表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王の盾の帰還編
88/95

1・暴走する狂気

最終章です。


 カチャ


足に巻かれていた鎖の鍵が外される。

「これでお前は自由だ。どこへなりと飛び立つがよい」

陛下が少しだけ寂しそうに笑う。獅子の顔に戻って表情が読み取りにくくなってしまったが、その目や口元を見れば分かった。


「陛下は自由になりましたか?」


足に巻かれた鎖は私の心を縛らず、陛下の心を縛っていたように思う。だから聞いてみた。

この先を鎖のない心で歩いていってもらいたい。

「随分と」

陛下の返事は短かったけれど、私には十分な答えだった。


 ※ ※ ※


ディー団長に迎えに来てもらったのはいいけど、とりあえず陛下もシルバレンへ向かうことだし、渋るディー団長を説得して一緒に旅立つことに決めた。

聖堂を出るとき、キティが思い出したかのように声を上げた。

『あっ。出るとき気をつけて。今までより力が強くなった分、より敏感になってるからアレに当てられちゃうかも』

「アレって?」

『魔力がやばいくらい大量に詰め込まれた珠』

そのときには前を歩いていた陛下がもう既に扉に手をかけていた。

「何だそれは」

陛下が扉の取っ手を握って押す。

扉が開いた瞬間、


 キイィィィン


耳鳴りと共に得体の知れない息苦しさを感じて私は立ち止まった。


『しかも3つ』


(うん、そういうことは早く言おうね。・・・・・キティ、後でヒゲ切る)


ズンと頭に何か重たいものが乗っかったような感覚に襲われる。

その「何か」を探るように、意識がわたしの意志を無視して外へと向かった。たくさんの色の付いた光が視界を覆う。見ようとしていないのに見えてくるのが不快だった。

景色は光に溢れていた。窓の外の針葉樹は薄い緑、馬車が走る地面は薄茶色、陛下の姿も透明に近い白い光で覆われる。

優しい光の中で一つだけ、どす黒い靄のようなもので覆われたものが見えた。

あれはシルバレンの『王の盾』への祝いの品が積まれた馬車だ。触れてはいけない、と頭では感じているのに、それの正体を見極めようとして意識が勝手に研ぎ澄まされる。

馬車全体が黒い靄に包まれていたが、その更に中心となって黒い部分があるのが分かった。もう黒すぎてそれが何なのか判別すらできない。

「陛下・・・。なんて、ものを、積んでいるんですか!?」

空間すら歪んで見えるそれに吐き気を覚えて、わたしは床に蹲ってしまった。

黒い靄がわたしの方へじわりと寄ってきて、手に触れてきた。怖くて、気持ち悪くて、それをねじ伏せるようにしてぎゅっと手を握りこんだ。

わたしの手元から新緑の若葉が芽吹いていく。


「ヤマダっ!」

わたしを呼ぶディー団長の声がひどく遠くから響いてくるように聞こえた。


『せっかく用意した珠を壊さないでよね』


耳というより脳に直接、子供の声が届いた。とても無邪気で、そしてとても邪気をはらんだ声だった。

馬車の上に白銀の髪にルビーのような赤い瞳をキラキラと光らせた子供がちょこんと座っていた。

『派手な花火を打ち上げる為の貴重な珠なんだから』

言葉は面白そうに紡がれていたが、その目は苛立ちで真っ赤に燃えていた。

馬車の幌が外れ、中から黒い靄のかかった珠が3つ空中へ飛び出す。それを手に取った彼は3つの珠を器用にお手玉にしてもて遊び始めた。


「あーあ。ちょっと魔力が減っちゃったじゃないか」

今度は口で。それは脳内に響くよりも更に邪気が強く混じったものだった。

「面白そうな気配がするから来てみれば・・・。つくづく邪魔をしてくれるよね」

 ブワッ

プレッシャーを伴った風が巻き起こり、私に襲い掛かってきた。それは私の力を受けて、地面に落ちていた木の実を急激に成長させて自然の盾を作った。続けて、今度は大量の小石がこちらへ降りかかってきたが、カンカンと木の盾に妨げられる。わたし達を襲った小石は大部分が地面に落ちたけれど、中には木にめり込んだものもあったので、そうとうな威力があったようだ。即席の盾のお陰で、傍に居たディー団長や陛下にはかすり傷一つ付かなかったことに安堵する。


成長した木を見たウサギが口を歪めた。

「マコトと同じ力。ますます気に入らないな」

追撃の体勢を取るウサギにキティが立ちふさがった。毛を逆立てて威嚇するその姿は人の2倍はある本来の姿に戻っている。

『ラビ! 駄目だよ。この子を傷付けちゃ』

「うるさい、バカ猫! 魔女と組んで何企んでんだか」

『これは君のためにもなることなんだから。私達はこれ以上の犠牲を払わない為にこの子を呼んだんだよ』

「そんなこと言って、ボクに対する邪魔者を呼んで」

『聞く耳持ちなよ。せっかくの長い耳もただのお飾りかい?』

キティも何とか話をしようとするのだが、凝り固まったウサギの心にはまったく届きはしなかった。


「シルバレンとカンパールの戦争勃発ってのも派手で面白いかと思ったんだけど、邪魔が入るなら変更せざるをえないよね。いいよ、時間ももったいないし、最後は慎ましやかに終わらせてあげる」


馬車の上にいたウサギの姿がシュンと消えたと思ったら、突然わたしの前に現れた。

 ドンッ

聖堂の壁に肩を押し付けられて身動きを取れなくされる。

「かはっ」

子供の姿なのに、その力が強すぎてわたしの呼吸が一瞬途絶えた。

陛下とディー団長が同時に斬りかかろうとするも、見えない壁に阻まれて先に進むことができなかった。

『ラビ、その子はマコトの子なんだよ!』

キティの言葉にウサギは止まるどころか、逆に愉快そうに笑い出した。

「何それ。ふふっ。あはははっ。そう、そんな面白いことしたんだ、バカ猫。本気でボクの邪魔をする気なんだ」

笑いながらもわたしを押さえつける力はぎりぎりと強くなっていく。骨が圧迫されて痛みを訴えかけてくる。あまりの痛さにもがいてもわたしを掴むその指先すら動かすことが出来ず、額に脂汗がジワリと浮かび上がってきた。

「そうだ」

ウサギが良いことを思いついた、というように喜色の笑みを浮かべる。


「ねぇ、どうせこっちに呼ばれちゃったんだ。君の事、ボクが有効に使ってあげるよ」


ウサギの赤く燃える瞳だけが同じで、周囲の景色が一転した。


 ※ ※ ※


~国境の境、カンパール側の神殿にて~


「ヤマダっ!」

「小鳥っ!」

阻まれた見えない壁によって、近寄ることも出来ずに目の前からヤマダの姿が掻き消えた。目に見えずとも、周囲を覆っていた禍々しい気配も自ずと消滅している。


「贈答の馬車を組んだ責任者は確かメレディス大臣だったな。メレディスはいるか!」

苛立ちを込めてレオール皇帝が叫ぶ。

彼らを取り巻いていた兵達をかき分けて進み出たのは、卑屈な笑みを浮かべた身なりだけは上等な小男だった。

「へへ、陛下。私めはカンパールの繁栄の為を思って」

「国を思うは余も同じ。だが、民を無駄に犠牲にしてまで国を広げるつもりはない。女神より託されたこの庭、完全にとはいかずとも十分豊かに管理してきたと自負しておったが、それは間違いであったか?」

「そ、そそのようなことは微塵も―――」

「よい。メレディスを捕え、帝都へ送還しろ!」

兵士に捕えられ引きずられていく男。その目は淀み、濁った瞳をしていた。

「精々小ズルイことしか思いつかんような小物であると放っておいたが、闇の心にそそのかされたか」

(まだまだ国を統治する者として未熟)

己の未熟さを痛感する陛下にキティが『ねぇ、陛下』と声を掛けた。


『騎士さんとシルバレンの王宮へ向かうけど、陛下はどうする? もう一人くらいなら、運べないこともないよ?』

「そうか。では余も向かうことにする。お前達、先に行っておる。後を追ってシルバレンへ向かえ」

残る臣下達に申し付け、キティの傍に寄る。


「猫、ここに来るときは人を運ぶのは無理、とか言ってなかったか?」

聖堂横にはディエルゴ騎士団長が乗ってきたと思われる馬が木に繋がれていた。ヤマダを追って、馬を飛ばしてきたのだろう。

すぐに移動できる手段があったのに、それをしなかったキティに恨みがましい目で文句を言った。

『えー、だって人を運ぶのって結構体力使うんだもん。そんな疲れること、キティ嫌にゃ』

ディエルゴは思わずキティに「バカ猫!」と怒鳴りつけたくなった。アデリアが仮にも神獣に対して「バカ猫」と言っていた気持ちが分かったような気がした。

『人は簡単に物事進めたがるから怠けちゃいけないにゃ。動けるときは自分で動かないと。今は緊急事態だから、特別に運んであげるにゃ』

優等生ぶったことを言っているが、移動する際に

『あー、キティもう結構いい年だから肩凝っちゃうな』

とか言っていたから、「面倒くさい」が9割程を占めていたに違いない。


『ほーい、じゃあ移動するよ』


タンポポの綿毛が舞う幻想的な空間の中、シルバレンの騎士とカンパールの皇帝陛下、そして不思議な黒猫の姿が空中に溶けて消えた。


 ※ ※ ※


~王宮:桃姫の私室にて~


桃姫はアデリアに訓練を受ける以外は、安全を期してなるべく私室にこもるように言い渡されていた。

一人、部屋に残るのは心細く、日中は公務のある王子達は入れ替わり彼女の部屋を訪れていたが、変わりにフェイトが常にその傍にいた。

これは桃姫のたっての願いで実現されたことだ。フェイトも王宮にいる方がヤマダの無事を早く知ることが出来ると思ったために渋々だが了承した。

「手を出すなよ!」

「出しませんよ」

王子に固く厳命され、嫌そうな顔をしながらも民として最低限の礼儀を取りながらそれに応えた。

好きでもない娘に手をだすつもりはなかったが、泣きそうな顔をして「傍にいて欲しい」と願われたら拒否することもできず、ソファに隣り合わせで座って本を読んで暇をつぶした。


桃姫はじっとフェイトの服の裾を掴んで押し黙っていたが、ふいに言葉を紡いで謝罪を述べた。

「ごめんね。また我が侭言って。一人でいるのは怖くて。山田さんだったら、こんなこと思わないかもしれないけど・・・」

「いいんじゃないの。人はそれぞれ強さの度合いが違うんだ。怖くたって、前を向いてるあんたは十分強いと思うよ」

視線は本に落としたまま、フェイトが応える。

「・・・ありがとう」

か細い声でお礼を言った桃姫の頬が紅潮する。火照った頬をパタパタと仰ぐ桃姫に、「なに、暑い?」と立ち上がって部屋の空気を入れ替えるためにフェイトは立ち上がった。


そのときだった。

空間が捻じれて、白銀の髪にルビーのような赤い瞳を怪しく光らせた子供が現れた。

「久しぶり。今代の『王の盾』様」

皮肉を込めて言うウサギから、桃姫を庇って背中に隠すフェイト。

「何しに来た!」

「ちょっと黙っててくれる? 君に用はないんだよ。用があるのはそっちのおねーさんなんだから」

ウサギの一睨みで、フェイトに見えない圧力が加わり、その身体が床に押し付けられた。

「ぐっ、うっ」

「フェイト君っ!」

抵抗のしようがないのを見て、ウサギが何もない空間から手品のように水晶を取り出す。

「これ、何だか分かるよね?」

そこに映し出されたのは、暗い洞窟のような場所で手足を縛られて転がされるヤマダの姿だった。

「この子とその小さな騎士さんの命が惜しいなら、一緒に来てよ。言っておくけど、これはお願いじゃないから」

2人もの人間を人質に取られて、断るすべは彼女にはなかった。


「分かった。一緒に行くよ」


伸ばした手をウサギの小さな手が取る。


「駄目だ。モモコっ!」


フェイトが叫んだときには既に2人の姿は歪んだ空間の中に消え去っていた。




とうとう最終章に入りました。

最後まではもう一息です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ