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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王の盾の帰還編
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2・初代の目覚め

ヒヤリと冷たい地面の感触が頬に伝わる。

周囲を見渡すと、暗くて土がむき出しになっているのでどこかの洞窟なのだろうかと当たりをつける。

地面や壁に生えた苔は蛍光物質を含んでいるのか、暗闇の中でもうっすらと青白く光を放っていた。それがこの空間をただの真っ暗闇に終わらせなかったので、わたしは冷静さを保つことができていた。

まったく光のない空間だったら、恐怖心が増して周囲を見る余裕もなかっただろう。

天井はどこまでも高く、上部へ向けてらせん階段が暗闇の中へ溶け込んでいるので、ここがそうとう深いところに位置するのだろうと思われた。

そんな暗い洞窟の壁際に、わたしは手足を縛られて転がされていた。

(これは、大声を出しても外には聞こえないだろうな)

そう思ったので、助けを求めるのは早々に諦めた。何とか縛られたロープを解くことができないかと、もぞもぞと動くが、一向にロープが緩む気配はない。


ウサギはわたしをここへ連れてきて直ぐに手足を縛りあげてどこかへ消えてしまった。

日の光もなく、こう暗いと時間の感覚があやふやになってくる。多分、30分ほど経った頃だろうか。

ウサギが誰かを連れて帰ってきた。

目を細めて、連れてこられた人物を見る。暗がりの中で慣らされた瞳に入ってきたのは、栗色の長い髪、くりんと長いまつ毛を怯えに震わせるその人。

「桃姫っ!?」

「山田さんっ!」

ウサギの横にいた桃姫がわたしに駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

「桃姫、どうしてここに」

「フェイト君と一緒にいたんだけど、あの子が突然現れてフェイト君と山田さんを人質に取られて・・・」

桃姫は地面から抱き起して手足を縛るロープを解こうとしてくれたけど、彼女の華奢な細い指では固すぎて解くことは叶わなかった。


わたしはウサギを睨んだ。

師匠やキティにとって初代である父を救う要となるのはわたしだけど、ウサギにとって要となるのは桃姫だ。

もしかしたら、直接彼女を手にかけるつもりかもしれない。

(そんなことはさせない。何が何でも桃姫を守らないと)

ウサギは敵であると心にインプットした。たとえ哀しい想いを持っていたとしても、それだけはさせてはいけない。

睨みつけるわたしにもウサギは冷たい視線で返して言った。

「ロープは解いてあげるから、自分の足で歩いてよね。言っておくけど、逃げるなんて考えないように。逃げたって簡単に捕まえられるんだから」

ウサギがパチンと指を鳴らすと、わたしの手足を捕えていたロープがスルッと解けた。

「こっちだよ」

わたしは何か仕掛けられても良いように桃姫の前を歩いた。丸腰では実際の武器には対処しようがないけど、ウサギの魔力には有効なのだ。咄嗟の盾ぐらいにはなれるだろう。


ウサギの後ろを警戒しながら付いていくと、丁度わたしの反対側に位置する壁際に扉が設置されているのが分かった。

「ここは召喚の塔の地下。高く空にそびえる塔の逆位置。帰還の陣がある場所。そして―――」

ウサギがゆっくりと扉を開けた。

 キイィ

錆びた音を立てて扉が開かれた先に、ぼうっとした蝋燭の光が灯っていた。部屋はわたしと桃姫が召喚された部屋と同じくらいの広さがあった。

床の中央に帰還の陣と思しき文様が描かれ、その中心にいつか見た乳白色の球体が据え置かれている。球体はそれ自体が淡く光っていて、部屋の中を照らし出していた。

中には人がいた。球体の中身は液体が詰まっているのだろうか。中に眠る人の黒髪がユラユラと揺れて漂っていた。

「そして初代の『王の盾』と呼ばれる人が眠る場所」

その顔は、わたしのよく知る人の顔だった。

「お父さん・・・」

幼い頃に分かれたときから少し年をとったように見える。だが、依然として若々しい父がそこに眠っていた。


(こんな近くにいたんだ)


ウサギがぐっとわたしの腕を引っ張って父が眠る球体の傍へ引き寄せた。

「感動のご対面、ってとこかな。こうして並べてみると確かに似てるね。全然気が付かなかった」

父を見るウサギの目は優しかったけど、わたしに向ける目はどこまでも冷たく凍てついていた。

「ねぇ、マコトの子供なら彼の役に立ってあげなよ。彼を救ってあげようよ」

発せられた『救う』という言葉が全然温かみを持っていなくて、わたしは胃の府が冷える気持ちになる。

「何をする気?」

「彼を起こすんだ。同じ血を持っている君を使えば、あのバカ猫に頼まなくたってボクにも彼を起こすことができる」

そう言って、微笑んで父の眠る球体に額を寄せた。

「待ってて。今起こしてあげるから」

彼はこのほの暗い部屋で何度も一人、こうして身を寄せてきたのだろう。そこにはとてつもない孤独があった。何十年、何百年という時間。彼は父と一緒にいるつもりだっただろうが、実際に生きて時間の経過を実感していたのは彼だけ。彼は長い時間をたった一人で過ごしてきた。


(いや、流されちゃ駄目だ)

ウサギに伸ばしかけた腕を押しとどめる。以前ウサギの意識に同調したせいか、ついつい気持ちが彼寄りに傾いてしまう。

(ウサギが何をするつもりか知らないけど、今は隙を付いて桃姫を逃がすことを優先させないと)


「彼をよく見て」

顔をぐっと掴まれて父の方を向けさせられた。言葉に縛られたように父から瞳をそらすことが叶わない。金縛りにあったように身体を動かすことができなくなった。

 ぐっ

そこからわたしの頭が球体に押し付けられた。

ウサギはわたしの頭をそのまま球体に押し付け続け、球の中へズブズブと押し込んでいく。

「桃姫、今のうちに逃げて!」

「山田さんっ!」


 ゴボゴボッ


生暖かい液体が肺に侵入してきた。それでも息はできたが、出そうとした声は音にならなかった。

わたしの移動と同時に、父の体が外に押し出されていく。丁度入れ替わるように、わたしの頭が押し込まれれば父の頭が出て、腕が入れば腕が。

そうして頭から始まり、最後には体の全てを押し込まれた。

内側から一生懸命叩いて衝撃を加えても、ドゥンドゥンというくぐもった音が水中に響くだけで外に出ることはできなかった。球体の外では、ウサギが愉悦に浸った笑みを浮かべ、桃姫が悲壮感に溢れた顔をして口元を覆っていた。

中は生暖かく、それが母親の胎内にいるような感覚に陥る。急激な眠気に襲われ、徐々にわたしの意識が薄れていく。

(眠っては駄目だ! 起きてないと、ここから出る方法も思いつけない)

襲い掛かる眠気に打ち勝とうと、わたしは腕にぎゅっと爪を立てた。痛みにぼんやりとし始めたわたしの頭がかろうじて覚醒を保つ。

(ここから出なきゃ。お父さん・・・ディー団長・・・)


 ※ ※ ※


球体の中から出てきた男を、ウサギは自分が濡れるのも構わずしっかりと抱きとめた。その頭の中は再会の喜びに満ち、自らが押し込めたヤマダの存在など当に意識にはない。

ウサギは抱きとめた身体をゆっくりと丁寧に床に横たえた。男の体に付着していた液体が床を濡らす。

「起きて。マコト、起きてボクを見て」

濡れた顔をその服の袖で拭って声を掛け続けた。

「マコト、目を開けて」

「うっ・・・」

うっすらと目蓋を開けていく男にどこまでも優しい微笑みを浮かべる。

「ラ・・・ビ・・・?」

次第に焦点を合わせだした黒い瞳がウサギの姿を捉える。呼ばれた名前にウサギの頬が生気に溢れて色づいた。

「そうだよ。ラビだよ」

「俺は・・・」

「君は眠っていたんだ。ずっと。長いことね。大丈夫、全部終わらせてボクが君を元の世界に戻してあげる」

男がゆっくりと横を向く。乳白色の球体の中、こちらを見る人の姿があった。

「かず・・は・・・」

それは夢にまで見た幼い頃分かれた娘の成長した姿。面差しが自分と異世界に残してきた妻によく似ている。

そのクチビルが『オトーサン』と形作った。

「君の子供なんだってね。わざわざ異世界から来て身を挺してまで君を助けてくれたんだよ」

「こんな形で再開するなんてな」

男は外に出たばかりで動きの緩慢な腕を伸ばし、ウサギの頬に触れた。触れて、その顔を自分に抱き寄せて抱擁した。


「ごめんな」


彼の瞳は球体の中の我が子の方に向いていたが、再会の喜びに胸を躍らせるウサギはそれに気付くことができなかった。

球体の中の子は哀しそうに眉をひそめてぷるぷると頭を横に振る。謝られることなんて何もないというように。

「マコト」

ウサギはうっとりとした表情で身を摺り寄せた。

「眠っていても外のことは何となく分かっていた。ラビも色々と話をしてくれてたから」

ウサギはそれを感謝の意と捉えた。こうして再開することを、何度も夢見た。夢見て、起きるたびに、まだ起きていない男を見て絶望した。それを何度繰り返したことだろう。酷いときは一晩に3度はそうして起きて涙した。

「やっと君に会えた」

今流す涙は喜びの涙だ。

「夜中に飛び起きて、君がまだ眠っていることを確認させられるたび、何度涙したかな・・・。もうそんな思いしなくていいんんだね」

離れたくはない、とぎゅっとその身体を抱きしめた。


「ごめんな。ラビ、俺がお前に感情を教えた」


 ポウッ


淡い光を放って、花が一輪零れ落ちた。白いジニアの花だった。それを皮切りにウサギの左腕からポロポロと色とりどりの花が零れ落ちていく。

「何でっ!? ボクは君のためにっ」

腕を押さえて飛びずさった。その左目も形を崩してルビーのような赤い瞳の変わりに赤いアネモネの花に変化していた。

残された右目から涙が零れ落ちる。

「何でこんなこと・・・。ボクの知っている君はこんなことしないっ!」

「嘘だ。本当は分かってるだろ? 俺が誰かの犠牲を望んでなかったってことくらい。お前は賢いんだから、分かってたはずだ」

男が崩れ行く左腕を握る。それはもう腕とは言えなかった。マリーゴールド、黄色のヘリクリサム、紫色のクジャクアスター、橙色のポーチュラカ。満開の美しい花束がそこにはあった。色とりどりの花で構成されたそれが人の腕だと思うと、美しさは逆におぞましさを増強させる。


「それでもボクは君に会いたかった」


後から後から零れ落ちる花と涙。

「ボクは止めない。・・・消えちゃえ」

すねた子供のような声を出す。起きて、今まで頑張ったと褒めてほしかった相手に否定されたことがショックだった。

勢いに任せて叫ぶ。


「ボクを否定するなら、君も消えちゃえっ!」


言って、はっとして口を押さえた。

「ちが、・・違う。マコト・・・ボクそんなこと」

己の発した言葉に衝撃を受け、青ざめたウサギは顔を覆って後ずさった。

トンと背中に当たったのは、ヤマダが閉じ込められた乳白色の球体。

「そうだ、こいつだ・・・。こいつが現れてから何かがおかしくなったんだ」

振り返り、ヤマダに目を向ける。

「君がオカシイのもこいつのせいかな?」

手をヒヤリと冷たい球体に当てる。残るルビーの瞳が妖しくきらめいた。


「君も出てきたし・・・もういらないよね、これ」




なかなか止まらないウサギの狂気。


話中の花について。

ジニア:別れた友への思い

アネモネ:儚い希望・真実

マリーゴールド:悲哀・絶望

ヘリクリサム:永遠の思い出

クジャクアスター:友情・悲しみ・美しい思い出

ポーチュラカ:無邪気


今のウサギの状況にあった花言葉を持つ花にしてみました。

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