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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王の盾の帰還編
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4・各自行動せよ その2

~ガーランド副団長side~


ヤマダ達が動き出す少し前、王都にて。


(今日は何かおかしい)

いつものように王都の巡回として歩いているのだが、街はいつもの街ではなかった。

普段は大人しく、滅多なことでは鳴かないミコール家の犬はしきりにキャンキャンと吠えるし、屋根では猫がやたらと威嚇してフーッと尻尾をピンと張り上げた。赤子の火のついたような声があちらこちらで聞かれ、外を歩く子供達もどこか元気がない。

(風の匂いもいつもと少し違う)

「おい、街の警備の強化だ。自警団の奴らも引っ張り出してきて待機させとけ!」

一緒にいた騎士チックとナートに指示を出す。

「何かあるんですか?」

ナートが何故、といった顔で尋ねてくる。

「分からんが、俺の勘がそう言ってる」

理由は分からないが、今まで幾多の実践をこなしてきた副団長の勘。十分に警戒に値する、と2人はキリっと表情を変えて指示に従った。

ナートは急ぎ王宮へ引き返し、チックは自警団の詰め所に走った。

(杞憂に終わればいいが・・・)

そう思ったが、肌は逆に空気の緊張をビリビリと感じ取っていた。


 バリンッ


そう遠くない場所で、ガラスの割れる音が鳴った。


 ※ ※ ※


ヤマダ達はそれぞれ別れて行動した。


南部のブリック大橋には初代であるマコトとカンパール皇帝レオール陛下。西部の貧民街にはヤマダとヒューバート、キティ。東部の小神殿には桃姫とフェイト、ラズーロ王子、そして魔女アデリアが行くことになった。


ディエルゴ騎士団長は騎士団を率いて各地の暴動の鎮圧化をはかり、サイラス神官は神官達を率いて街の人々の安全の確保に動いた。カレンデュラもオルンハイム家に仕える者に指示を出すことでサイラスの列に加わった。


 ※ ※ ※


[南部ブリック大橋方面]


初代とカンパール皇帝レオール陛下は街を駆けた。ブリック大橋に近づくにつれて騒動が大きくなっていく。

殴り合いの喧嘩や家々の扉の破壊、商店を襲った者が火を放ったのか火の手まで上がっている。

それを横目に2人は橋の方へと走った。

「まさかこのタイミングで獅子王の子孫に会えるとは思わなかったな」

駆けてはいるが、その息は乱れていなかった。こんな状況にあっても、初代はどこか気持ちの余裕を持って行動しているように見えた。

「古代の獅子王を知っているのか?」

「うん、俺の友達」

「友人とは・・・」

 ブンッ

陛下はその大剣の剣圧をもって襲い掛かる人をなぎ払う。陛下も陛下で、ただ走るだけの初代に比べて剣を振り回しながら走っているというのにも関わらず、その息一つ乱れてはいなかった。

「いずれまた会うこともあるだろうって、あいつは言ってたけど。こんなときにその血筋の者に会えるとはね。よく似ているよ。色男だ」

「ふふっ。さすが小鳥の父君だけはある。他と言う事が違う」

そんな会話を交えながら、2人はブリック大橋を目指した。



「あれだな」

初代の瞳がブリック大橋のたもと、黒い靄のかかった部分を捉えた。しかし、元々人通りの多い橋。混乱も加わり、橋の上は人でごった返している。

そんな中、常軌を逸した目をした巨体の男が小さな子供に手をあげようとしているのが見えた。子供は体がすくんでいるのだろう。動くことができず、ただ怯えた表情で男を見ていた。

「止めろっ!」

駆け寄ろうとしたとき、その巨体がドォォンと重い音を立てて崩れて沈んだ。

「やれやれ。いい年した大人がか弱い子供に手を上げるもんじゃないな」

酒瓶を片手に顔の赤い老人が倒れた男の背にどっかりと腰を下ろした。

「ほほっ。こんな状況では、落ち着いて酒も飲めんわ」

ぶつぶつと口内で呪文を転がし、風を起こして暴徒化する人々の足元を掬うヨボヨボの爺。その手にも酒瓶が握られていた。

この2人組の老人、実は若い頃王国騎士団の副団長まで勤め上げたダリルと神殿の未だ現役の大神官ユネスである。たまたま飲み友達の2人が街へ酒を探しに繰り出したときの民の暴徒化。実戦は久しぶりでも、その実力はまだまだ衰えてはいなかった。

ダリルが襲いかかってくる男に酒瓶を振り下ろす。バリンと音を立てて砕けた酒瓶から、わずかに残っていた酒の滴が散った。

「あーあ、もったいない。もう一口飲めたのに」

「まあまあ、また奢ってやるから、ケチ臭いことを言うな」

ヨボヨボの爺の方がほほっと笑って酒瓶をあおった。


「何だ、何だ。この国の爺さんは元気だなぁ」

2人に面識のない初代は、感心したように声をあげた。

「感心している場合ではないぞ初代」

「はいよっ」

「どけっ!」

獅子の咆哮が鳴り、橋げたから数人が河に飛び落ちた。

2人は間を駆け抜けてそこに近づく。

「うわっ。真っ黒。でもまぁ、何とかなるか」

その手が禍々しい気を放つ珠に触れた。


 ※ ※ ※


[西部貧民街方面]


「どきなさいっ!」

華麗な剣さばきで人を掻き分けるヒューバート様。彼を先頭にわたし達は西部の貧民街へと向けて走った。貧民街周辺で身なりの良い人間がうろちょろしていると、当然そこに住む人々の標的にわたし達はなった。しかし、ヒューバート様の剣裁きによって、こちらにはまったく被害はなかった。

ヒューバート様はあれで民に怪我をさせていないところがすごいところだ。全てみねうちで昏倒させている。

「すごいですね」

『やるにゃ。眼鏡』

わたしとキティが揃って感想を述べると、いつもの冷たいアイスブルーの瞳がこちらを睨みつけてきた。

「当たり前です。私を誰だと思っているんですか?」

「はい。何でも華麗にこなすヒューバート様です」

「分かっているなら、さっさと先に進みますよ」

(ヒューバート様はあれだ。もっと謙遜することを覚えたらいいんだ)

「何か言いましたか?」

人の心を読むのはやめてほしい。

わたしは首をぶんぶんと横に振って否定した。


「あっ」

わたしを振り返ったヒューバート様の後ろに黒い靄のかかった場所を見つけた。

「見つけました。ヒューバート様。あそこです」

うらぶれた貧民街の住宅地、集められたゴミ山の脇にそれは無造作に置かれていた。

近づくと、その黒さはもっと濃くなる。珠自体は内部が虹色に色が移り変わっていくのに、放たれる気配はとても胸を不安にさせるものを持っていた。


「いけますか?」

ヒューバート様も珠の気配に圧倒されたのか、固い声でわたしに尋ねてきた。

「いきますよ。いかなきゃ駄目でしょう? 何とかします。浄化してる間、周囲を頼みます。貴方が来てくれてよかった。時々、軌道が大幅にズレることもあるけど、貴方は強くて真っ直ぐだから。心強いです」

「ふうっ。私に向かって真っ直ぐと言う人間は貴女くらいのものですよ。ですが、一言余計です。そういうところは直すべきですね」

 ドサッ

襲いかかる人を蹴倒す。

「周囲の事は気にせず、存分に力を発揮しなさい」

「はい、ありがとうございます」

お礼を言って、禍々しい気を放つ球に慎重に触れた。


 ※ ※ ※


[東部小神殿方面]


「邪魔だよ。道を開けなっ!」

魔女が先陣を切って、呪文を唱え突風でもって人々を薙ぎ払う。零れ落ちた人を王子とフェイトが蹴散らす。東部もまた、暴徒化した民によって家々が荒らされ、露店のテントが崩されるなどの被害にあっていた。


小神殿に着くと、孤児院の子供達は自警団の隊員達によって既に避難を終えたところだった。

とりあえず、子供達の身の安全は確保されていたことに安堵し、珠の在処を探る。

「あった。これだね」

神殿の扉横の茂みにそれはあった。

触れるまでもなく禍々しい気を放っているのが分かる。

「ものすごいプレッシャーだな」

王子が低い声で呟く。

球から発せられる気配に、胸にどす黒いタールのような重しが圧し掛かってくるような感じに襲われ、桃姫はゴクリと唾を呑んだ。

球に込められた魔力に圧倒され、心が怯みそうになる。

「お前なら出来る。いざってときのために訓練してきたんだろ? 今がそのときじゃないのか?」

「フェイト君・・・」

「何も力になれんのが歯がゆいが、今はお前を頼るしかない。やってくれるな?」

「王子・・・」

「ダイジョウブ。俺達が一緒にいる」

「うん」

コクリと頷き球に近付いた。近付くほどに胸が圧迫感を覚えて息が苦しくなる。


振り返り、愛しさを覚え始めた彼の顔を見た。強い瞳だった。「モモコなら出来る」そう信じてくれている瞳。

「ねぇ、もし私がこのまま意識を失って起きてこられなかったら、キスして起こしてね」

(小さな頃、あこがれたおとぎ話のお姫様みたいに)

「縁起でもないこと言うなよ」

「どっちが? 起きないこと? キスすること?」

「両方。バカ言ってないでさっさとしろよ」

「はーい」

さっきの様子で確信した。

(フェイト君は山田さんが好き。でも、頑張ってもいいよね。私を信頼してくれるというなら、もう少しだけあがいてみたい。そのためにも、今ここで終わるわけにはいかない。それに、ここで頑張らないと、今後この国の人達を守っていくことなんて到底無理だから・・・)

「私、頑張るね。だから見ていて」

呼吸を整えて、ゆっくりと禍々しい気配を放つ球に触れた。


 ※ ※ ※


その日、王都に3本の光の柱が前後して空に駆け上った。

雷鳴よりも激しくなく、だが眩しい日の光のような明るさを持った暖かい光だった。

南部のブリック大橋・西部の貧民街を中心として、地面から若葉が伸び成長して茶色の地面を緑に変えた。家々のレンガから花が芽吹き、青々とした蔦が壁を覆った。

王都中にモモの花びらがひらひらと舞い、特に東部の小神殿を中心として顕著に美しい桃色の花が舞い踊った。それはおよそ1時間に渡り降り注ぎ、王都に花の雪を落とした。

暴徒化した民はそれを見て我に返り、美しい花の奇跡を起こした『王の盾』を称えた。


それは後に、最後の『王の盾』が起こした花の奇跡としてシルバレンの歴史と人々の心に残ることになる。


 ※ ※ ※


モモの花の雪が止む30分程前のこと―――。


(花が降り止まない・・・)


大量の魔力を変換し、体力を大幅にすり減らして、わたしの手足は力が入らずフラフラとしていた。

生まれたての小鹿のようにプルプルとする足を叱咤して立ち上がろうとするわたしに、ヒューバート様が「落ち着きなさい」と肩に手を置いた。

「何をしているんですか。少し休憩していなさい」

「ヒューバート様・・・。でも、桃姫のところに行かないと。花が降り止まないのが気にかかります」

「まったく、貴女は人のことばかりですね」

アイスブルーの瞳を和らげ、仕方ないなという感じでヒューバート様が背中をわたしに向けてしゃがみこんだ。

「えっ・・・」

「呆けた顔をしていないで、さっさとおぶさりなさい。桃姫のところへ行くのでしょう?」

「あ・・・はいっ!」

ヒューバート様に背負われて、東部の小神殿へと向かった。


途中で陛下の姿を発見し、合流する。けれど、お父さんの姿が無い。

「陛下、父は?」

「ウサギを探しに行くと言っていた。多分ラビは森にいる、そう言っておったが・・」

それはきっと王宮の北の森のことだ。気にはなったけれど、ウサギのことはお父さんに任せておけばいいい、そう判断して東部にいる桃姫のもとへ向かってもらうようにヒューバート様にお願いした。


未だ花は降り止んでいなかった。


孤児院を併設している小神殿へ向かうと、桃姫があの不吉な珠を握りしめ、桃色の花の雪に埋もれて意識を失っていた。

「来たか、ヤマダ」

王子が振り返る。その瞳に若干の焦りを感じた。

「大分魔力をすり減らしたんだが、まだ残っている。やってくれるか?」

師匠が燃えるような赤髪を掻きあげてわたしを見た。

「やります。ヒューバート様、降ろしてください」

よろよろと降りて、眠る桃姫の傍に寄った。

師匠の言うように、珠は大幅に魔力を減らしていたが、まだいびつな虹の輝きを放っていた。

桃姫の桜色の唇が、今は白くかさついていた。頬は白くなり、どこまでも透明で、よくできた人形のようだった。


「頑張ったね」


そっと桃姫の手から球を離して、残った魔力を散らした。

地面の草が伸び、花が揺れ、神殿の白壁に緑の蔦が絡まった。


 リンゴーン ゴーン


大神殿の方角から、正午を告げる鐘の音が鳴り始めた。それは人々を襲った悪い夢の終わりを告げる祝福の鐘のように冷たい空気中に澄んだ優しい音を震わせて響き渡った。

モモの花の雪が降り止み、代わりに真白の雪が王都に降り始めた。


 ふうっ

桃姫が息を吐いてゆっくりと瞼をあけた。はらはらとモモの花を散らしながら、桃色の雪の中から起き上がる。

「私・・・」

「良かったな。目が覚めて。キスしなくて済んだ」

フェイトがしゃがみ込んできて、桃姫の栗色の髪に付いたモモの花びらをつまんだ。

ニヤッと笑って桃姫を見るフェイトの顔は、いつもわたしの頬にキスしたりしてくるときにするからかいを含んだ笑みを浮かべていた。

「イジワル」

桃姫は顔を赤くして、じとっとした目でフェイトを見上げた。


わたしは何のことか分からず首を傾げ、キティは面白そうに『にゃあ』と鳴き、そして王子は口元をひくひくさせて「このクソガキ」と呟いた。


鐘の最後の一突きが、リンゴーンと静かに王都に鳴り響いた。




今回は色んな人を出してみました。

モモの花言葉:「チャーミング」「私はあなたの虜」


次回は父とウサギです。

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