自立した最低限度の文化的暮らしも保障したいのです。
とはいえ、基本的な人としての尊厳と自立が確保できればあとはできるだけごろごろと引きこもるのもまた自由ですわよ。
わたくしも快適な引きこもり生活を目指して着々と準備を進めますわ!
心の中で誓いを新たにしたわたくしは、カフェのドアを開けてくれたお店のスタッフに努めて優雅に見える笑顔でうなづいてから入りました。
あら、なんだかカフェのお客さま方、なんでしたらスタッフの皆さまの様子がそわそわしているようです。
チラチラ、と視線が同じ方向に向いているよう…?
皆様の視線をたどっていき…ものすごく納得しました。
まぁ…、すごいイケメンがいますわ!




