ユイス公爵領4
「だいたい姫様は、ご自分が妃殿下だという自覚はおありなのでしょうか?」
マリーのお説教が始まりました。
「はいはい。側妃殿下ですとも。よく自覚しております」
…はっ!しまった!気を抜いて燃料を投下してしまいましたわ!
「妃殿下!あなた様はフルール国の正統な王女殿下なのですよ。この国の女性のどなたよりも高貴なお血筋なのです。それを側妃などと、それも形式だけの側妃だなんて。御身へのご自覚があまりにも足りないのではございませんか!」
「そうは言ってもね、先立つものがなくては権勢を張ることはできなくてよ」
「…っ」
「ねぇ、マリー。私は確かにあなたのいうように王女として生まれた。私のお母様も王女だったし、その血筋は確かに誇りにすべきでしょう。実際わたくしも大事に思っているわ」
でも
「実際の権勢はどうかしら?わたくしが今、満足な後ろ盾もなく、身分を正面に出して正妃の座を望んだとして叶うのかしら?」
「…」
「ねぇ、考えてみて。私が不用意な行動をした結果、この公爵領や故国が不利益を被るかもしれないことを」
そうなのです。
勝ち目の薄い勝負に出るより守らなくてはいけないものがあるのです。
没落して公爵領が取り上げられたり、暗殺されてしまう事だってありうるのです。
多少の寵愛くらいでは危険度が高いので、それくらいなら今の目通りも済んでいない、白すぎる結婚の方がずっと好ましいのですわ。
「わたくしとしてはそうね、陛下にどなたかこの領を一緒に発展させてくださる方をご紹介いただいて、その方に下賜して頂けると良いかなぁと思ったりはするのよね」
意識しておっとりと話してみましたが、内容のドライさ加減に、マリーがドン引きしています。
「姫様…。それはあまりにも…。そこまでご自分を思いつめられなくても」
最初の意気込んだ調子とはだいぶ違ってきています。
「あら、わたくし思いつめてなんていなくてよ。ねぇ、考えてみて。ユイス公爵領は私が来てからなかなか発展したと思わない?」
「それは確かに…」
「わたくしこの現状に手応えを掴んでいるのよ。ジョルジュ達が守ってくれたこの領地を発展させたいのよ。安心して幸せに暮らせる場所にしたいなと思っているの」
…ついでにいい感じに引きこもる事ができればなお良いわね、というのは内緒だけど。
街道もまずは主要な所を整備できたので、あとはサブに当たる所を整備しつつ、貿易用に港を整備しています。
湾岸を整えて、税関を大量の物資の出入りに対応できるよう人や設備をグレードアップしました。
鉱山から出た鉱石や宝石の他領、他国との取引も活発化しています。
調査した結果、どうしても主食の小麦栽培には向いていない土壌だと判明しました。
そのため細々とは作るものの、蕎麦や最近の貿易でジャガイモやサツマイモといった備蓄にきくものを輸入して栽培しております。
食料自給率は確保しないといざという時に困りますものね。幸い、他国で普通に栽培されておりましたので、輸入に苦労もありませんでした。
貴重な作物ですと輸出に制限もかかりますし栽培方法とかも秘匿されますものね。
まあ、その時は前世チートでなんとかしますが。
あとは、領の元からの特産であった絹の生産、それから薬草と染料の元になる草木の栽培に力を入れております。
故国ルーセルのお父様こと国王陛下にお願いしてみたところ、絹をはじめとした輸出を開始することができました。
さらにこれを機会に貿易関係の公務を担当している王太子殿下とも連絡を取り合うようになりました。
国にいた頃より連絡を取り合っておりますね。
ルーセルの王太子殿下、つまり兄上は、もともと国内でも端正な顔立ちの温厚で優秀な王太子として人気でした。
私も日々地味に存在感薄めを心がけておりましたので、接点はあまりなかったものの、なにかひどい事をされたり言われたりした事はありません。
よくあるお約束的な「お前などが兄などと気安く口にするな」的な事もありませんでしたし。
私的な場面では普通に「お兄様」呼びは許されていたんですよ。あ、ついでに「お父様」「お義母様」呼びも。
あまり使うシーンがなかっただけで。
それが、最近こうやって貿易で関わるようになって、業務面以外にも季節のあいさつや贈り物などのやりとりなど故国にいたときよりも穏やかな気持ちでできるようになりました。
先日も、新しく発見された鉱山からでたという綺麗な宝石を頂きました。紫の透き通った硬度のある石です。
それで思いついて、自領の新開発の絹織物をこれも自領の薄紫の染料で染めてみたらすごく良く仕上がったので、贈ってみましたの。
今までになく薄く透けるような生地に美しい発色だったので自信があったのですが、王妃殿下と王太子妃殿下が大変お気に召したそうでさっそく輸入の打診がございました。
これから流行してくれればお互いにとってwin-winですわよね。嬉しいことです。
こうやってこのまま、親密な家族とはいわずとも良好な親戚のような関係が維持されると良いですわね。後ろ盾はあった方が断然心強いですもの。
次はどこに手をつけようかしらね〜?
後ろからなおも感じるマリーからのプレッシャーを、全力で気づかないふりをしてみました。
あら、「この紅茶美味しいわ、今日のお天気に合うわね」なーんて言いながら。




